第6話 勝敗

「――ちょっとっ、なにしてるのよ、絵空!?」

「ご、ごめん。まさかこんなに威力が出るとは思わなくて……」

「うあ、あ……アポロが……っ」

「大丈夫!? ロコット、落ち着いて……。まだ、勇架とアポロちゃんが死んだって決まったわけじゃないから」

「でも、あんな巨大な一撃を喰らえば、いくらディアモンの耐久力があったとしても……」


「……あのディアモン。咄嗟にアポロさんを庇いましたね」

「「先生!?」」

「アポロさんはきっと無事でしょう。あのディアモン、【ガブリエル・レプリカ】の一撃がアポロさんにも当たってしまうと予感して、咄嗟にアポロさんの前を陣取ったのです。彼自身の安否は分かりませんけど、アポロさんの生存の可能性は高いです」

「それなら、よ、よかったぁ」

「良くはありませんよ。なんてものを使わせているのですか。ディアモンを操るのはあなた――マスターなのですよ。攻撃の威力くらいは把握しておきなさい。ロコット・ドエニプル。あなたの評価は、少し下げさせてもらいますよ」


「……ねえ、ロコット、先生。……あれ」


 ―― ――


「けほっ、けほっ。……勇架?」

「アポロ! 生きてた、よかったぁ。って、そんな顔して……どうしたのよ、絵空」

「勇架のあれは、なに?」

「あれって?」

「アポロちゃんに目を向け過ぎよ。見えていないわけないでしょ? 勇架の全身から噴出している、あの黒いものはなに……?」


 ―― ――


「けほっ、けほっ。……勇架?」

 アポロの声。……良かった、無事だったのか。

 それにしても、なんとかなるものだ。

 頭で理解したわけではない。なんとなく、あのままじゃアポロが危ないと思ったから、体をアポロと攻撃の間に挟んでみた。

 その結果、僕が壁となって、アポロの方にダメージはいかなかったらしい。

 逆に、僕へのダメージは途轍もないけど。

 でも、思った程ではなかった。激痛だけど、山の斜面から転がり落ちたくらいの痛みだ。

 もちろん、そんな経験などないので想像なんだけど。

 体のあちこちに打撲と切り傷があった。頬を動かすだけで鈍い痛み。

 目の前には地面がある。僕はうつ伏せで倒れているらしい。

 手を使い、起き上がろうとしたけど、痛みのせいで肘が折り畳まれる。

 絵空に痛めつけられた分も込みで、ダメージが残っていた。

 ははは、と笑うしかなかった。

 さっきの攻撃で地面は抉れ、砂埃が舞っている。僕から絵空達は、よく見えない。

 影だけが薄っすらと見えるだけだ。三人いるけど、あ、そうか。一人は先生か。

 勝負は、どうなったのだろうか。

 この状況じゃあ、負け、かな。そういう判定でもしているのだろう。

 あーあ、まあ、勝てるとは思っていなかったけど、やっぱり、アポロには悪い事をしちゃったな。僕が弱いから、惜しいところまでだって、いかない。

 ガッカリさせちゃったかな。でも仕方ないか。

 僕は、いつだって期待に応えられない。

 ゲームに逃げて、努力をしてこなかった、当然の結果だ。

「勇架」

 アポロが僕の名を呼ぶ。ごめん、後ろを向けないんだ。

 できれば起こすのを手伝ってくれるとありがたいんだけど。

 でも、アポロの体格じゃあ、無理か。

 僕は小柄な方だけど、小学生と高校生じゃあ、さすがに体格に違いがあり過ぎる。

「……アポロ?」

 反応がない。いや、この問いかけについてではなく。

 僕はもう既に何回か動いているのに、アポロが僕の元に駆け寄ってこない事に、違和感を覚えた。あ、勝負中は、マスターはステージの中に入っちゃいけないんだっけ? 

 でも、それって単純に危険だから、だったような。

 でも絵空と青髪少女はもう合流しているし、先生だっている。

 勝負どころじゃないはずだ。なら、アポロだってその場から動いたっていいはずなのに。

 と、その時だった。僕の体が、ふわりと浮いた。

 持ち上げられた。もちろん、アポロに、じゃない。

 アポロは今もまだ、定位置に立ったままだ。されるがまま、僕は地面に立たされた。

 痛むが、立ったまま首が動かないわけじゃない。

 僕は、ぎぎぎ、と軋む音が鳴りそうな動きで、後ろを向く。

 黒が見えた。……なんだ、これ。羽みたいだけど――違うか。

 羽のように見えているけど、羽じゃない。

 僕の肩甲骨あたりから、黒いなにかが、その場に漂っている。

 羽のような形で維持されているだけで、それ自体は羽ではないのだ。

 液体じゃない。気体じゃない。

 地面に伸びている黒いそれは、僕の背中を覆っている――。

 僕の体を、地面を支えにして持ち上げたのだから、固体なのだろうけど、

 僕は黒いそれを、触れなかった。

 空を切る、わけでもなかった。

 触れられないけど、もわっとした、鈍い感触はあった。

 指だけが知っている。

「なんだ、これ」

「可能性としては、あなたの能力でしょう」


 晴れた砂埃の先、先生がそう言った。

 僕の、能力? これが? まったく、用途が見えないんだけど。

「能力の正しい使い方なんて決まっていませんし、ありません。マスターとディアモン次第で、それは当然、変わります。能力が発現した今、ここから先は、アポロさんの力量が重要になってくるでしょう」

