第5話 魔法

 それじゃー始めますよー、とあくびをしながら先生が言う。

 緊張感を持って。これもあんたの仕事だろうが!

「絵空。知り合いだからって手加減しないでね」

「大丈夫、大丈夫。分かってるから」

 投げやりに返す絵空の後ろ姿を不満そうに見つめる青髪少女。

 ほとんど睨み付けているようなもんだろ、あれ。

 こえー。一番の敵は味方みたいな状況だ。

 念のため、僕は後ろを振り向く。アポロを確認した。

「?」

「……いや、なんでもないよ」

 アポロはきょとんとして、首を傾げた。

 まさかあそこまでどんぴしゃで目が合うとは。

 僕が振り向いたから見つめたと言うよりは、元々見ていたところに僕が振り向いた感じだった。

 ずっと僕の事を見ていたのか? だとしたら、視野が狭っ。

 僕以外を見るべきだろう、アポロの立場なら。

 なぜならアポロはマスターなのだ。

 僕を動かす、ご主人様なのだから。


 それにしても。

 説明されないまま絵空と向き合い、これから戦うわけだけど。

 なんとなく、分かってきた。

 この世界に召還された者同士が戦い、マスターの優劣を決める。

 僕や絵空は、【モンスター】として扱われる。

 そんな僕達に指示を出し、能力を引き出すのが、マスターの役目。

 マスターの指示の仕方で、僕達の力も変わってくる。

 僕達、モンスターの力ではなく、マスターの力量が勝敗に直結する。

 これ、モンスターを使って戦うゲーム、そのままのシステムだ。

 どうせならプレイヤー側をやってみたかったと思うけど、モンスター側も悪くはないかな。

 プレイヤーから指示を受けるモンスターの気持ちって、こんな感じなのか。すげえ不安だ。

 アポロがマスターだからなのかもしれないけど。

 だが、僕がどれだけこういうゲームをやり込んだと思っている。

 プレイ時間は全てカンストしている!

 それも一周だけじゃない。三週全てが、カンストしているのだ。

 まあ、寝落ちも含めているけどね。

 ともかく、ゲームと同じシステムなら、僕が負けるはずがない。

 アポロが頼りにならなくとも、僕の知識でアポロの弱点をカバーすればいいだけの話。

 これは個人戦じゃない。団体戦だ。

 アポロと息を合わせる事がなによりも大事になる。

 信頼関係。

 最も重要な要素。

 背中を刺されるかもしれないと疑った僕とアポロにはないものだ。

 ……二人を一緒にまとめた弱点が見えてしまった。

 うわぁ、どうしよう……大丈夫かなあ?

 不安が消えないまま、先生の合図が絵空の足を動かした。


 ―― ――


「一対一のディアモンバトル――開始!」


 絵空は全力疾走。僕にめがけて、そのまま突撃。

 僕は手と胸倉を掴まれ、上体を後ろに逸らされ、足の踵を刈られた。

 地面へ、背中から叩き付けられた。

 そのまま僕の頭の後ろと股の間から手を入れて……ってこれ、横四方固め!?

