第10話 警告
芝生の上に大の字で倒れる。
ここはディアモン学園の裏庭。
意外にも広く、模擬戦ができてしまう程だ。
そこで僕と先生は、僕の能力を知るための特訓をしている。
倒れた僕の息が荒い。なんだこれ、昨日よりもきついじゃねえか。
というか、
「普通に全力で魔法を撃ってくるんですね、先生」
「いいじゃないか、死にゃあしないんだし」
「死ななければなにをしてもいいってわけじゃないんですよ……」
いくら僕らディアモンが頑丈だからと言っても、だ。
絵空と戦った時は気づけなかったけど、(いや、全てを知った今では当たり前だと思うけど)どうやらディアモンは、魔法使いの魔法では、よほどの事がない限りは死なないらしい。
魔法で生み出された炎とか水とか風とか。
それらを応用した攻撃をされても、怪我をしても死ぬことはない。
ディアモンが死ぬとすれば、同じディアモンの攻撃だ。
絵空と戦って死ぬことがあっても、たとえば、先生と戦って死ぬことはない。
ディアモン、強ぇー。
まあ、ディアモンはマスターがいなければ生まれないわけで、マスターの元にいる場合は制限や束縛をされてしまうので、反乱はできないわけだけど。
いや、マスターの元から離れたディアモンは、そうとも限らないのか。
野良のディアモン。
世界各地に存在しているらしい、とは先生が言っていた。
野良のディアモンにはなにも制限がなく、束縛もない。危険生物と化している。
自然界に棲息しているモンスターと変わらねーじゃん。
だからそのモンスターがディアモン、という説が濃厚なのか。
じゃあ、あれか、野良のディアモンに対抗するために、ディアモンを召喚して相棒にし、戦わせているのか。
なんだ、そのどっちが先か分からない感じ。
モンスターが先なのか、ディアモン召喚が先なのか、謎だった。
その辺は曖昧なままなのか、先生も知らないらしい。
歴史だって、様々な説がある。
オリジナルはどこへやら。
「で、なにか分かったか?」
と、倒れている僕の上から覗き込み、先生が聞いてくる。
もちろん、能力のことだろう。把握できたのか、できていないのか。
結果は当然、
「……うーん、分かりませんね」
僕の能力はうんともすんとも言わなかった。
能力は発動しているのに、どういう能力なのか分からない、なら、まだ救いようはあるんだけど。そもそもの話、発動すらしない。
あの時の黒いものは、僕の体から溢れてくる気配が微塵もなかった。
「ちっ」
「隠す気もなく舌打ちしますね。気持ちは分かりますけど」
僕だって、少しは苛立つ。
どうして発動しないのか。どうして僕だけ、と。結局、僕が悪いのだろう。
「ったく、イライラするなー。まあいいや。私はばんばん、お前に魔法を撃てるわけだし」
「一応、確認しますけど、僕の能力を発動させるためにやってくれているんですよね? 先生のストレス解消じゃないですよね?」
当然だろ? と言うが。いや、全然、信用できなかった。
「でも、こうなったらもっと荒療治をするしかねえじゃん」
「それも、そうなんですよね……」
今までの特訓で、できるだけ危機的状況に追い込んでもらった。
僕が能力を発動したのは、絵空の紋章術の一撃が迫っている時だった。
あの時は、アポロが後ろにいて、守るために自分を盾にした。
僕は死んでもおかしくはなかったのだ。
だからそれに似た状況を、先生に魔法攻撃をしてもらう事で、再現していたのだけど。
うーん、やっぱり魔法攻撃では死なないという認識が、邪魔をしているのかも。
こりゃ、あの時をそのまま再現するしかないのだろうか?
絵空に頼んで、あの魔法を撃ってもらう、とか?
