第2話 【回想】3年前
そのころから注目されがちな選手ではあった。「今年はインターハイ出場もイケるかも」って話しながら、チームは順調に勝ち進んでいた。そのチームのエースとして中心的存在だったのが澪だった。
バスケ選手としての実力もさることながら、澪が話題になっていたもうひとつの要因は、そのルックスにあった。誰が言い始めたのか、SNS上では「キュートすぎるプレイヤー」「コート上に舞い降りた天使」なんて騒がれた。特に人気だったのが、シュートを決めた直後の弾けるようなスマイル。試合中のプレーの一部を切り取った動画がいくつか拡散され、ちょっとした話題になっていた。
バスケ選手としては小柄なほうだが、そのアジリティやボールコントロールテクニックの高さには目を
「髪、短くしたほうが楽じゃない?」
ショートボブだった陽葵は澪にそう尋ねたことがあった。
澪は髪を伸ばしていて、試合のたびにその長い髪の毛をまとめていた。練習中はポニーテールが多かったけれど、より激しい動きをする試合のときは大抵お団子ヘアにしていた。その髪型もヤジウマ連中には好評だったのだが、試合前はプレー中にほどけないように入念に髪をまとめていた。
ハンドリング技術は高いのに、手先はそれほど器用というわけじゃない。準備に毎回それだけ時間をかけるなら、思い切ってショートヘアにしたほうが楽じゃないかと陽葵は尋ねたのだ。
しかし澪は一言、
「髪、長いほうがタイプらしいんだよね」
と答えるだけだった。
澪の意中の人物こそ、陽葵の幼なじみでもある
陽葵は漣とは小学校以来の付き合いで、ともにバスケをやるようになったこともあり、気心の知れた間柄だった。昔は背も陽葵より小さくてヒョロっとしたやつだったのに、高校に入るころには体つきもがっしりしてきて、男子バスケ部ではセンターを張るようになっていた。
澪の気持ちを知ったのはいつだっただろうか。正確には憶えていない。部活の合宿かなにかの折りに、夜の恋バナ談義の場で聞いたのが最初だった気がする。
その漣が発言したらしい「長い髪の子が好き」という言葉を真に受けて、澪は長髪を貫いていたのだった。
*****
6月、県大会すなわちインターハイ予選の準決勝・決勝を週末に控えたある日。
部活の練習終わりに陽葵と澪は軽く
その日の1on1は3本勝負。陽葵が先に1本決めて、そのあと澪が1本取り返したところ。陽葵がボールを持ち、澪がディフェンスするなかで、陽葵は何でもないことのようにぼそっと告げた。
「そういえば今度の試合、漣も観に来てくれるらしいよ」
その直後、澪が「え」と黄色い声を漏らし、一瞬気の緩んだそのスキをつく。右脇から澪を一気に抜いて、陽葵はレイアップで得点を決めた。
「ちょっとー、いまのズルくない?」
「これまでだって雑談しながら勝負してたじゃん」
「でも、漣くんの話題は反則だよぅ」
ぶつぶつ言いながらも、その日の勝負は陽葵の勝ち。澪にコーラをおごってもらうことになった。
「っていうか、さっきの話マジなの?」
「漣が試合観に来るって話? そうだよ、マジだよ」
「うわっ、ヤバい。どうしよう。緊張するな~」
漣には陽葵のほうから声をかけてはいた。ただ、試合日程の関係から実現はしていなかった。今回漣が観に来れることになったのは、男子バスケ部のほうは決勝リーグ前に残念ながら敗退してしまったためでもあった。
澪は漣が自分たちの試合を観戦すると聞いて、急にそわそわしている。
「インハイ出場が懸かってることより、漣が観に来るかどうかのほうが緊張すんの?」
「そうじゃなくて……。いや、それもあるけど、そうじゃないっていうか」
勝利の女神も、恋バナするときは初心な女の子だ。
「漣くんのことは、いつか試合観に来てって誘おうと思ってたんだよ。試合勝ち進んで、で、注目を集めるような大きな試合のときに、応援しに来てって、言おうと思ってたから」