 まずい。まったく身動きが取れない。

 じたばたともがくけど、全てが絵空に抑え込まれてしまっている。

 どうしようか、アポロの指示もなく、終わっちゃったよ。

 見ててまったく映えない絵だった。

 瞬殺じゃん。

「どうする? ギブアップする?」

 近距離にある絵空の顔。

 絵空と密着している今の状況が、僕の頭の中を真っ白にさせる。

 いや、だって、絵空も女の子だし。

 ちょっとは、こう、膨らみとかだってあるんだし。

 それが今、僕のお腹に当てられているわけで。

 そんな状況で喋ろうとしたら、

「へっ!? し、しないしない!」

 変な声が出てしまった。裏声だった。動揺し過ぎだ、僕。

 思考を無にするんだ。思考すれば、全てが下に行きつく。

 思春期男子の最低最悪な想像を間近の女子に勘付かれたくはない。

「あっそう。じゃあ、もっときつくするけど、いいの?」

 横四方固めって、簡単には抜け出せない寝技であって、

 きついようなイメージはないんだけどなあ。

 そう思っていたら一瞬で絵空が体勢を変えた。

 股の下に手を入れられていたから、下が反応して当たりでもしたらきまずいなぁ、と思っていたところだったので、僕としては技の変更はありがたかった。

 訂正。

 全然、ありがたくない。

「いてッ、いててててッ!? 肘! 壊れる肘ぃ!?」

「ギブアップ?」


 ぎしぎしと内側から鳴っている気がする僕の肘!

 こいつ! 容赦なく壊すための関節技をかけてきやがった!?

 ばんばんと地面を叩くが、絵空は取り合ってくれなかった。

「叩いただけじゃわかんなーい。言葉にしてくれないと」

 くそぅ。地面を叩いて、タップと勘違いした絵空が僕の肘を手放した時に、「ギブアップしたなんて言ってませーん!」って言おうと思ったのに!

 しっかりとばれてやがる!

「昔から一緒にいるんだから、あんたのそういうセコイ部分は知り尽くしているわよ」

 というか、何回その手を使ってると思ってるのよ、と絵空。

 そういえば、たくさん使っている気がするな、この手。

 危険な状態の時に咄嗟に出てくる回避法がこれなんだから仕方ない。

「ギブアップ?」

 もう一度、絵空が聞いてくる。

 僕は口を開きかけた。だけど、すぐに力を込めて閉じる。

 絶対に、言わない。

 言うもんか!

「……どうして? せっかく気を遣って、人間技で勝敗をつけようとしているのに。あんたは来たばっかりで分からないと思うけど、ディアモン同士の能力バトルって、こんなものじゃないのよ?」

 肘が壊れるだけじゃ済まない。それ以上が平気で起こる戦い。

 それがディアモンバトル。

「でも、言わないよ」

 僕はしっかりと言葉にした。

「アポロを勝たせるんだ」

 へえ、と先生が声を漏らす。

 感心したような声を、僕は僅かだけど、聞き取った。

「ディアモンバトルって、自分だけの戦いじゃない。僕だけの考えでギブアップする事なんてできないよ」

「……やだ、ちょっと格好いい――」

 思わず言ってしまった言葉を、無かった事にするように、口を塞ぐ絵空。

 ばっちりと聞こえましたけど!

