第3話 【回想】入院

 転倒事故による脊椎せきつい損傷。

 最初に連絡を受けたときはヘタな言い訳だと思った。ウソをつくなら、もっとそれっぽい演技をしろとさえ感じた。遅刻をごまかすために、事故に巻き込まれたということにして、大袈裟に話を膨らませているだけだと、そんなふうに受け取った。

 そう考えてしまうくらい、ラインの文面も電話口の声のトーンもいつもと変わらなかった。


「事故に遭ったってんなら、なんでピンピンしてんだよ」

〈だよねー。私もびっくりだよー。あし動かないだけで、ほかは全然フツーなんだよね〉


 事故直後にスマホで交わした会話はアホなコントでもやってるみたいだった。


 みおに会えたのはインターハイ予選も終わって、入院中の澪をお見舞いに訪れたときだった。

 日曜日。その日は部活が午後からだったので、陽葵ひまりは空いた時間に病院を訪ねたのだった。

 四人相部屋の病室で、ほかの入院患者は中高年男性と高齢女性、残り一人分のベッドは空いていた。この空間に高校生の澪がいるというだけで、なんとなく不思議な感じがした。

 病室でもスマホの使用は許可されており、澪は下半身が動けなくなってはいたものの、ラインのやり取りはそれまでと全く変わらず続いていた。病室で澪の姿をじかに見るまで、入院しているのを半信半疑に感じていたくらいだ。


「人間ってこんなに簡単に身体が動かなくなっちゃうんだね」


 あけすけに語る澪の振る舞いは、普段と変わらない。今にもヒョイっと足を動かしてみせるんじゃないかという気さえする。


「手術のとき大変だったんだよー。麻酔かけるのに必要だからってさ、鼻からこんなチューブつっこんでさ」


 そのときの澪は、部員から憧れのまとになっている先輩の姿でも、事故を受けとめきれないでいる入院患者の姿でも、ましてや「キュートすぎる」と持ち上げられた天使の姿でもなかった。二人でいるときと何も変わらない、素のままの姿だった。


「試合負けちゃったみたいだね」

「やっぱ澪がいないとキツいよ」


 インターハイ予選決勝のことだ。澪の抜けたチームは決勝で敗退。上位2校が全国大会に出場できる男子バスケと違い、女子の出場枠は1校のみ。陽葵たちのチームはインターハイ出場を逃していた。


「なに弱気なこと言ってるの。まだ東海大会が残ってるでしょ?」

「……って言われてもね」

「私の抜けた穴は陽葵が埋めてくれればいいし」

「簡単に言わないでよ」

「陽葵ならできるよ。幸いプレイスタイル的にも似てるし、なんとかなるっしょ」


 澪の様子をうかがいに来たのに、先にチームの心配をされてしまう。人の心配より自分のことを気にすればいいのに。そういうところは澪らしいけれど。


「それより、澪の脚のほうはどうなの? リハビリとかしても動くようにならないの?」


 ラインで連絡を取ったときに脊椎損傷、完全麻痺とは聞いていたし、スマホで検索したりもしたけれど、どうしても直接聞かないではいられなかった。


「骨を折ったのとはワケが違うし。神経やられちゃってるみたいだからね。……もう二度とコートには立てないみたい」

「……」

「そんな辛気しんきくさい顔しないでよ。人生終わったわけじゃないんだからさ。命あっての物種ものだね。生きてることに感謝しなくちゃ」


 澪は何でもないことのように語っているのに、陽葵にはまるで呪いの宣告のように感じられた。


「試合出れなくなるのは残念だけどさ、でもこれでヘンな注目からも解放された気もするよ」と澪は続ける。


「最近じゃSNSでも騒がれるようになっちゃってさぁ。正直戸惑ってたんだよね」

「そうだね。誰が言ったか知らないけど、コート上の天使とか呼ばれてたもんね。まあ、勝利の女神ってのは、あながち間違ってはないけどさ」

「陽葵までそんなこと言って。チームが注目されること自体は悪いことじゃないって言い聞かせてたけど、さすがに“キュートすぎる”とかは勘弁してほしいよね。アイドルじゃないんだし」

「ま、澪はじっさいかわいいから、人気になるのもわかるけどね」

「でも、SNSなんてどこでなに書かれるか分かんないからさ、四六時中監視されるみたいなのはゴメンだよ。おかげでおちおち鼻クソもほじれやしない」

「鼻クソはほじんなよ、SNS関係なくさ」


 そんなこと言いながら笑いあうのは、いつもの調子と変わってなくて。陽葵のほうが励まされている気分になってくる。


「でもよかった。もっと落ち込んでるかもと思ってたから。わりと元気そうで」

「う~ん。まだ現実感ないだけかもね」

「そっか」

「もしつらくなったら、そのときは連絡するから、いっぱい慰めてね」


 はいはい、こうやって慰めてあげるよ、と答えながら陽葵はベッドに横たわる澪の頭を手でゆっくり撫でる。澪のさらさらとした長い髪の毛を手先に感じる。

 別れ際、澪にカバンの中の手紙を持って行ってほしいとお願いされた。

 ベッドの脇に置いてあったスポーツバッグ。入院するときに、使い馴染んだこのバッグをそばに置いておきたいと家族に頼んだらしい。

 陽葵はバッグの中からそれらしい手紙を見つけて取り出す。四つ葉のクローバーがデザインされた、空色の洋封筒。宛名には、丸みを帯びた字でれんの名前が書かれている。


「この手紙って……」

「漣くんへのラブレターだよ。次の試合で勝てたら渡してほしいってお願いしてたやつ」


 自分で渡すのは気恥ずかしいからと、陽葵のほうから渡してほしいと頼まれた手紙だ。陽葵がその手紙を預かる前に事故があったため、それどころではなくなっていたのだった。

 陽葵はうかがうように澪の顔を見つめる。


「処分は陽葵の手に任せるよ。燃やすなり埋めるなりしといて」

「いいの?」

「別に漣くんのこと諦めたってわけじゃないよ? その手紙はほら、この前の試合で勝った前提で書かれてるからさ。漣くんにはまた別のタイミングで、ちゃんと告白するつもり」

「そっか」

「うん」


 陽葵は澪の手紙をいったん自分のカバンにしまう。

 それからいくつか会話(入院中の出来事とか、退院の予定とか、学校や部活の様子とか)を交わした後、陽葵は病室を後にした。

 陽葵が退室するとき、澪はカーテンを閉めておいてほしいと声をかけた。そのほうが落ち着くんだよね、とだけ澪は理由を説明した。

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