第10話 【現在】次の一歩
あーあ、バカみたいだ。
こんな言葉をもらいに来たわけじゃないのに。
ぜんぶ自分の選択なのに。自分で積み重ねて来たことなのに。
「さ、この話はおしまいっ」
むりやり話しを切り上げて、
そうだ。自分にはこの立ち上がるための脚があるんだから。
「今日はありがとね。久々に本音で喋れた気がするよ」
「ううん、こっちこそ。騙し討ちで呼んじゃったのに、ありがとね」
「騙し討ち、か。そういえばそうだったね。あとで
ははは、と
「でもよかった。もし陽葵から『漣と別れてほしい』ってお願いされたら、どうしようかと思ってたもん」
「なにそれ? そんなこと言うわけないじゃん」
「分っかんないじゃん。陽葵も漣ちゃんのことが好きなのかもって思ってたから」
「安心して。漣のことはそういうふうには見てないから。アイツはあくまで幼なじみ」
「そっか。じゃあ、ぜったい別れてあげないよ?」
「いいよ。欲しくなったらムリやり奪うから」
「えっ!?」
「ま、今んとこその予定はないけどね」
「なーんだ」
澪は一転ほっとした表情をする。こんなふうに、ふっと現れる素の表情が人気の一因でもあるんだろうな。
「まったく。アイツのどこがそんなにいいんだが」
「幼なじみなのに漣ちゃんの魅力に気づいてないなんて、陽葵も男見る目ないなぁ」
「それはそっちじゃないの? 恋は盲目ってやつ」
澪はまんざらでもなさそうに笑う。その笑顔はとってもキュートだった。
陽葵はその笑顔が見られるだけで満足だった。
*****
帰宅してから、陽葵は机の引き出しに保管したままにしていた手紙を取り出して手にとる。
四つ葉のクローバーがデザインされた、空色の洋封筒。丸みを帯びた字で、漣の名前が宛先に書かれている。
澪がインハイ予選決勝で勝ったあとで、渡してほしいと頼んだ手紙。漣に宛てたラブレター。病室で処分するよう頼まれて、そのままずっと捨てられないでいたものだった。
お見舞いに行った翌日。あのとき陽葵が漣に手渡したパステルブルーの手紙は、陽葵自身が漣に宛てて綴った手紙だった。
目標だったインターハイ出場を目前にして、不幸に見舞われた澪。試合に勝ったら告白するとようやく決心までしたのに、それは叶わず、それどころかバスケそのものができなくなってしまった。
その心境は察するに余りあって、陽葵には耐え難かった。
すべてを奪い去ってしまうのは、いくらなんでも
同情だった。
それに、漣の気持ちも考えていない、陽葵の身勝手な願望だった。
手紙にしたのは、こんなお願いを面と向かって直接言える自信がなかったからだ。だから手紙にしたためて、漣に渡すことにした。
もし漣さえよかったら、澪と付き合ってあげてほしいとお願いしたのだった。
陽葵は空色の手紙を胸に抱きながら、漣に電話をかける。
〈おう、どうかしたか?〉
フランクな口調は相変わらずだ。
「どうしたじゃないよ。デート楽しみにしてたのに、すっぽかしやがって」
〈おー、ワルいワルい〉
「ドタキャンの埋め合わせはしろよ」
〈お、今度はそっちからデートに誘ってくれるんだな〉
「ったく」
〈澪には会えたみたいだな〉
「もしかして最初からこれが目的で誘ったの?」
漣はもともと澪から陽葵のことを訊いていたようだった。そっけない返事が多くなって、卒業してからはなんだかんだ会うのも避けられてると。
〈あの日、陽葵のことを見つけたのは偶然だったけどな。けど、前々から澪と仲直りしてほしいとは思ってた〉
「仲直りって、別にケンカしてたわけじゃないし。デートしたいなんて嘘つかなくても、澪と会うくらい、フツーに頼んでくれたら応じるのに」
〈卒業してからロクに会いに来なかったくせに、それ言うのか〉
それは、まあ、確かにそうだ。
もし澪と会ってほしいとストレートに頼まれていたら、陽葵は尻込みしていたかもしれない。
「澪とはうまくいってるんだよね?」
〈なんだよ、改まって〉
「3年前は一方的に押し付けるみたいになっちゃったからさ」
〈なんだ、そんなこと気にしてたのかよ。安心しろよ、お前の想像以上にアツアツだから〉
「あっそ。なら、いいや」
〈尋ねといて興味なさそうにすんなよ〉
「じっさいアンタの恋愛事情なんか興味ないし」
〈おいコラ〉
こうやって軽口を叩き合えるのも、いつも通りだ。
「最後にひとつ質問してもいい?」
〈なんだ?〉
「私と澪、本当はどっちのことが好きなの?」
〈おー、メンドくさい女みたいな質問だな〉
「いいじゃん、この際だから教えてよ。漣の正直な気持ちを」
漣は電話口でわずかに
この沈黙の
〈3年前は陽葵のことが好きだったよ。俺は澪よりも陽葵のことが好きだった〉
ズルい言い方だ。でも、それだけ聞ければ
「そっか。ありがと」
陽葵はなぜか清々しい気持ちになっていた。
*****
陽葵は電話を切ると、今度は別の相手に電話をかける。
自分から連絡を取るのは、本当に久しぶりだった。高校のバスケ部時代は、ラインも通話も日常の中に溶け込んでいたのに、スマホを操作する指が震えるくらい久しぶりになっている。
〈もしもし、どうしたの?〉
澪が電話に出た。
「今ちょっと話せる?」
〈うん、いいよ〉
心なしか澪の声のトーンが弾んでいる。
「今日はいろいろありがとね。楽しかった」
〈どういたしまして。……って、もしかしてそれだけのこと言うためにわざわざ電話してきてくれたの?〉
「あ、いや、実は今日言いそびれたことがあったっていうか、もっと喋りたかったこともいっぱいあって」
ふふ、と笑う声が耳に聞こえる。
〈おっけ。そういうことなら、とことんまで付き合おうじゃないか〉
澪のほうも、まだまだ喋り足りなかったんだと思う。
お互いに積もる話はいっぱいあった。どこから話したらいいか。言いたいことはひとつじゃなかったけれど、陽葵は最初に出す話題をもう心の中で決めていた。
「ねえ、車いすバスケって健常者でも試合に出られるんだよね?」
久々に触れたボールの感触は次の一歩を
彼と彼女と車いすバスケ 白早夜船 @shirabaya_yofune
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