彼と彼女と車いすバスケ
白早夜船
第1話 【現在】車いすバスケの試合
車いすバスケの試合なんてそんなに人も入らないだろうと高をくくっていたから、思っていたより観客が多くて驚いた。まだ1回戦、それも平日だというのに、座席の過半が埋まっている。それともこれも、SNSで話題になった効果だろうか。
市民総合体育館のメインアリーナ。眼前では静岡スポーツクラブと名古屋バイブスの試合が繰り広げられている。
「何あのプレー。すごっ」
車いすバスケを間近でみるのは初めてだ。とはいえ、中学高校と女子バスケ部に所属し、高校時代のチームはインターハイ一歩手前まで勝ち進んだ。普通のバスケの試合だったら、レベルの高いプレーは何度も目にしたことがある。だから障害者スポーツとして行われる車いすバスケの試合に、こんなに驚くことになるとは思っていなかった。
「すげーよな、ティルティングって」
陽葵が座っている席の背後から、語りかける声が聞こえた。その落ち着いた低い声には聞き覚えがあった。陽葵が振り返って確認すると、そこには
漣は陽葵に「よっ」と軽く挨拶すると、空いていた隣の席に腰を下ろす。
「ティルティングって? さっきのやつ?」
「ああ。ああやって片輪を浮かせて、打点を高くするんだ。俺も最初見たときはビビったな。車いすでこんなプレーができるんだなって」
車輪同士がぶつかり合うプレーも、急旋回するかのようなドリブルも、車いすの低い位置からでも吸い込まれていく3ポイントシュートも、どれも陽葵の想像を上回っていた。
ビハインドパスからのレイアップが決まったときには、敵味方関係なく、会場から歓声がどっと沸く。
そんなムードを断ち切りたいか、リードされてる名古屋バイブスはタイムアウトを要求した。車いすバスケはコートの広さもゴールの長さも試合時間も、通常のバスケと同じ。タイムアウトは1分間だ。
試合が中断したすきに、陽葵は漣に話しかける。
「よく私を見つけられたね」
陽葵はあえて地味な帽子をかぶり、
「たまたま外に出てたんだ。そしたら陽葵っぽい雰囲気の人が入っていくのを見かけてな」
「私、そんな独特なオーラでも出てる? 2年近く会ってないのに、変装っぽいことまでしてきたのに、よく私だって分かったね」
「分かるさ。なんせ、俺の初恋の相手だからな」
漣の一言に、陽葵は心臓がキュッとなるのを感じる。しかしすぐに心を落ち着かせ、悪態をつくようにして言い返す。
「うわっ。そんなキザなこと言うようになったんだ?」
「こういうキザなことを言うやつは嫌いか?」
「……キライだね」
そこで会話は一旦途切れ、試合再開のブザーが鳴る。陽葵はアリーナで繰り広げられている車いすバスケの試合に意識を集中した。
陽葵が今日試合を観戦しに来たのは、高校時代のチームメイト・
しかし試合を見に来るのは初めてだ。高校卒業以来、連絡もほぼ取っていない。今日澪が出場するかもしれない試合があることも、SNSでたまたま目にして知っただけだった。
その澪はというと、今のところベンチにいるままで、今日はまだコートに立っていない(「立っていない」の表現はおかしいか。車いすのプレイヤーなのだから)。
「まだ出てないの、佐藤澪」
「まだっぽいよー」
斜め後ろの席から会話が耳に入ってくる。この会場にいる人のどれくらいが澪目当てでやってきたのだろうか。
その注目度の高さが、純粋にプレイヤーとしての彼女に関心であることを願いたい。
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