「大きな試合のときに?」
「うん。……だってそういう試合でもなきゃ、誘うのおかしくない? 大事な試合だからって理由でもなかったら、言い出しにくいじゃん」
「そう? フツーに誘えばいいと思うけど」
「出たっ、幼なじみ発言!」
「なにそれ。……っていうか、大事な試合ってことなら、インハイ出場がかかってるんだからすっごい大事な試合だと思うけど、漣のこと誘うつもりだったの?」
澪はプイっとそっぽを向く。どうやらまだ澪のほうから誘ったことはなかったようだ。
「とにかくっ。そういうのをささやかな夢にしてたんだよ。それがこんなすぐ叶っちゃうなんて、思ってなかったし」
澪が想像以上に動揺したのには、そんなウラがあったようだ。
「いい機会だし、告っちゃえば」
そう言っただけで澪の頬はりんご色になる。わかりやすい。漣本人にバレてないのが不思議なくらいだ。
「ヒーローインタビューのときに、思い切って言っちゃえばいいんじゃない? 『漣くんのことが好きでーす』って」
「もーっ、陽葵、面白がってるでしょ」
「だって面白いもん」
試合じゃあんなにスゴいのに恋愛はたどたどしい澪のギャップを、陽葵は存分に楽しんでいた。面白がるのも半分だが、残りの半分はちゃんと応援する気持ちもあったのだから許してほしい。澪と漣がうまく行けばいいとは思っていた。
*****
そして県大会決勝の前日。
その日の夜はライン通話でも喋ることになった。澪のほうから陽葵のもとにラインがかかってきた。「いい機会だし、告っちゃえば」と気軽に飛ばした発言を、澪は気にしていたようだ。直接告白するのはハードルが高いから、手紙を書いて渡すことにしたらしい。
いわゆるラブレターってやつだ。
「へえ、いいんじゃない? あいつ、ラブレターとかもらったことないと思うから、ぜったい喜んでくれるよ」
まして恋文の差出人が澪というならなおさらだ。かわいい顔立ちの澪は男子からの人気も高いし、最近はSNSでの拡散もあり、学校外にもファンが増えている。
〈それで、相談なんだけどさ……〉
電話口の澪はそう切り出す。
「なに、どうしたの?」
〈次の試合でももし勝てたら、陽葵のほうからこの手紙を漣くんに渡してほしい〉
勇気を絞り出すような声だった。
「私が渡すの?」
〈ダメ……かな?〉
「いや、ダメではないけど……。せっかくなら、自分で渡したほうがいいんじゃないの?」
〈ねえ、陽葵。なんで私が手紙って手段を選んだと思う? 直接伝えられるなら、こういうこと頼んだりしないよ〉
「ごめんごめん。いいよ。手紙渡せばいいんだよね」
〈うん。お願い。次の試合勝ったら渡してほしい〉
「負けたときはいいの?」
〈うん〉
「なんで?」
〈負けてから告白するんじゃ、まるで慰めてほしいみたいになっちゃうじゃん。私、そんな弱い女じゃないし〉
「そっか」
〈勝って、告白もする。そのほうがかっこいいじゃん。試合も気合い出るし〉
打って変わって、頼りがいある声になる。じっさい澪は、試合になるとギアが変わる。ちょっと抜けたところもある普段とは比べ物にならない。こういうときの澪はほんとうに頼りになる。
「澪」
〈なに?〉
「インターハイ、ぜったい出場決めようね」
陽葵がそう告げると、澪は一拍おいて、〈モチ〉と力強く答えた。
それは力強い声だった。こう言ってもよいのなら、負ける気がしなかった。澪が一緒なら、負けるイメージが湧かなかった。このときの陽葵は、そしておそらく澪のほうも、強くそう感じていた。
けれども……。
澪が自らの脚でコートに立つことは、もう二度と訪れないのだった。
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