第9話 【現在】述懐

「一言でまとめちゃえば、みおがどんどん活躍していくのがねたましかったってことになるのかな」


 陽葵ひまりの言葉に、澪は目を見開いた。活躍が妬ましいというのを、澪はたぶん予想してなかったんだろう。

 陽葵は事故直後のことから語り出す。


「澪抜きで戦わなきゃならなくなって、はっきり言ってチームの戦力は大幅ダウンした。ま、最大の点取り屋スコアラーがいなくなったんだから、そうなるよね。

 インハイ予選は終わっても、すぐにあとに東海大会が残ってた。

 チームの空気は正直重かったよ。士気の低下っていうか、諦めムードが漂ってたし。インハイ予選決勝で敗けたチームにリベンジするってモチベも持ってなかった。

 でもだから、私は自分が頑張んなきゃって感じてた。澪がいなくなって、それでチームが空中分解したんじゃ、それこそ澪の望むような結末じゃないと思ったから。澪の代わりを自分ができるなんて思わなかったけど、でも必死でやんなきゃ澪に合わせる顔がないって考えてた。

 だけど、それがたぶん、空回りしてたんだろうね。チームの中で、浮いた存在になってた」


 期間としては長いものではなかった。インターハイ予選が終わってから、東海大会までおよそ2週間。愛知・岐阜・三重・静岡から各3校、計12校によるトーナメントで、大会自体は2日間で終わる。

 チームの中で浮いた存在になっていたと言っても、たったそれだけの期間のできごとだ。

 なのに、その短い期間のことがすごく心苦しかったと記憶している。


「澪がいないことだけでもつらかったけど、抜けた穴を埋めなきゃって気持ちで焦ってもいた。それが煙たがられたんだろうね。

 あとで陰口を叩かれてるのを偶然聞いちゃったよ。『なんでアイツあんな必死になってんの?』『あれで澪の代わりを務めてるつもりだったらウケるよね』『澪がいなくなったからスタメンに選ばれただけなのに、ウザいわぁ』みたいなことを散々言われてた。

 笑っちゃうよね。そういうチームメイトの気持ちも全然知らず、私はチームをまとめたいって考えてたんだから」


 チームの最後を有終の美で迎えたかった。高望みをしたつもりはなかった。勝ち負けじゃなく、澪に対して、胸を張って結果を伝えたかっただけだった。

 でもそれはうまくいかなかった。

 澪の存在の大きさを知った。澪がいないだけで、チームメイトに不和が生まれていた。


 澪には相談できなかった。できるはずなかった。いちばん辛いのは澪だってくらい分かってたから。澪は大好きだったバスケを突然取り上げられて、二度と自分の脚で立てない身体になっていて、でも弱音を吐かないようにしていた。

 それに比べたら、チームの中で浮いているぐらいのことなんて、鼻クソみたいに小さな悩みだった。


「澪と距離を置こうとしてたのは、そんな些細なことだったんだよね、最初は。そのあと部活を引退してからも、澪とはバスケの話はできないって思い込んじゃってた。

 大学に進学して、もうしばらくボールにも触らなくなってた。けど、意外と何ともなかったな。ミニバス時代からずっとバスケ続けてきて、常に身近にバスケがあったのに、そのバスケを辞めても、とくに深い感慨もなかった。むしろ楽になれた気がしてた」


 話してみればたったこれだけのことなのだ。それだけのことが、長い間カベを作っていた。


「大学生になって、もうバスケのことなんか忘れかけてたころだったかな、澪の活躍が耳に入ってくるようになったのは」


 事故で脚が不自由になってからも、澪はバスケを続けていた。車いすバスケに出会い、その界隈で頭角を現し始めていた。


「スゲーやつだと思ったよ。バスケ続けてるだけでもスゴいって思ったし、選手としても有望だって聞いたらなおさらね。でも、それを聞いたら余計に会いにくくなっちゃった。

 片やバスケを諦めた人間と、めげずに努力し続けた人間とじゃ、雲泥の差だから。

 頑張ってるのは澪本人だって分かってるのに、なぜかそれをうとましく感じちゃった」

 

 まだそのころは試合の日時を連絡してくれていたから、観に行くこともできた。けれど陽葵にはその一歩は踏み出せなかった。

 そんなふうにためらっているうちに、気づくと澪はSNSでも注目される選手になっていた。


「SNSはビジュアルで私のこと持ち上げてるのが大半だけどね」と澪は笑って話す。でも、実力も兼ね備えて注目されていることはちょっと調べればわかることだった。


「この前の試合を現地に観に行ったのはさ、彼我ひがの差を確かめるつもりだったんだよ。

 あの事故が起きたとき、人生が狂わされたのは澪のほうだと思ってた。けど3年が経って振り返って見れば、澪は新しい目標に向かって突き進んでるのに、自分は大した目標もなく無為に日常を過ごしてるだけ。

 一体どこでこの差ができちゃったんだろうってね。

 なーんてこと言ってもさ、そんなことを意識しちゃうようになったのも、大学3年生になって、就活が始まるっていうきっかけがあったからなんだけどね。自己PRとかガクチカとか書こうとすると、そういうことを考えちゃうっていうか。

 だから、それだけと言えばそれだけなんだよ。あの日試合を観に行ったのは、観に行けば何かあるかもって期待したから。ケジメ……みたいなものを付けられるかもっていう自己満足。それだけ」


 そう、それだけだった。

 期待と言っても大した期待を持っていたわけじゃない。

 だれにも試合を観に行くことを告げなかったのも、自分のこの惨めな気持ちを知られたくなかったからだ。


 澪はじっと陽葵の独白を聞いていたが、最後に「陽葵も陽葵で大変だったんだね」とやさしく言葉をかける。

 ごめんね、全然気づかなくて。自分のことだけでいっぱいいっぱいになってた。澪はそんな言葉さえ口にしてくれる。


 澪が天使と呼ばれたりするのも、あながち間違いではないと思った。


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