第12話 奪い返す

「あー、疲れたぁ!」

 仰向けでふかふかベッドの上にダイブする。着地したら少し体が跳ねた。

 ベッドがふかふか過ぎて、トランポリンみたいだ。

 二、三度小さく跳ねて、動きが止まる。

 じわりと沈み込んでいく僕の体。疲れがゆっくりと取れていく感覚。この部屋は最高だった。

 ディアモンを収納するためのカード、というのがある。

【ディア・カード】――。

 ディアモンは例外なくこのカードに収納される。外から見れば、ただのカードだ。

 小さく、ポケットに入ってしまうくらい。

 だけどカードの中は六畳一間の部屋になっている。

 僕はそこで眠ったり、休んだりしていた。まあ、それくらいしかできないんだけど。

 キッチンがあるわけじゃないので、食事をすることはできない。

 眠る、休む以外の事をする場合は、アポロに外に出してもらう必要がある。

 原則的に、ディアモンは勝手にカードの外に出る事はできないらしいけど、たまにそれができるディアモンがいるらしい。

 いや、思い切り近くにいるんだけど。絵空がそうらしい。

 カードの内側、つまりはこの部屋の窓から、外が見える。絵空もそれでマスターの行動を観察し、必要な時にカードから出てマスターを助けているらしかった。

 世話好きなあいつらしい、と思う。

 僕はもちろん、できない。

 アポロが実行しなければ、僕はずっとこの部屋に閉じ込められたままもあり得るのだった。

 まあ、アポロにコンタクトが取れないってわけでもないし。

 アポロの性格なのか、基本的に僕は常に外にいる。カードの中に入っている時間の方が短い。

 滅多に外に出ないディアモンとは対極だ。

 先生のディアモンとか、ずっとカードの内側にいると言っていた。

 運動不足になりそう。

 それ以前に、ずっと部屋に引きこもっていたら、頭がおかしくなりそうだけど。

「能力の事もどうにかしないといけないけど、アポロの事も、かあ」

 課題は山積みだった。数日で解決できるものならばいいけど。

 具体的な事を考えていたら、いつの間にか、僕は眠りに落ちていた。


 ―― ――


「んあ? ……あれ?」

 僕はベッドの上で目が覚めた。

 ふかふかの羽毛布団。僕の部屋にあるものだ。

 正確には、ディア・カードの内側。

 ここで目が覚めることは、珍しい。

「うぅーん。変な時間にでも起きちゃったかな」

 目覚まし時計……なんてものはない。時間を確認するには窓の外を見るしかなかった。

 僕はまだ眠気を残す目を擦りながら、窓へ近づく。外を見ると、ディアモン学園の庭だった。

 アポロは……近くにいない。というか、僕だけ?

 僕のカードだけが、ぽつんと、庭に落ちている。

 どういうことだ? アポロが、落としたのかな?

「うわっ、これ、寂しいっ」

 落としたことは責めていない。誰だってあるだろう、それくらい。

 まあ、ショックだけど、乱暴に言うことでもないだろう。

 アポロのことだ、すぐに見つけようとしてくれるはず。

 のんびりと待っていよう。ひとまず、僕自身の力じゃ外に出られないので、二度寝でもしようかな、と、ベッドに再び入り込もうとしたところで、窓の外が暗くなる。

 日陰になった。誰かが、近づいてきた。

「アポロ?」

「カードって、燃えるのかしら?」

 僕への返答じゃない。声からして、女の子。彼女の独り言なのだろう。

 いや、問題はそこじゃない。燃えるのかしら? カードが? この、カードが? 

 燃えるとしたら、中にいる僕は、どうなる?

「――おいおいおい!? なにしてんの!?」

 窓から見える景色が、徐々に赤くなっていく。そして真っ赤に染まっていき、サウナのように部屋の中が蒸し暑い。汗がどばっと一気に出てくる。

 暑さによる汗なのか、カードが燃やされている状況の冷や汗なのか、分からない。

「ちょっ、やめろ! 熱い熱い!?」

 窓をばんばん叩いて訴えても、相手には伝わっていない。

 いや、伝わっていても、聞く必要はないのだろう。

 相手は僕をカードごと燃やそうとしている。僕を、殺そうとしている。

 炎でディアモンは殺せない。とは言え、密室空間で蒸し焼きにされたら、いくらディアモンでも絶対に死なない、とは言い切れない。

 ディアモンだから死なないだろー、と楽観的にはなれなかった。

 この苦痛が続くなら、死んだ方がマシだと思ってしまう。

「くそっ!」

 思い切り窓を殴る。じぃーん、と拳が痛んだ。窓は当然、破壊されない。

 どうする!? このままじゃ、本当に蒸し焼きにされるぞ!?

