第4話 再会 その2
長い髪を束ねて後ろで留めている。ポニーテール、ではない。
着物を着るために邪魔だからまとめました、みたいな髪型だった。
服装はラフな格好だった。
デニムのショートパンツから黒いレギンスが見える。
青いシャツの上に、お腹の少し上あたりまでの、白いカーディガンを羽織っていた。
うわー、絵空だ。私服の絵空、そのままだ。
「……嫌な顔を見ちゃったなあ」
絵空の顔が、苦いジュースを飲んだ時のようになる。
「なんでだよ! 感動の再会だろう?」
「あんた、絶対に私を頼るでしょ」
うぐっ、と言葉に詰まる。
頼らない、とは断言できない。
「そ、そりゃ頼るだろ! この状況で頼れるのはお前くらいなもんだ」
だって、知り合いだ。
こんな訳の分からないヘンテコな世界に来て、知り合いの一人もいない心細い中、中学時代のとは言え、知り合いがいたのだから頼り切ってもいいじゃないか!
「やーよ。小学校の時も中学校の時も、私がいたせいで勇架はなにもしなかったじゃない」
彼女が両手を腰に当てる。
いや、あれは絵空が進んで身の回りの世話をしてくれるから、僕のやる事がないなってなってさ――、僕が動いて邪魔になるくらいなら、黙ってた方がいいじゃん?
「まったく。私、それで怒られたんだからね。甘やかし過ぎって。これじゃあ勇架は一人だとなにもできない人間に成長しちゃうってさ」
「じゃあお前が悪いんじゃん」
甘やかし過ぎってお前の行動一つで解決するじゃん。
いやね、僕だってやらなければいけない事ならきちんとするよ?
ほんとほんと。ほんとだからじと目をしないで。
すると、くいっくいっと服が引かれた。
振り向けばアポロがすぐ傍にいた。
ステージに入ってきちゃったのか。
「だれ?」
「うーん、と。友達」
高校は違うけどね、と心の中で付け足した。
女子の中では仲が良かったけど、高校まで同じにするほどではなかった。
おかしな事ではない。これはごく自然な流れだ。
すると青髪少女も同じように絵空の近くにきていた。
そんなに気になる? 僕らの関係。
「あの馬鹿の世話を焼いてただけ。あいつの事ならなんでもお見通しよ」
おい。僕の事を馬鹿と言ったぞあいつ。
「そうなの? 絵空はどこでもそんな感じなのね」
呆れたような、感心したような。
青髪少女はそれだけで、すっと元の位置に戻る。
アポロは僕の隣にいたままだ。
「戻らないの?」
「ん」
僕の服を掴んだまま、離さない。
じっと、絵空を見つめている。
なんか、さっきよりも闘志が剥き出しじゃない?
「……私、なんか悪い事したかな?」
絵空が不安そうに聞いてきた。知らないよ。分からない。
アポロが考えている事は、僕には分からない。
「勇架」
アポロが僕を見ずに言う。
「絶対、勝つよ」
「……ああ、うん」
温度差があり過ぎた。
僕、絶対に勝つぞ! とまでの気持ちは持ち合わせていないよ?
「負けたらロコットからの罰ゲームが待ってる。勇架も例外じゃない」
「あっれー!? 罰ゲームって僕にもあるのかよ!!」
そういう事は先に言ってほしい。
というか、了承する前に僕に確認を取ってほしい。
背水の陣をするなら自分だけにしてよ!
「一心同体」
「そこでそれがくるのか……」
ほんとに一心同体だ。
連帯責任じゃないか。
「……あれが、召喚が成功したばかりのコンビ? 息が合い過ぎてる気がするんだけど」
「信頼かどうかは知らないけど。あのアポロと波長でも合うんじゃないの?」
「ふうん。勇架とアポロちゃんの精神年齢は一緒くらいだしね」
絵空達の失礼な会話が薄っすらと聞こえた。
僕の精神年齢が小学六年生並だと?
「おいおい、絵空。あまり僕をなめるなよ?」
「ズボンのチャックを開けながら凄まれても……」
嘘だろ!? と思いながら見てみたら本当に開いていた。
いや、もっと先に言えよ……。
「これはファッションだ!」
「学生服にファッションもなにもないと思うわよ?」
そういえば、登校している時にここに飛ばされたから、制服姿のままだった。
黒いブレザーにネクタイ。ズボン。チャックが開いている。
うん、普通に閉め忘れたやつだ。
「ファッ、ション……だよ」
「勇架、うむはそれ好きだよ。好きだらけだよ」
アポロが慰めてくれた。
けど、その微笑みはなんだ。
好きだらけと隙だらけをかけた事が嬉しいのか?
「アポロの成長のために言っておくと、チャックを開けた男には絶対に近づいちゃだめだぞ」
言いながらチャックを閉める。よし。後は大丈夫だよな?
全身を確認して、おかしなところは見つからなかった。
「これで万全だ! 一勝負といこうぜ、絵空ぁ!」
気合いを入れる。アポロもちょっと拳を握って、腰を落としていた。
アポロは隣にいたらダメだろ、とか、言うのも忘れていた。
すると、ずんずんっ、と絵空が近づいてくる。あれ、もう始まってるの?
絵空の手が伸びる。僕の首を絞め――るわけではなかった。
「もうっ。ネクタイ曲がってる。襟も片方が立ってるし。この天然パーマも、もうちょっと整えられないの?」
体中のあちこちを触られる。
くすぐったい。というか恥ずかしい。
一応、ステージの周りにはアポロのクラスメイト、全員がいる。
僕が今、こうして世話を焼かれている光景を、全員に見られているわけだ。
生き恥だ。
恥晒しだよこれ……。
「ええーい! もういいもういい! それくらい自分でできるよ!」
「できていないからやってるんでしょうが! 離れるな動くな! やりづらいでしょうが!」
言葉に体がぴたりと止まる。
悔しい。昔からの癖が出てしまっている。
「……勇架?」
「絵空……」
小学六年生、二人に呆れられた。
アポロから見る僕の株が、凄い勢いで暴落している気がするよ。
「あんたは常に地を這ってるわよ」
「ゼロじゃん」
マイナスでないだけ、マシなのかもしれないけど。
「うん。おっけ。これで及第点かな」
「あれだけやって及第点なのかよ。まあ、ありがと」
「どういたしまして」
僕の服装を整え、絵空が元の位置に戻っていく。
うわー、アポロの方を見れない。どんな顔をしてるんだろうか。
「勇架」
「あ、はい」
「ダメダメだね」
「……ごめん」
言い返せない自分が情けない。
僕も分かっているんだよ、絵空に頼り過ぎたツケが、今、回ってきてるって。
ちゃんとしなきゃなあ。自立しなきゃなあ。
「勇架。大丈夫。あの女なんかに負けない」
アポロが元の位置へ向かいながら。
「うむは勇架のマスター。勇架の世話は、うむが全部する」
「だから大丈夫。勇架は変わらずそのままで」
アポロはそう言ってくれた。僕の事を思って言ってくれている。
だけど、僕の高校生としての立場はどうなのだろう。ダメだろ、それ。
「あーもう! とりあえず! どうなろうと知った事か! 絵空に勝って僕が一人でも大丈夫なところを証明してやる!」
「おー」
と、アポロが後ろで手を突き上げた。
腰を落として絵空を見つめる。そんな彼女は溜息を吐き、
「いや、こんなことじゃ証明できないから」
聞ーこーえーなーいーっ!
そして、勝負が始まった。
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