第7話 【現在】1on1
後ろから「
陽葵は声のした方向を振り向いて、声の主を確認する。
デートの場に現れたのは
*****
今日澪が来るだろうことは、ある程度予想してはいた。
デートスポットっぽい場所を期待してなかったと言えば嘘になる。映画館とか、水族館とか、遊園地とか、そうでなければ公園でもカフェでも近くにないかと、Googleマップを調べた。その結果分かったのは、純粋にデートをするだけだったなら、わざわざこの場所を指定する必要はないということだった。
「車いすバスケって、練習できる場所が多くないんだってね」
電動車いすの隣を歩きながら、陽葵は声をかける。
ジョイスティックのレバーを操作して移動する車いすは、陽葵の歩行スピードに合わせて滑らかに進んでいる。電動のモーター音は想像していたよりもずっと静かで、ごく近くでも気づかなかったほどだ。
「車いすでプレーすると床が傷つくからって理由で、断られちゃうとこが多いんだよね。今はタイヤの跡が残らないようにとか、メーカーさんも工夫してくれてるんだけどね」
陽葵は澪に連れられて、総合福祉センターの体育館に案内される。ここのコートを定期的に借りて車いすバスケの練習をしているそうだ。
「漣は一緒じゃないの?」
「ううん、今日はいないよ。時間あるときは漣ちゃんも来てくれるんだけどね、今日はほかの用事があるんだってさ」
「漣ちゃんって、ちゃん付けで呼んでるの?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「あ、いや、なんでもない」
澪はごく自然に漣の名前を出す。付き合ってもう3年になるのだから、それも当然か。漣の話題を出すだけでソワソワしていたあのころの澪はもういなかった。
*****
競技用車いすには駐車ブレーキがないので、陽葵が動かないようにそれを支え、その間に澪が生活用車いすから競技用車いすへと乗り換える。手伝ってくれる人がいないときは競技用車いすを壁側に寄せて固定し乗り換えるそうだ。
通常の車いすと比べると、競技用の車いすは車輪の部分がハの字型になっていて、旋回しやすいようになっており、車いす同士の接触にも備えてバンパーが取り付けられている。逆に転倒防止用のキャスターが前後についているから、段差のある場所を進むのには向かない。
「久しぶりに
澪は向日葵色のシュシュで髪をキュッとまとめる。
笑顔には屈託がない。高校時代とおんなじように、澪は陽葵を
「車いすって乗ったことないけど」
「いいよ、車いすじゃなくて」
「できるの? 車いすと立ったままの選手で
「やってみたら、なんとかなるんじゃない?」
「バッシュも持ってきてないし」
「それは大丈夫。私の貸したげるから。昔とサイズ変わってないよね?」
澪と陽葵はたまたまバスケットボールシューズのサイズが同じだった。陽葵は澪のシューズを借りてフロアに立つ。
「こっちの半面、ちょっと借りていいですか」
「なんだ、人つれてくるって言ってたから、てっきりカレシかと思ったのに」
「高校時代のチームメイトです」
「いいね~。青春の匂いがする」
澪はほかの車いすバスケの人に声をかけて、
一言で言ってしまえば、人望ってやつか。
高校時代の澪もそうだった。バスケの実力もあったとはいえ、容姿のかわいさから変に注目を集めるようなところがあったから、やっかみを受けてもおかしくはなかったのに、澪はチームメイトから信頼され、慕われていた。
人柄の差だろうか。
「いくよっ」
澪の合図とともにゲームがスタートする。
先攻は澪のドリブル。正面に構える陽葵の右を車いすが疾駆する。
このスピード感――間近に対峙するからか、観客席から見たときとは体感が違う。陽葵は一瞬反応が遅れるが、しかし完全に抜かれたわけではない。クロスステップで追いつき、シュートブロックに向かった。
が、その瞬間――
澪は腰の動きも駆使して車いすの進行方向をズラす。陽葵が「あ」と思うのも束の間、澪の車いすは片輪が一瞬浮いて、澪の手からボールが放たれていた。
ティルティングからのフックシュート。
それでも普通のバスケのシュートに比べれば弾道は低いはずなのに。なのにボールに手は届かなかった。
ガゴンッ
澪の打ったシュートはリングにはじかれていた。リバウンドするボールを陽葵は手中に収める。
「あー、先手必勝、フイをつく作戦だったのになぁ」
正直完全に決められたと思った。澪の動きは陽葵の予測を上回っていた。
陽葵はドリブルでスリーポイントラインの外にボールを運んでから、澪を向き合う。
今度は陽葵がオフェンス、澪がディフェンスの番。
さっきは予測以上の速度に後れを取ってしまったとはいえ、真っ向からスピード勝負を挑んだらこちらが勝てるはずだ。
「こうやって
あの日――澪が事故に遭う前日のことだ。
もう3年以上が経つ。東海大会が終わって部活を引退してから陽葵はボールに触っていないから、ブランクもそれだけあるということだ。
「懐かしいよね。あのころは毎日のように付き合ってもらっててさ。左のフックとかも、陽葵に練習相手になってもらってたよね」
今の澪相手なら、たとえドリブルで突破できなくても高低差を利用できるはずだ。陽葵も高さのある選手ではないけれど、座っている相手とは比べるべくもない。澪のブロックの上からシュートを放てるだろう。
陽葵はドリブルで進むフェイントを入れてから、シュートモーションへと移行しようとした。
だがそれは澪にバッチリと読まれていた。陽葵のモーションの隙をついて、澪はボールをピックする。こぼれたボールは陽葵の裏に弾んでいった。
「ちょっと感覚ニブってる?」
「ちょっとどころか、だいぶニブってるっぽいわ」
陽葵はボールを拾いに行って、澪へとパスする。アウト・オブ・バウンズの場合は、ディフェンスが出した場合でも攻守交代するのが陽葵たちの間ではルールだった。だから今回は澪のオフェンスにチェンジする。
「この前の試合、観に来てくれてたんだよね?」
「うん」
「初めてだよね」
「ごめん」
「なんで謝るのよ?」
澪はちょくちょく連絡をくれていた。試合を観に来ないか誘われたこともあった。それを何かにつけて断っていたのは陽葵のほうだ。遠慮しつづけるうち、いつしか連絡の頻度も減っていったのだった。
「気を遣って会わないようにしてくれてるんだと思ってたよ」
車いすで進んでくる相手を前にすると迫力がある。じっさい車いすバスケの試合では、車いす同士の接触・衝突が起き、転倒することも珍しくない。
澪がラフプレイを狙っているわけではないことくらい理解しているが、それでも目の前でディフェンスをしていると、知らず知らずのうちに腰が引けてしまう。
そして3年のブランクは思っていた以上に尾を引いている。身体がイメージより重くて、思うようなプレイができない。
澪が打ったシュートは、今度こそリングの中をくぐり抜けた。
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