第11話 犯人探し?

 火文字を水で消した後、僕はアポロの元へ向かう。

 補習をしている教室へ辿り着き、扉を開けた。しかしアポロはいなかった。どうやら、いつもより早く補習が終わったらしく、アポロとは入れ違いになってしまったらしい。

「うーん、教室かな?」

 上への階へ行くほど、学年が上がっていく。補習の教室が五階なので、アポロの教室は一つ上の六階だ。階段を上がってアポロの教室へ。

 教室にも、誰もいなかった。今は放課後なので、生徒がいないのは当たり前だ。

 ここにもアポロがいないとなると、もう帰ったのかな?

 僕を置いて? もしかしたら今頃、校内中を探しているのかも。

「あんまり動き回るのも……ん?」

 教室から去ろうとした時、僕の視界に映るものがあった。

 光景の中で浮いているものがある。

 ある一つの机が、様々なペンキの色で塗り潰されていた。

 赤、青、黄、緑。混ざり過ぎて不気味な色になっている。

 黒なんて使っていないのに、黒色っぽい。

 ぐちゃぐちゃで、ごちゃごちゃで。

 塗り潰されている中に、僅かに見えるくらいの色で、小さく、メッセージが残っている。


【今すにディアてせ】


 ……意味が分からない。

 いや、分かりやすく繋げてみたけど、もちろん机には、空欄に入る文字がある。

 塗り潰されて見えない文字があるのだ。

 これだけでは分からなかった。

 そのメッセージも気になるけど、それよりも。この机、アポロのものだ。

「誰が、こんなことを……」

 アポロは、知っているのだろうか?

 このままだということは、放課後、誰かがやったのだろう。

「いじめ……?」

 そんな気配は、日中はなかったのに。

 いつからだろう? 僕が普段見る、アポロとクラスメイトの仲は、悪くはないはずだけど。

 そりゃあ、落ちこぼれだから、馬鹿にされることはあるけど。いじられる程度の、悪ふざけなようなものだろう。ここまでされるような恨みを持たれているとは思えない。

「と、とにかく、アポロの机を綺麗にしないと」

 ペンキって、水で落ちるのかな? と考えていると、扉が開く。

 バケツに水を入れて持ち、入ってきたのは、アポロだった。

「「あ」」

 アポロと僕の声が重なった。

 アポロは恥ずかしそうに、顔を俯かせた。

 若干、頬が赤い気がする。僕を無視するように机に近づき、バケツを置いて、濡らしたタオルで机を拭き始めた。

「あの、アポロ?」

「…………」

 お、怒ってる?

 いや、違う。

 ああ、そうか。いじめられているなんて、恥ずかしいよね。いじめられている生徒が誰にも相談できないのは、いじめられている自分を見られたくないからだ。

 単純に、恥ずかしいから。

 アポロがいくら感情表現を表に出さないとは言え、無感情ではない。

 表に出さない分、内側では誰よりも蓄えているはず。

 僕には見られたくなかったのかもしれない。

 マスターがこんなんじゃあ、ディアモンに示しがつかない、とでも思っているんじゃないかな。上に立つ者は、相応の態度や評価を持ち、見せつけなければいけないから。

 そんなことは義務付けられていないけど、アポロなら律儀に守っていそうだ。威厳なんてなくとも、僕はアポロのことを見下したりはしないのに。

 アポロが話したくないのならば、無理に聞き出すのはやめよう。

 そういう時に、話してくれる事は滅多にないし。

 だから僕は教室の隅に常時置かれているタオル……これは雑巾か。

 それを持ち、水に濡らして、一緒に机を拭く。

 アポロは驚いた顔をして、その後、静かに微笑んでいた。

 僕らは無言で机を拭き続ける。


 ―― ――


「さっき、誰かは分からないけど、襲われたんだ」

 ペンキは結局、全部は綺麗に消えなかった。僅かに残ってしまった。

 色を落とす専門の薬品が必要だな、と思い、今日のところはこれで終了。

 だいぶ色も薄れたので、いいかと思った。

 その後、僕がそう話すと、アポロは超反応で、

「だれ!?」

 と聞いてきた。

 うおっ、早っ。眼前に迫るアポロの顔を手で遠ざけながら、

「いや、誰かは分からないって……」

「うしろ姿とかも?」

「うん。影も形もなく。手がかりは……炎の魔法を使われた。炎だから、魔法使いだとは思うけど。あと【アポロに近づくな】ともメッセージを貰った」

 火文字でね、と付け足す。

「うむも」

 アポロが机を指差す。


「ここに【今すぐにディアモンをてばなせ】って書かれてた」


 さっきの中途半端な文字は、そう書かれていたのか。

 これって……僕とアポロを、引き離そうとしてる?

