第8話 コンティニュー?
「ちょ――」
ちょっと待て!
ゲームだと解釈していたけど、だからって、死んだからってセーブポイントからやり直せるわけじゃない。この世界で僕は当たり前に、死ぬことだってあるんじゃないか!?
今は運が良く、怪我だけで済んでいるけど、
僕はさっき、死んでいてもおかしくはなかったんじゃないのか?
おいおい、おいおいおいおいッ!?
いきなり恐くなってきた。異世界――危険過ぎじゃない!?
すると、そんな僕の反応のせいで、なのかは分からないけど、足元にいたアポロが、ううん? とまぶたを持ち上げた。
意識がまだ覚醒しないまま、僕を見つけたらしい。
「勇架ぁ……?」
よじよじ、と四つん這いでベッドに上がってくる。
そして僕の足を押さえるように、座り込んだ。
やがて意識が覚醒してきたのか、ぱちりと目を開ける。
それでも、まだ眠そうな表情に見えたけど。
「おはよう、アポロ」
「勇、架……?」
どんっ、とアポロの頭頂部が僕の腹部に落、
「ぐふぅ!?」
いきなりの衝撃に声を無理やり出された。
一応、怪我人なんですけど、僕。
今の一撃。痛みで意識が吹き飛びかけた。
それでもなんとか、アポロを心配させないように耐える。
「ど、どうしたんだよ、アポロ……?」
「ごめん、なさい」
アポロは僕の太ももの上で、正座をして、頭を下げた。
土下座だ。
綺麗な、これだけでなんでも許せてしまう、そんな土下座だった。
――って、僕はアポロに謝ってほしいわけじゃない。
というか、ずっと眠っていた僕だって悪いんだし。
「いいよいいよ全然。ほら、僕は全然、痛くないし! だから顔を上げてよアポロ」
本音を言えば、そうやって太ももの上に乗られているのが地味に痛いのだけど、それは言わない。これ以上、アポロの中の罪悪感を増やしたくはなかった。
「違う」
アポロは否定した。
「今のは、違う。今のは別に、悪気ない」
それはそれで話し合いが必要だと思う。
「うむが謝ったのは、勇架をこの世界に、召喚してしまったこと」
アポロは、声を絞り出す。
苦しそうに。つらそうに。
「戦いに、巻き込んでしまったこと」
「うむのわがままに、付き合わせちゃったこと」
「説明もしないまま、背負わせちゃったこと」
ずっと俯いていたアポロが、僕を見上げる。
ぼろぼろと、溜まった涙が溢れ出ていた。
こうして表情にはっきりと出す、激しい感情を持ったアポロを、初めて見た。
それが、悲しみと後悔と罪悪感に染まったものだなんて。
納得が、いかなかった。
「こうして、怪我をさせちゃった。もしかしたら、勇架は、その……あの戦いで、死んじゃってた可能性だって、あった。うむは、勇架を守れるほどに、強い魔法使いじゃない」
ぎゅっと、下唇を噛む。
ぎゅっと、膝の上に置いていた拳を、握っていた。
守る側。守られる側。
僕が前者で、アポロが後者だと、僕は思っていた。
違うのだ。守られる側なんて、いない。
どちらも、パートナーの事を守るのだ。
僕はアポロを体を張って守り、アポロは僕に指示を出して、守る。
それがアポロと僕の関係性だったのだ。
それがマスターとディアモンの、あるべき姿なのだ。
でも、アポロは僕を守れなかった。僕は、勝たせてあげるという約束を守れなかった。
僕だって、後悔や罪悪感がある。
でも、アポロが抱えている量に比べれば、微々たるものだろう。
僕が倒れた時、アポロはどう感じたのだろうか?
僕は意識がなかったので、その時のことは知らない。
だけど、ゲームみたいに
そこには死があり、責任が待っている。
倒れた僕を見たアポロが抱える罪悪感は、途轍もない大きさになる。
それが小学六年生の心に、ずんっ、とのしかかる。
もしも僕が同じ立場ならば、耐えられない。
こうして顔を合わせること自体、放棄するだろう。
それでも、アポロはこうして僕と直接、顔を合わせる事を決意した。
その決心までの葛藤は、相当なものだったと思う。
ただ、僕の顔を見て、謝りたかった。それだけの用なのだろうか?
嫌な予感が僕の胸中で渦巻いていた。鼓動音が激しくなる。
僕は気づいていたけど、気づいていないふりをしていた。
目を、背けたかったのだ。
分かっていて、僕は、アポロに言わせてしまっていた。
その選択を。
選ばせてしまったのだ。
「実力がないうむと一緒にいれば、勇架はいずれ、死んでしまう。だったら、そうなる前に」
アポロは精いっぱいの笑顔を僕に向けて。
「勇架を、元の世界に、帰す」
―― ――
笑顔と感情があべこべだった。
必死に抑えつけている本音が丸見えだった。
僕を元の世界に返すなんて。
あれだけ望んでいた、ディアモン使いになること。
召喚魔法を成功させ、僕を呼び出し、せっかく会えたのに。
元の世界に帰すことを、アポロ自身、良いことだとは思っていても、望んでいるわけではないのだろう。
そりゃそうだ。呼び出された僕でさえ、望んではいない。
納得なんて、していないッ!