 やがてホクホクの肉まんの完成だ。しかも時間をかけて殺されるなんて、最悪だ。殺すなら、一瞬でやってほしいのに。じわじわと苦痛を与えて殺すなんて、こんな方法を思いつく相手が、恐くて恐くて仕方なかった。

「アポロッ!」

 無駄だと分かっても、叫ばなくてはやっていられない。

 部屋にむなしく響く声。炎の音が、近く聞こえる。騒音となって鼓膜を襲う。

 どうしよう、どうしたらいい、どうすればいい、分からないッ!

「あ、れ?」

 視界がぼやけてきた。ふらふらと、足取りが重い。体が支えられない。

 ベッドではなく、地面に倒れてしまった。受け身も取れずに倒れたので、体の着地面が痛むけど、感覚がもうない。僕はぐったりと、床で這うだけ。

 汗がたらりと、頬を伝う。顎に流れ、落下する。

 そんなことさえも、感じられなくなった時。


「やめなさい!」


 ふっ、と。暑さが消えた。風もなにもないけど、涼しい。

 焦点が合わないぼやけた目で、僕はゆっくりと立ち上がる。

 なんとかベッドや机を支えにして立ち、窓の外を見る。そこには、絵空がいた。

「……どうして、こんなことをするの?」

 そこに誰かいるのだけど、絵空の背中で、分からない。

「アポロに悪影響を与えるディアモンなら、いらない」

「だから、燃やそうとしたの?」

「うん」

 僕が、アポロに、悪影響を与える?

 なんで、どうして? どうしてそんなこと!!

「アポロちゃんと勇架の事は、あの二人で解決することよ。私達が出る必要はないのよ。本当に悪影響なら、本人が嫌がるでしょ?」

「アポロは優しいから、思っていても言わないのよ。アポロは、そういう子なの」

「アポロちゃんのためなら、尚更、私達が出る場面じゃないよ。いつもいつもアポロちゃんを気にかけていたら、彼女は成長しない」

「それでいいのよ。アポロはずっと、アタシの傍で落ちこぼれをしていればいい。そうすれば、ずっとアタシが面倒を見てあげられる」

「…………」

 絵空の動きと言葉が止まった。

 珍しい。絵空が、言い負かされるなんて。

 僕はまともに思考ができない頭で、そう解釈した。

 だが、きっと間違っている。絵空がそんなことで、言い負かされるわけがない。

 絵空の時間が停止したのは、言葉を見失ったから、なのかもしれない。

 手に負えない。

 なにを言っても、曲げられない。

 突き抜けた意地は、打っても叩いても、変えられない。

「アポロちゃん、さっき、カードがなくて凄く困ってたよ?」

「また勝手に出て校内を徘徊でもしてたの? 別にいいけど、アタシの評価は下げないようにしてよね」

「うん。それは気を付けてるから大丈夫だよ。……もしもカードを盗んだのがばれたら、きっと嫌われちゃうけど、いいの?」

「アタシだってばれないようしているからいいのよ。燃やしてしまえば、証拠だってないんだし」

「無理だよ」

「どうして?」

「アポロちゃんが本当に嫌がることは、少しは躊躇うでしょ?」

「…………」

「勇架を燃やそうとしていた手、震えてたよ。本当は、したくなかったんでしょ?」

「うるさいわね」

「アポロちゃんを振り向かせたいなら、他にも方法があると思う。だから、そっちで試してみようよ? ね?」

「どうせ、自分があのディアモンを失いたくないからテキトーに言ってるだけじゃないの?」

「テキトーじゃないよ。でも、勇架を失うのは、嫌よ」

 絵空の声を、最後に僕は聞く。



「ロコットがアポロを失うのを嫌がるのと同じくらい、ね」



 僕の記憶は、そこで途切れている。

 次に目を覚ました時、びしょ濡れのアポロが、目の前にいた。

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