第5話 【現在】出場

 名古屋バイブスの選手交代がアナウンスされ、10番と18番の選手が下がる。代わって出てきた選手の1人が澪だった。

 心なしか、みおの背番号を告げるアナウンスにも力がこもって感じる。


「おっしゃ、キター!」

「おい、佐藤澪だ、佐藤澪が出るぞっ」

「ミオミオ~~~、ファイト~~~」


 出場するだけで、観客席のあちこちから声が漏れ聞こえてくる。「ミオミオ」というのはSNS上で付けられた澪の愛称らしい。高校時代、そんなふうに澪の名前を呼ぶやつはいなかったのだけれども。


「ミオミオ、まじ天使エンジェルよな」

「こっち向いてくんないかな~」


 フルネームで「佐藤澪」と呼び捨てにする人もいれば、「ミオミオ」と親しみを込めて呼ぶ人もいた。

 SNS上で評判になっていたのは知っていたが、いざ見聞きすると、この盛り上がりにはちょっと辟易する。3年前は高校の部活だったし、ちょっと話題になったという程度で、ここまでのものではなかった。

 それがここ最近は「アイドル選手」さながら。「キュートすぎる~」みたいな枕詞は健在だし、プレー中に見せる笑顔は「天使エンジェルスマイル」なんて呼ばれてたりする。

 3年前の事故すら、ファンの間では挫折を乗り越えた感動の物語、美談として消費されている。

 ……っていうかこいつら、澪にカレシがいるって知ってて騒いでんのか?


 澪が入って試合が再開。シュートに至らぬプレーでも、さっきまでより歓声が増している気がする。いや、じっさい選手交代で攻めのバリエーションやテンポが変化して、展開が面白くなっている。


「……にしても、車いすバスケが男女混合競技だなんて知らなかったな」


 混合競技という表現は正確ではないかもしれない。目下コート内に出ている選手の中で、女性は両チーム含めてただ一人、澪のみ。紅一点というやつだ。

 男子に混じって女子がプレーしていると言ったほうが正しい。バスケ部時代も澪は決して大柄なプレイヤーではなかったが、こうして見ると一層華奢きゃしゃに感じる。


「何年か前から、女子選手も出場が認められるようになったんだよ。もともと女子チームが少ないってのもあって、出場機会を増やす狙いもあったみたいだな」


 陽葵ひまりが漏らした感想にれんが解説してくれる。


「男子プレーヤーに混じって互角に戦えるもんなの?」

「さすがに互角ってのは難しいかもな。ただ女子選手には加算ポイントってのがつく」

「ポイント?」

「車いすバスケは、コートに出ている5人の選手のポイントの合計を14ポイント以内に収めないといけないっていうルールがある。

 ひとくちに障害って言っても、一人ひとり障害の重さが違うだろ? たとえばほら、今の2番の選手は1.0ポイントの選手で、腹筋・背筋が機能しないから体位を保つのが難しい。転倒したときは、起き上がるのに他の選手の手を借りてる。

 逆にハイポインターの選手は脚の筋力で踏ん張ることもできて、さっき6番がやったティルティングみたいなプレーもできる」


 漣は選手を指し示しながら説明する。各選手の車いすにはゼッケンが取り付けられていて、〇マークの数でポイント(持ち点)が分かるようになっている。

 いちばん障害の重いクラスだと1.0ポイント、そこから0.5ポイント刻みで、いちばん障害が軽いクラスだと4.5ポイントになる。持ち点が低い=障害が重いプレイヤーをローポインター、持ち点が高い=障害が軽いプレイヤーをハイポインターと呼ぶ。


「もしポイントのルールがなかったら、障害が軽い選手ばかりでチームを組んだほうが有利になる。けどそれじゃ障害が重い選手は試合に出られないってことになって、障害者スポーツの理念に反する」

「だから、出場中の5人の合計が14ポイント以内にっていうルールがあるわけね」

「で、最初の話に戻るけど、女子選手が出る場合はその14ポイントの上限に1.5ポイントが加算される。女子選手が出ても不利にならないように」

「なるほど、そうやってバランスを取ってるんだ」

「ちなみに、最近だと健常者でも出られるそうだよ。持ち点4.5で」

「え? 健常者が車いす乗ってプレーするってこと?」

「ああ。ま、女子選手や健常者の話はあくまで連盟のルールではって話だから、国際大会とかになるとまた違ってくるけどな」


 陽葵と漣が喋っている間にも試合は進み、時おり会場から歓声が上がる。

 陽葵にとってはドリブルひとつとっても、目新しく興味深い。ボールをつく間に車いすの車輪をこぐ。かと思えばキュっと方向転換し、車いす同士のわずかなすき間を縫って、トップスピードで敵陣に切り込んでいく。車いすでコート上を滑るように移動し、その勢いのまま放たれるシュート。

 片やパス回しも見過ごせない。相手選手が車いすを漕ごうと車輪に手をかけたその瞬間をついて、頭上を抜いていくようなパス。通常のバスケとはコースや高さの傾向が異なるのもまた陽葵には新鮮だ。

 ディフェンスは横向きあるいは後ろ向きになってプレッシャーをかける。車いすに座りながらだから、そのほうが距離を詰められるということだろうか。

 スリーポイントラインは変わらない。立って打って決めるのも易しくはないが、車いすに座りながらでもしっかり決めてくるのがスゴい。敵味方関係なく、決まると拍手と歓声が重なるのは、それが魅力的なプレーだからだ。


「ああやって、足止めするのも車いすバスケの戦術?」


 陽葵は隣の漣に尋ねる。


「ああ。バックピックって呼ばれる戦術だな」


 攻守の変わり目の際、相手選手の車いすに自分の車いすをピッタリ横付けして、進路を妨げる。その選手を足止めして、敵陣あるいは自陣コートに移動すること自体を遅らせる。


「ああやって、ローポインターの選手がハイポインターを足止めすることができれば、残りの4対4のマッチアップを有利にできる。車いすバスケだと、障害の軽いハイポインターの選手がオフェンスでもディフェンスでも活躍することが多いからな」


 漣の解説を聞きながら、陽葵は試合を眺める。

 車いすのプレーであることや、障害の重さに応じた持ち点があること、そういったことが車いすバスケならではの戦術や試合展開を生む。ボールやコート、リングは通常のバスケと同じでも、そうした違いがゲーム性の違いも生んでいる。

 それは今プレーしている澪にとっても、それまでのバスケとは違う体験をしたはずだ。女子バスケ部のエースとして活躍していたからといって、そのまま車いすバスケでも同じようにプレーできるわけではない。むしろ勝手の違いに戸惑うことは多かったのではないか。

 それでも今は、女子U25に選ばれる選手ほどの選手として活躍している。




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