だが、それは不可能だ。絵空が、絶対に許してくれない。
絵空がやるわけないのだ。
だって僕の安全を考え、僕をぼこぼこにしたのだから。
なんだその矛盾。
でも、あそこでぼこぼこにされていなければ、僕は軽々と自分を犠牲にしていたはず。そういう心構えだった。
その考えが打ち破られたのだから、あの制裁には、やはり絵空の優しさが含まれていた。
矛盾しているようで、理にかなっている。
絵空にはこの特訓の事は内緒にしている。
いくら死なないとは言え、痛みがないわけじゃない。
炎を喰らえば熱いし、水を叩き付けられれば鈍く痛いし、風を喰らえば吹き飛ばされる。
絵空に見つかったらまた説教されてしまうだろう。
絵空は結構、簡単に手が出る。魔法よりも絵空の拳骨の方が、実は痛かったりする。
なので僕としては、絵空が恐い。魔法よりも、先生よりも、絵空が恐いのだった。
「どうする? これ以上に強くすることもできるけど」
「そーですね、じゃあ、今日はやめておきます。これ以上の威力なら、万全の状態で受けたいですからね」
万全の状態で受けたら、危機的状況じゃないじゃん、というツッコミはスルーする。
だって、いま喰らったら軽く意識が飛びそうだ。
そのまま保健室に直行コース。絵空にまで知られたら、その後は想像したくない。
危機的状況を作るのも大事だけど、それよりも自分の身の安全。
忘れそうになるけど、当たり前のことだ。
「ん、そうか。じゃあ、明日はもっと強めでスタートすっか」
「こちらからお願いしておいてなんですけど、明日もやるんですね……」
「言っておくが、休みはないぞ? 週七でお前は特訓生活だ」
それに付き合う先生も、同時に休みがないことになるけど、いいのだろうか?
なんだかんだと生徒想いの先生だった。
ガサツなようでいて、ディアモンのこともきちんと考えてくれているし。
これが大人か。憧れはしないけど、尊敬はする。
眠そうにあくびをしながら、んじゃなー、と去っていく先生。
そういえば先生のディアモンにはまだ会ったことがないな。本人が滅多にディアモンは出さないとか言っていた、確か。というか、持ち運んでいないのではないか、と思うのだけど。
あの人の持ち物、指揮棒のように小さい魔法の杖だけじゃないのか?
毎日、いつも手ぶらみたいなもんだし、あの人。
「……アポロの所にでも行こうかね」
ぽつーんと庭で座っているのも寂しかったので、僕は休むことなく立ち上がった。
先生との会話が、休み時間のようなものだった、と思えば、結構、休んでいた気もする。
疲れは取れていないけど、まあいいや。疲れを取ろうと思ったら、きりがない。
僕が片手で、体の汚れをはたいていたその時だ。
ちらりと、赤が見えた。
僕の右目が、真横から迫る赤と熱を感知する。
「ッ」
あいていた片腕を顔の真横に立て、盾にした。
灼熱が腕を包む。しかし燃えているわけではない。熱さは一瞬。
炎と煙は、僕へ向かう勢いのまま、僕を通り過ぎていった。
飛んでくる炎の玉は、一つだけではない。
あらためて一度目の攻撃方向を確認すると、すぐに複数の炎の玉が、既に着弾していた。
僕は両腕を交差させ、防ぐ。体が浮き、また背中から倒れることになった。
「くそッ、誰だ!?」
炎の玉。
ディアモン――ぽくはない。これは明らかに、魔法使いの仕業だ。
攻撃方向を睨み付ける。そこは校舎だった。炎の玉の角度的に、屋上か、上の方の階。
二階ではないだろう。もしもそうならば、さすがに僕でも分かる。
三階から上だ。しかし合計で六階以上あるので、犯人をまったく絞り込めない。
魔法使いだと分かっても、この校舎にいるのは大体が魔法使いだし。
校舎を見ても、もう襲撃者はどこにもいない。身を隠したか。
「……追撃がこないなら、いいんだけどさ」
僕も、追いかけて倒せるような能力を発動できないし。
相手が引いてくれたなら、いいかな。
僕は肩へ入れた力を抜き、脱力。
とりあえず、流れ弾で燃えてしまった芝生の火を消そうと水を持ってこようとした時。
振り向いて、燃える芝生を見る。その残り火は、文字を示していた。
「……これ」
――【アポロ・スプートニクに近づくな】
……さて、どうしたもんかな、と、僕は頭を掻いた。
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