第16話 ロコットのお屋敷

 アポロに教えられて辿り着いたロコットの家は、クリーム色のお屋敷だった。

 まさにこれこそがお金持ち、って感じの家。

 学園よりは当然小さいけど、普通の一軒家と比べたら普通に大きい。

 僕とアポロは、門の外で立ち往生をしていた。

「うーん、やっぱり駄目だったか」

「うん。断られたのは初めて」

 ロコットにではない。

 ロコットの事をお嬢様、と言っていたから、お世話係の人なのかもしれない。

 今は心が不安定な状態らしく、人に会わせたくない、という方針で屋敷の中では決まっているらしい。不登校が始まって一週間も経っているのに、長過ぎないか? 我が子のためなのだろうけど、念のための対応が、克服を遠ざけている可能性もあると分からないのかな。

「どーするの?」

 アポロが見上げて聞いてくる。当然、

「勝手に入ってロコットを連れ去っちゃおう!」

「悪い勇架、かっこいい!」

 瞳をきらきらさせながら、見つめてくるアポロ。なんだか複雑だ。こういう悪い事を平気でしちゃうところ、あんまり見られたくはないんだけど。ほら、教育的に。

「南向きの窓、三階部分がロコットの部屋だよ」

 アポロについて行く。よく遊びに来ていたらしいので、内部構造は把握しているらしかった。

 今は屋敷を囲む外周の壁をぐるりと回っている。その壁は、越えられない高さではなかった。

「ここから入ればちょうど裏庭。あんまり人が来ないし、ロコットの部屋も近いよ」

 なら、ここから入ろうか。

 僕はアポロを抱き上げて、壁を越えさせる。

 高い高い、ができるアポロの体は軽かった。

 ちゃんと食べてる? と心配になってしまう。

「どう? 行ける?」

「うん。大丈夫」

 とんっ、と着地した音。この高さから飛び降りるとは。

 僕は当たり前に平気だけど、アポロからしたら結構な高さだと思うんだけど。

 まあ、慣れているのだろう。

 上がるのは無理でも、降りるのは簡単だし。飛んじゃえばいいんだから。

「じゃあ僕も」

 助走をつけ、跳躍。壁に手をかけ、身を乗り上げさせる。

 全身が壁の上に乗ったところで見渡した。芝生が広がっている。

 着地点は、硬くはないな。安心して飛び降り、着地成功。

「こっちこっち」

 手招いているアポロを見つける。近寄ろうとして、ぞくりとした。

 僕は咄嗟に右側を腕で庇う。

 ――衝撃。僕の体が吹っ飛び、壁に叩き付けられた。

「っ、な、なんだ!?」

「ごめんね、アポロちゃん。ロコットに、アポロだけは近づけさせないでって、言われてるから」

「……どうして?」

 僕への謝罪はなし!? と文句を言おうとしたけど、そのタイミングを逃した。

 やっべえ、いま僕、置いてかれている!

「気になる子には、格好悪いところを見せたくないでしょ? って、私は思ってるよ」

 たぶんね、と彼女は苦笑いで返した。

 これは本意ではないのだろう。本音では、ロコットには元気になってほしいと思っている。

 アポロがいれば、ロコットは今の状態から抜け出せるかも、とも。

 でも、ディアモンとマスターの関係性から、従わないなんて、できなかったから。

「絵空……!」

「マスターはいないけど、私だけでも充分に戦えるわよ、勇架」

 さっきの攻撃は絵空の能力。

 手加減された一撃でも、結構痛い。

 どうやら、立ち塞がる敵は絵空らしい。

「プレイヤーの指示がなければ動けないゲームのモンスターとは違うのよ。これは現実なの。ちょうど良いからあんたも、現実ってものをもうちょっと見なさいよ」

「大きなお世話。僕は現実を見てるしね」

 その言葉がもう創作に浸り過ぎた感性なのよねえ、と、こめかみを押さえる絵空。

 失礼な。もう手遅れだみたいな顔をするなよ!

「というか、プレイヤーが指示しなくても、『ガンガンいこうぜ!』って設定しておけばモンスターは勝手に動くけど」

「うるさいッ!」

 うわッ!? 火の玉が飛んできた! 危なっ!?

「いきなりなにすんだ!?」

「ここは通さないわよ。通りたければ、私を倒していきなさい!」

 そう言ってる絵空こそ、ゲームや漫画に浸っているんじゃないかと思った。

 思い切り僕ら側だったけど、黙っておく。

 これ以上にヒートアップさせても、僕らに良い事なんてなさそうだった。

「勇架は能力の調子、どう?」

 アポロが聞いてきたので、僕は日常の一部となった返しを一つ。

「いつも通りだよ」

 つまり発動はしません。ったくもー! なんて能力だ!