「どうして?」
僕は聞く。
確かに僕はディアモンとして誕生したばかり。経験値なんてゼロにも等しいよ。
でも、そんなの当たり前じゃないか。
死ぬかもしれないなんて、別にこの世界でなくとも、同じことじゃないか。
「その方が、いいと思ったから……。勇架の、ため」
「どうして?」
繰り返す。自分で気づけと、我が子を谷の底に突き落すように。
マスターとディアモンの関係性は、マスターが上で、ディアモンが下だ。
でも、それが必ずそうでなければいけない決まりはない。
いや、あるかもしれないけど、どこでもそういう関係性でいろと、監視されているわけではない。だから、僕とアポロがそういう関係でなくとも、いいのだ。
一時的に、僕がアポロに教えたって、いいのだ。
相棒とは、そういうものだ。気を遣わずダメなところをダメと指摘し、正しい方向へ相棒を導いていく。そういう関係性が、あるべき姿なのだから。
「どうして、って。分からないよ、勇架」
「アポロは僕の意思を考えずに、決めつけるの?」
優しい口調で、強い言葉で。
アポロは予想通りに少しだけ、びくっとしてしまっていた。
僕はそんなに怒ってはいないと誤解を解きたかったけど、このままにしておいた。
「一度の失敗で、アポロは逃げるんだね」
「…………」
「あーあ。へなちょこだなー、アポロは」
「…………っ」
うそ? 乗った?
可能性は低いと思っていたけど、アポロって、煽り耐性が低かったりするのだろうか?
少しは気分を上げる事に成功したらしい。
涙を流しながらも、少しだけ、きっ、と僕を睨み付ける。
と、僕は思う。
目が悪い人がメガネなしで物を判別している時みたいな目になっているけど、あれはきっと睨み付けているんだろう。
おどけた口調の後、僕は真面目に言う。
「僕は負けたさ、死にかけたさ。でも、それがないと僕だって、アポロだって、成長なんかできないよ」
「最初っから完璧な奴なんて存在しない。誰だって、失敗は体験する。それが大きいか、小さいか、なんてことは別として。大したことないように見えても、その人からすれば、大きなものとして、印象強く残る」
「当たり前のことなんだよ、アポロ」
「アポロがいま抱えているものは、誰もが通る道だ。あの青髪少女だって、通った道なんだよ」
「それはね、僕を元の世界に返しても、解決なんかしない」
「僕を元の世界に返せば、アポロはまた後悔することになる」
「アポロは悪くない」
「あのデビュー戦はね。悪いとすれば、当たり前の失敗を重く捉え過ぎて、反省しないで、逃げようとしていること」
「ねえ、アポロ。一緒に強くなるんじゃ、ダメかな? 僕じゃ、頼りないかな? 僕を死なせたくないからって理由をつけて、僕から違うディアモンに、乗り換えようとしているわけじゃ、ないよね?」
卑怯な言い方だと自分でも思う。
でも、僕は言い切った。
「――違う! それだけは、ない」
「そっか。良かった」
本当に。
ここで頷かれたら、僕にはどうしようもない。
どうしようもないし、普通にショックだ。
「僕はこれから先、死ぬような怪我をするかもしれない。でもそれが、アポロが頑張って頑張って戦略を練って、指示を出して戦った末の結果なら、いいよ。僕はアポロを恨まない。だから、アポロは僕を死なせないように、もっと強くなってよ。そうすれば、僕は死なないし、帰らなくても済むでしょ?」
「うむで、いいの……?」
アポロが不安そうに、問いかけてくる。
「当たり前だよ。僕を召喚したのは、アポロだろ? なら、僕のマスターは、アポロだけだよ。誰にも浮気しない。僕はアポロだけを守り、アポロだけのために戦う。そして、次は負けない」
小さなその手を握る。包み込む。
「僕はまだ、アポロと離れたくないみたいなんだ」
この世界に、まだいたかった。
これからも、ずっと、一緒に、いたかった。
異世界にいたい理由なんて、僕の中には数多くあれど、それを言うのは余計でしかない。
胸の中にしまっておくことにした。
「仕方、ないね、勇架は」
アポロがベッドの上で立ち上がる。
僕を見下ろす。マスターだぞ、と言わんばかりに仁王立ちだった。
「――うむが勇架を、最高で最強のディアモンに育ててみせる」
そして僕らは笑い合い、朝まで色々なことを話し合った。
僕の世界の事とか、アポロの世界の事とか。
好きな事とか嫌いな事とか。互いの事を良く知ることができた夜になった。
先生から言われたことだ。
学園の中でも一番早く、僕らは互いを信頼し合う、相棒になった。
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