第9話 属性
「属性とか相性って、ディアモンにはないの?」
テーブルを挟んだ向かい側。僕はアポロに問いかける。
デビュー戦で黒星を頂いたその日から、一週間後。
ディアモン学園、その図書館。
僕とアポロはそこでディアモンバトルの戦略を練っていた。
「属性? 相性?」
「あー、えっと。炎は、水に弱いとか。水は、雷に弱いとか」
僕は当たり前のように聞いたけど、そうか、アポロは属性とか、相性とか、そういうゲーム的な用語は分からないのか。
うーむ、ゲーム的な思考の僕からすれば、やりにくい。
これまで一週間、こういう場面が何度かあった。
その都度、説明していたので、ある程度はアポロも覚えてきていた。
魔法があまり得意ではないアポロは、その分、記憶力や学力はずば抜けているらしい。
よくある、実践では評価が低いけど、筆記なら高評価ってやつだ。
「水が雷に弱いとは、言えないと思う」
「あれ? そうなの?」
細かく説明されてもよく分からなかった。
僕もゲームの知識で覚えていただけなので、本当は違うのだとしても、まあゲームの話だし。と思って、重くは捉えない。
そうかー、水は雷に弱いわけではないのかー。
まあ、電気を通さない水があるわけだしね。
「勇架が言いたいのは、能力の有利、不利ってこと?」
「そうそう。僕の能力はまだ分からないけど、有利になるような相手はどんな能力だった時なのか、分かっておけば便利じゃない?」
「分かれば、便利だと思う。でも、無理だよ」
断定するようにアポロが言う。
「ディアモンの能力は、魔法使いの魔法とはまったく種類が別だから」
「そうなの?」
「うん。属性って話なら、魔法使いの魔法の方が、そうだと思う。炎とか、水とか、風とか。自然界の力を作り出すができるから。他にも物体を浮かせることもできるけど。それも風の応用なんだけど」
へえー。ここ一週間で色々と魔法を見てきたけど、確かに、分かりやすいものばかりだった。
これぞ魔法、ってものばかり。
それに比べれば、ディアモンの能力は変則的だった。
初見じゃ絶対に見破れないような能力ばかり。
だからこそ、暴いてしまえばどんな能力でも、突く隙はすぐに見つけられるんだけど。
どのディアモンも、自分の能力の事を話したがらない。
当たり前だ。弱点を公開しているのと同じ事なのだから。
さすがに、絵空も能力についてはいくら聞いても教えてはくれなかった。
とは言っても、能力を使ってなにができるのかは、見ているだけで分かってしまうのだけど。
でも、あの結果以外も引き起こせるのだとしたら、
絵空と戦う時は気を付けなければいけないだろう。
「うーん。やっぱり事前に調べてから戦うのは難しいのかー」
「先生のディアモンの事、調べたりした?」
「したけど、無理だったよ。こっちの考えを読まれて、テキトーにあしらわれた」
僕も成功する可能性は低いと思っていたので、予想通りだったけど。
くっ、今でもあの時の事を思い出すと悔しい、恥ずかしい。
先生の嘘に、僕は色々な感情を見せてしまった。最後には、「可愛いな、お前は」という男子にとっては屈辱的な一言さえ言われたのだ。
もう一度、挑む気は起きなかった。
それから僕は先生を出し抜こうとは思わなくなった。絶対、無理。
「はあ。能力の事を聞き出せれば、アポロの卒業試験も有利になると思ったのになー」
「無理しなくても大丈夫。うむの戦略で卒業試験は完璧」
「その戦略は思いついたの?」
「……まだ」
ふいっ、と顔を逸らしながらアポロが言う。
そのセリフ、ここ一週間くらいずっと聞いているんだけど。
まあ、僕の能力が分からない以上は、戦略の立てようもないのか。
やばい。僕のせいで進展がしない。
くそっ。なんで僕の能力は僕自身でも分からないんだ!
「焦らないで大丈夫」
アポロが微笑みながら言う。
「だってまだ、あと二か月もあるんだから」
「その考えは危険だよ、アポロ」
夏休みの宿題にまったく手をつけず、あと一か月もあるからと言ってやらないでいると、いつの間にか三十一日になっており、徹夜に突入しなければ間に合わない感じに似ている。
そうなりそうな予感しかなかった。
「(だって、勇架が能力を把握しないから)」
ボソッと言ったつもりだろうけど、思い切り聞こえてるからね?