 そういうの、照れるからやめてほしいなあ。

 たとえからかわれているのだとしても、口元がにやけちゃうから。

 軽く頬を赤らめながら、じゃあ仕方ないね、と絵空が僕から離れる。

 関節技から解放された僕は、四つん這いのままアポロの元へ。

「し、死ぬかと思った……っ!」

 肘、今もまだじんじんとした痛みがある。

 アポロが屈み、僕と視線を合わせた。

「役立たず」

「言い方きつくない!?」

「あ、今のなし。勇架はがんばったがんばった」

「両極にある言葉を浴びせられた僕の気持ちも考えて!」

 役立たずと裏で思われているのに、がんばったね、と頭を撫でられても。

 アポロの仮面が僕は怖いよ……。

「うむが指示を出す前に捕まるのは避けて」

「でもさっきのは仕方なくない? 一瞬だよ、一瞬。僕、まったく反応できなかったし」

「じゃあ次からは同じ失敗をしないように」

「……怒ってる?」

「ううん。あぶねー、って思ってたけど」

 確かにね。

 あそこで終わっていたら、アポロのデビュー戦なのに、アポロなにもしていないし。

 ゲームじゃあり得ないけど、技名を選択しないままに死んじゃったみたいなもんだし。

「でも、絵空が言ってた通り、ここからはロコットが絡んでくる。本当のディアモンバトルになる」

 申し訳なさそうなアポロ。

「もっと経験を積ませてあげればよかったね。いきなり、痛いのは嫌だもんね」

「確かに嫌だけどさ。もういいよ。こうして始まっちゃったものは、仕方ない」

 アポロの気持ちも分かる。

 やっと自分のディアモンを召喚できて、バトルデビューをする事ができる。

 そんな時に、自分のディアモンを馬鹿にされたら、

 そりゃまだ早いと思っていても、勝負を受けちゃうよなあ。

 誰だって好きなものを馬鹿にされたら怒る。

 訂正しろと思う。

 僕だって好きなゲームを非難されたら、自分の感情を制御なんてできないだろうし。

 煽り耐性が低いと自覚しているからね。


「どうすればいい?」

 僕だけの力じゃ、絵空には勝てない。

 さっきと同じように関節技を決められてしまうだろう。

 いや、そんな面倒なことをしなくても、

 絵空がキックをしただけで、僕はノックアウトだ。

 それくらいに力の差がある。あいつは本当に女子か?

 運動部系格闘女子と、帰宅部系オタク男子なら、そんなものだろうか。

 あ、そもそもで、どうしたら勝ちなのだろう?

 体力ゲージとか、目安がないから分からないや。

「勇架は自分がどんな能力なのか、分かる?」

 ぐーぱー、手を開いたり閉じたり。ううん、分かんないや。

 首を左右に振る。するとアポロは、うーん、と悩み。

「突撃してみる?」

「投げやりになってるよね!?」

 自殺行為だよ! 能力がなくちゃ、まともに戦えないゲームバランスなのか、これ!?

「作戦は決まったのかしらねー?」

 と、青髪少女が挑発するように言ってくる。

 はあ、いつものやつだ、とでも言いたそうに肩をすくめる絵空。

 あっちもあっちで苦労してるんだなあ、とのん気に考えた。

「絵的に盛り上がってないから、アタシが派手にしてあげる」

 にやにや、と笑う青髪少女。アポロがはっとする。

「勇架、逃げ回って」

「え? でも、このステージの中じゃ逃げ回るって言っても――」

「できるだけランダムに。規則性をあっちに伝えちゃだめ」

 声はおとなしい。表情もいつも通りだ。でも、必死さが伝わってきた。

「わ、分かった」

 言われた通りに、僕はステージ上を走り回る。

 とは言っても、絵空に動きがないから、ジョギング程度なのだけど。

 一人で動き回る僕を見る目が痛い。

 観戦しているクラスメイトがひそひそと互いに質問し合っている。

 あれなんなの? なんの意味があるの? 無駄な動きじゃないの? 無駄遣い? 

 こらこらこら、聞こえないように言ってくれ。もう、心が折れそうだからほんとに。

「止まっちゃだめ」

「お前は鬼か!」

 ちょっとの休憩もダメなの!? 

 思っているよりも疲れるんだからね、これ。

 だって、最初から既に疲れているんだからね!

「絵空。派手なの一発。この前に教えた、新技、試していいわよ」

「いいけど……いいの? あれ、秘密なんじゃなかったっけ?」

「アポロにならいいのよ」

 はいはい、と小さな子のわがままを聞くように返して、絵空が動く。

 ような、というか、それそのままって感じの二人だった。

「えーと、確か」


 絵空の腕が動く。指を立て、空中で動かし始めた。

 絵空にしか見えない黒板に、なにかを書いているような動きだ。

 文字? 絵空の指の動きに合わせて、原色が流れ出てくる。

 青い、光? 

 一部分だけじゃ分からない欠片が、段々と組み合わさっていき、全体を理解させる。

 円。外周に合わせて文字がびっしりと書かれている。

 見た事がある。あれは、魔法陣?

「勇架」

 アポロの指示。しかし、次の言葉が出ない。

「アポロ?」

 僕の言葉は絵空の魔法名によって、かき消された。


「【大天使の一撃・未完成版】――【ガブリエル・レプリカ】!」


 そして。

 逃げ回っていた僕の八方を埋め尽くす白の光景が、迫ってきた。

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