 それで、どうしますか? と先生。

「勝負、続けますか?」

「先生!」

 絵空の声だ。そんな絵空を、先生は見下すように見下ろす。

 その目に、絵空はなにも言えなくなる。

「決めるのはあなた。正確には、アポロさんですが」

「…………」

 アポロがちらちらと僕を見る。

 うん、と頷かないところを見ると、ネックになっているのはやはり僕なのだろう。

 僕のダメージを考えている。もしもここで引けば、当然、アポロの黒星だ。

 デビュー戦で黒星を取るのは珍しいことじゃないけど――どうせなら、白星をプレゼントしたかった。

 僕が頑張ってそれが取れるのならば、やらない理由はない。

「やりますよ」

「勇架!」

 絵空が僕を睨み付けてきた。

 なんだよ、そんなに勝ちたいのかよ。

「違うわよ! それ以上は、勇架が、危険でしょうが!」

「僕は平気だよ。打撲くらいだし」

「右目を腫らして、ふらふらの状態でなに強がってるのよ!」

 強がりだよ。ほんとはすぐにでも倒れたいよ。こんな勝負したくないよ。

 でも、やめられるわけがない。僕はアポロの、パートナーなんだ!

 ぐっと、拳を握る。それだけで、激痛が全身に走る。

「マスターを勝たせるのが、僕らディアモンの役目なんじゃないのかよ!」

「本当にあなたには驚かされますね。召喚されて戸惑う者が多い中、ここまで早くマスターの事を思い、行動できるディアモンがいるとは」

 先生は、いいでしょう、と。

「勝負は続行します。オス――いえ、男の子、ですものね。意地は、貫き通すものです」

 今、オスって言ったよね? 

 完全にモンスター扱いなんだなあ。

「勇架」

 アポロが、僕をじっと見つめる。

「あと少し、頑張れる?」

「もちろん。アポロを勝たせてあげる。だから、ちょっと待ってて」

「うん」

 帽子で顔を隠すアポロを最後に見て、僕は前を向く。

 呆れ、怒り顔の絵空が、僕の目の前にいた。

 小学生の頃も中学生の頃も見せた事のない怒りを抱いている。

 自分の事は自分でやりなさいとか、ゲームばっかりしてないで外でみんなと運動をしなさいとか、そういった小言のような叱りは何度も喰らってきた。

 けど、これは、そんなものとは比べものにならない。

 赤と言うよりは、青い炎。マスターと同じ色の怒りが、そこにある。

 言葉も、口調も、静かだ。だからこそ、恐い。

 怪我だからじゃない。僕の体の震えが、止まらない。

「勇架? 口で言っても分からない?」

 瞳が、細く、鋭く。

 口元が、不気味に歪む。

 笑顔とは程遠い笑みを浮かべた。

「じゃあ、直接、体に教えてあげよっか」

 びくっ、と僕の体が跳ねる。

 意識していなかった。僕の体が勝手に、意思を無視して反応した。

 ああ、ダメだ。無理だ。

 頭では勝とうと思っているのに、動けと命令しているのに、動いてくれない。

 僕の心の奥で、絵空には敵わないと認めてしまった。

 認めてしまったら、早かった。

 ダメージが溜まった僕の体は、アポロの指示を待つことなく、たった一撃で沈められた。

「ねえ、勇架。私をあまり心配させないでね」

 脅迫のような強制力を持つ言葉だった。


 ―― ――


「あれ?」

 目を開けたら光が差し込んだ。思わず、うっと目を瞑る。

「やっと起きたか……目覚めはどうだ?」

 僕と二人きりの時の口調で、先生が言う。

 本をぱたりと閉じ、覗き込んでくる。

 それに合わせて起き上がろうとしたけど、体が言うことを聞いてくれなかった。

 体は動かず、痛みだけが現れた。

「いっ、つう」

「無理するなよ。【ガブリエル・レプリカ】――大魔法を喰らった上に、絵空の【紋章魔法】も喰らったんだ。ダメージは蓄積されているはずだ」

「僕、どうなったんですか?」

「特別なことはなにも。絵空が自分の能力を使ってお前を叩きのめしただけだ」

 そうか。僕は、負けたのか。

 アポロに勝ちをプレゼントするとか言って、守れなかったのか。

 かっこわりぃ。

 アポロに合わせる顔がない。

 僕のせいで、アポロは青髪少女からの罰ゲームを受けなければいけなくなった。

 デビュー戦で、黒星を与えてしまった。

 僕のマスターに、恥をかかせてしまった。僕は、モンスター失格だ。

「そんなに思い詰めなくてもいいと思うけどな。罰ゲームなんて、どうせ子供の考えたことだ。それに、召喚されたディアモンが最初から能力の全てを引き出せるはずもない。信頼関係がものを言うディアモンバトルで、一年も共に過ごしているロコットと絵空相手に、お前は充分、それ以上に喰らいついていた。なにも恥じることはないよ」

 慰めの言葉は僕には響かない。

 どれだけ喰らいついたか、善戦したとか、関係ない。

 最後に負けてしまえば、意味はないんだ。

「お前、アポロが起きた時、そんな顔をするつもりか?」

「え?」

 今まで気づかなかったけど、僕の足元にはアポロがいた。

 ベッドの上で眠る僕を、付きっきりで看病してくれたのだろうか?

「一応、回復魔法で怪我の手当てはしておいた。お前の世話をしていたのは、絵空だよ。後で礼をちゃんと言っておけよ?」

「それくらい言われなくてもちゃんと言いますよ」

 子供扱いされたことに少しむっとして、反抗的な言い方になってしまった。

 しかし先生は気分を害する事なく、

「じゃあ、意識も戻ったことだし、聞きたい事、質問しろよ」

 遅過ぎる。出会った時にそれを聞いてほしかった。

 でも、いいか。あの時に質問しても、充分に聞けなかったかもしれない。

 だったら、いま聞いた方がもっとよく理解できるだろう。

 僕は気持ち良さそうに眠るアポロを見ながら。


「この世界の事を、教えてください」

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