「僕も必死にやってるんだけどなあ」
「今日も特訓?」
「うん。そろそろ時間かな。うわぁー、また先生のスパルタかよー」
「うむも一緒にいたかったんだけど……」
言いにくそうにしていた。
というか、昨日も一昨日もそうだったじゃん。
「アポロは今日も補習、あるんでしょ?」
「今日は補習じゃないよ」
あ、そーなのか。そりゃ、毎日補習を受けるほど、成績が悪いわけでもないのか。
するとその時、校内放送でアポロの名が呼ばれた。
補習をするので教室に来てください、という内容だった。
「…………」
「…………」
ゆっくりと立ち上がり。
「うむは恥じていない」
「さすがアポロ、動揺がまったくない!」
椅子を机の下にしまい、クールに去っていくアポロの背中を見つめる。
途中、ちらちらとこちらを確認してくるアポロが、微笑ましい。
図書館の扉を開けたところで、
「じゃあ、勇架。特訓、がんばって」
「アポロも補習、頑張ってね」
「補習じゃない。補習という『てい』なだけ」
絶対に補習と認めない気らしい。いいじゃん、補習でも。
学習を補っているのだから、補習でいいじゃない。
補う学習があることを、恥じているのだろうか。
苦手なものを克服しようとみんなよりも努力をするのは、格好良いと思うんだけどなあ。
そこは、本人からすれば譲れない部分なのかもしれない。
なので僕はあえて突っ込まず、手を振って見送る。
扉が閉まり、たったった、と駆けていく足音。
走ってはダメですよ!? という先生の注意の声が聞こえる。
返事がないところを見ると、アポロは先生の注意を無視したらしい。
いや、言ったけど声が小さくて聞こえなかった、とか。そっちの方がありそうだった。
自己主張があまり大きくはないのだ、アポロは。
するとアポロと入れ替わりに、先生が入ってくる。
「はあ、アポロさんはまったく。――よっ、準備はいいか? 特訓するぞ」
「先生、僕とアポロで態度をそこまで変えるのやめてもらえません?」
アポロというか、生徒に接している時の方が僕は好きなのだけど。
僕や絵空、ディアモンへの接し方がガサツすぎる。
僕の先生へのイメージは前者なので、今のは受け入れがたいのだ。
「私はこっちが素なんだよ。お前らディアモンの時も気を張ってたらストレスで倒れちゃうっての」
まあ、分かるけど。
子供と接する時は、気を張ってしまう。色々と、意識することもあるし。
それに比べれば、僕らへの扱いは酷くともいい。
過激に酷いのはダメだけど、口調をいつも通りに戻すくらいは、いいのではないか。
先生は口調というか、なにもかもが家の中みたいになってるけど。
「いいから行くぞ、勇架。お前のために私も時間を取っているんだから」
「それもそうですね。やっぱり、アポロの頼みは断れませんか?」
にやにやと、意地悪をしてみた。
基本的に先生は子供に甘い。でれでれだ。
そして、その事を先生はあまり触れられたくない事だと思っている。そこを突いてみた。
「上目遣いで言われたら、断れないっての。あと、勇架。次に私をいじったら今の倍、厳しくする」
「ちょっ、横暴ですよ先生!」
「お前が悪い」
そう言い残して先に特訓場へ向かってしまう先生の背中を、僕は必死に追いかけた。
ちなみに、僕は未だに先生の名前を知らない。
一度だけ、聞いてみたら、
「知らない方がいいんじゃないか? ミステリアスで」
と言っていた。
どうやら、そういうキャラ立ちをさせたいらしい。
それで立つのか? 効果はないように思えるけど、僕は一応、それで通す。
どうせ、名前を知っていても先生としか呼ばないで、あまり変わらないし。
少しは知りたいなあ、と思う事はあれど、優先順位はかなり低い。
今はそれよりも。
僕は僕自身の能力の方が知りたかった。
先生と一緒にしている特訓は、だから知るための特訓である。
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