 そうとしか考えられない。だとして、じゃあ誰が?

「アポロは、誰か、心当たりある?」

「ううん」

 アポロは首を左右に振る。

 少し反応が遅かったのは、考えた結果、いなかったからなのだろうか?

「だよね……。まあ、こう言われても、離れる気はないしなあ」

「いなくならないよね、勇架?」

 服をつままれた。

「いなくならないよ。ここでアポロから離れたら、僕、どうすんの」

 生活能力、ほぼないし。困った時は絵空に頼る手があるけど、そのためには青髪少女――名前は確か、ロコット。彼女を通らなければいけない。

 けど、あの子、僕の方が苦手だからなあ。話しかけづらい。

 だから絵空に手を借りようにも、そう簡単にはできなかった。

「どうする? 先生に相談してみる」

「や」

 一言で拒否された。

 まあ、いじめられている、なんて、

 僕に言えないってことは、先生にも言えないってことだしね。

「うむはこれを、いじめとは考えていない」

 アポロが真面目な顔で言い出した。

 大丈夫? 道徳の時間が始まったりする?

「いじめじゃないよ」

「あ、別に他の可能性があるわけじゃないのか」

 なにかで代用するのかと思ったけど、いじめと認めたくないだけなのか。

「勇架。これはいじめじゃないんだよ」

「分かったよ。これはいじめじゃない。アポロは、いじめられていない」

「うん、そうそう」

 どうやら自分以外の意見が欲しかったらしい。同じ答えに辿り着く、仲間を。

 いじめじゃないという意見がこれで二人。アポロの言い分は強がりではなくなった。

 強がりだと思うけど。アポロのためだ、これでいい。

「これをした犯人、見つける?」

「いや、いい」

 アポロは言い、僕を引っ張る。この教室から外に出た。

「でも、これ以上、悪化したら、アポロの身が……」

「勇架はうむのディアモン。これは変わらない。手放すことはしない。あんなこと言われたって、関係ないもんっ」

 力強い瞳が僕を射抜く。そこまで思われて、悪い気分はしない。

 敵の照準がアポロではなく、アポロの所有物ならば、まだ大丈夫か。

 いきなり、嫌がらせのレベルが上がるわけでもないし。

 そう楽観することはできるけど、早く対処しなければ安全は保証できない。

「じゃあ、今日は帰ろうか」

「うん」

 僕らは校舎を出るため、静かな廊下を、歩き進んだ。


 ―― ――


「ねえ、さすがにこれはやり過ぎだと思うよ?」

「う、うん。可哀想だよ。アポロはそりゃ、落ちこぼれだけどさ、ここまですることはないって」

「なによ、普段から嫌がらせをあれだけしておいて、ここでびびるわけ? 大したことないのね、あなた達も」

「「…………」」

「結局、口だけじゃない。人の後ろに隠れてこそこそと同調して楽しんでくるくせに、問題になりそうなくらいの大事おおごとになったら、逃げるのね。あーあ、やだやだ。権利を持ってそうな人の後ろに居座って、学園の中で安全を得ようとする泥棒さんは、これだから好きになれないのよ」

「そんな、言い方って」

「わたし達は、ここまでやるつもりはないだけで……」

「なによ、アタシのせいなの?」

「そんなことは言ってないよ!」

「そうとしか聞こえないわよ?」

「……もう、付き合えないわよ」

「わたしも、これ以上はさすがに無理。やるなら、一人でやって」

「好きにすればいいじゃない。別に、あなた達がいなくとも、アタシ一人でできる作業だしね」

「……ばいばい」

「じゃーね」


 ―― ――


「――はあ。中途半端な覚悟で、手を出してんじゃないわよ」


「これも、全部、アポロが悪いんだからね」


「アポロが、あのディアモンばかり、ひいきするから」


「アポロが、アタシを見なくなったから」


「アポロはアタシだけを見ていればいいのよ。あんなディアモンなんか、捨てちゃえばいいんだ」


「ねえ、アポロ。アポロは、アタシだけを見てくれるよね?」

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