「そっか。じゃあ今日もヒットアンドアウェイで」

 と、アポロが僕と絵空の戦いに混ざりたそうにしていたので、いやいや、と止めた。

「なにしてるの? アポロはロコットの部屋に行くんでしょ?」

「え? でも、通りたければ倒しなさいって」

「いやいやアポロ。これはゲームじゃないんだよ? 門番の隙を見て小さな隙間から中に入ること、できるでしょ?」

 ゲームじゃ絶対に無理な行動だ。

 試行錯誤が無駄に終わる。

 システムというルールで縛られている絶対の規則は破れない。

 でも、だ、現実にルールなんてない。絵空の言葉だって、強制力はなに一つないのだから。

 ゲームならば、強制イベントからの戦闘。負ければゲームオーバーの流れだけど、言ってしまえば、ここで絵空と戦わずに別のルートからロコットの部屋に向かったっていいのだ。

 これが現実。現実をしっかりと見ていれば、できることとできないことは見極められる。

「うっわー。ゲームオタクに現実を見ろとか言われたくないわー」

 絵空、うるさい! 僕とアポロの世界を邪魔しないでくれるかな!?

「勇架、一人で大丈夫……?」

「なにを心配してるんだよ。大丈夫だよ、なんだかんだと特訓を毎日してきた僕だよ?」

「あの先生の下で、でしょ? ……だから心配」

 どういう意味かは読み切れなかった。先生への信頼のなさ?

「先生もそうだけど、先生と一緒だと、勇架はすぐにふざける」

「えー。僕にしては真面目にやってたんだけどなあ」

 アポロから僕への認識って……。

 ふざけてないよ、基本的にツッコミに回っていたから仕方ないんだよ!

 先生と絡むと、いつもどーでもいーことで話し込んでしまう。

 大人の話術って怖いね。マイナス方面に振り切ってしまっているけど。

「大丈夫大丈夫。だって相手は絵空だもん。ちょちょいのちょいだよ」

 向こう側から、ふーん、と聞こえたが、無視した。

 いま、絵空のことは見れないや。

「だからアポロはロコットのところへ行って。心配なのはそっちだよ。僕が絵空を相手するよりも、アポロがロコットを相手する方が、難しそうだし」

 アポロが行く事で解決すればいいけど。もしも言い合いにでもなったりしたら、アポロに勝ち目があるとは思えない。

 自己主張があまり激しくはないタイプのアポロだ。言いくるめられてしまいそうな気もする。

 言いくるめられるというか、

 突っぱねられて、どうしようもない状態で、とぼとぼと帰ってきそうな。

 だから僕は勝負の前に一言。

「アポロは深く考えなくていいよ。気を遣わなくていい。ロコットへ全力でぶつかれ。全部を出し切るんだ。親友なら、それが当たり前」

 言えないようなことでも打ち明けられるのが、親友だ。

 僕はそう思う。気を遣い合う関係なんて、他人と同じじゃないか。相手の事を思っているようで、ただ嫌われることを避けている。自分のためだけだ。

 嫌われなければ、見えないものもあるというのに。

 アポロとロコットには、全部を見てもらいたい。互いの恥ずかしい部分を、全部。

「分かった?」

「うん。分かった」

 アポロが頷く。

 そして絵空の横を、すんなりと通り過ぎた。

「あれ?」

 絵空は目を瞑り、アポロを見逃した。

 最初から、行かせるつもりだったの?

「絵空……、アポロを通させる理由を探してたの?」

「うん。通しちゃだめって言われてたけど、勇架に邪魔をされたんだ、って責任を押し付けちゃえば、それじゃ仕方ないなーで、済むじゃない?」

「ロコットから僕への当たりがまた強くなるじゃんか!? まあ、いいけど」

 今は僕よりも、アポロとロコットだ。

 別に、二人は喧嘩しているわけじゃないから、そこまで心配はしていないけどさ。

 心配があるとすれば、これが原因で喧嘩してしまうこと。

 ロコットからアポロへ向く矢印を考えたら、なさそうではあるけど。

 絶対にないとは言い切れない。

「そういえば、さっき私なんてちょちょいのちょいとか言ってたけど」

「ちぃっ、覚えてたのか!」

「能力も発動できない勇架にできるのかなー?」

 にやにやと楽しそうに、絵空が笑っていた。

 能力者と無能力者の戦い。

 絵空がすげー、恐く見える。

 分かっていても、やっぱり。

 頑丈であってもいつもと同じく。

 ……戦いって、恐過ぎる。

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