第1章 02

翌朝。ジャスパーに向かって死然雲海の中を飛んでいるカルセドニー。

カルロスと護は船内の掃除をしている。護はトイレ掃除、カルロスはモップで床掃除。

そこへ天井に備え付けられた船内放送用スピーカーからピピーという音が鳴ると、『船長です。妖精がどっか行ったので至急連れて来て下さい。』という駿河の声。

カルロスはモップで床を拭きつつブリッジ前の搭乗デッキへ向かう。搭乗口の方を見ると、ドアの前に妖精がチョコンと鎮座していてカルロスに目で何かを訴える。

妖精「(・・)/」

カルロスは「…わかった。」と呟くとブリッジの中に入り、駿河に「妖精が降りたいと言ってる。」

駿河「そんな気がした。了解。速度落とします。…カルさんインカム着けて。」

カルロスはポケットから小型のインカムを取り出すと耳に装着する。その間にカルセドニーは速度を落としてやや降下する。

駿河「開けていいよ。」

カルロスが搭乗口のドアを開けると妖精は耳を振ってカルロスに『バイバイ』をすると、ぽーんと船から飛び降りる。それを見送ってドアを閉めるとブリッジの駿河に「ドア閉めた。…このまま直進。」

駿河「はい。」

カルロス、ついでにそのままブリッジ内の床をモップで拭きつつ「ちなみに昼飯はおにぎりと漬物らしい。」

駿河「そんな気がした。」

カルロスはブリッジを出ると貨物室の方へ。

すると護が「カルさんモップ貸して」

カルロス「俺の掃除は終わったから片付けといて」とモップを渡す。

護「ほい」とモップを受け取る。

カルロスは貨物室に入り、すぐ左側にある小さな物置の中の小さな手洗い場で手を洗う。タオルで手を拭きつつ「船長、やや2時の方向へ」

耳につけたインカムから『了解。』と駿河の声。

カルロス「いや2時じゃない。私が進行方向と逆だった。」と言いクルリと船首側を向くと「…いや2時でいいんだ。さて探知しながら昼飯を作るかー!」と言いつつ、うーんと伸びをする。

駿河『ナビ間違わないで下さいね。』

カルロス「多分大丈夫。」と言いながら物置を出る。



一方その頃、ジャスパーの採掘船本部では。

駐機場で待機中の黒船の採掘準備室にメンバー一同が集い、不安げな表情で誰かを待っている。

副長のネイビーが腕時計を見て「船長達、遅いわね…。大丈夫なのかな。」と言うと「上総君、船長どうなってる?」

上総は探知をかけつつ「ずっと探知してるけど、まだ…。」

ネイビー「事務所で止まったまま、か…。」

静流、溜息をついて「今日は管理に何を言われてるんでしょうね…。」

レンブラント「どうせ下らない事だろ。毎日これじゃ、船長の精神が持たねぇぞ。」と溜息をつく。

昴がボソッと「ぶっちゃけイジメ。」

レンブラント「言うな…。」

上総がハッとして「あっ、動いた!走ってる!」

ネイビー「やっと動いたか!」


暫く一同が待っていると、総司がタラップを駆け上がって来る。続いて総司の小ぶりなスーツケースを右手に持ち、自分の大きなバッグを左肩に掛けたジェッソも駆け上がって来る。

総司は荒い息をしつつ「おはよう皆さん。すまん、また遅れました。」と言いつつジェッソから自分の荷物を受け取る。

ネイビー、心配げに「大丈夫?」

総司は暗い顔で「いつもの事ですから。」と言い一同を見ると「…全員いるよね、とっとと出航します。運航クルーは持ち場へ、採掘メンバーはここで監督とミーティング!」と言い階段室の方へ走ろうとした時。

上総が「船長、今出るとカルセドニーとすれ違います!」

思わずビクッとして立ち止まった総司は不安げな顔で上総を見て「…何分後に…まぁいい。いいよ別に。」と視線を落とすと再び階段室へ走り出す。ネイビーや上総も後を追って走って行く。

レンブラント、ジェッソに「今日も管理さん、ご機嫌ナナメ?」

ジェッソ、溜息交じりに「…いつものブラックな愚痴だな。」

レンブラント、腕組みして「何とかならないのかなぁ。」と溜息をつく。

メリッサ「気にしなきゃいいのよ。相手にすれば更に吠えられるし。」

ジェッソ「それはそうなんだが…。」と言うと「…さて。とにかく今日もカルセドニーが採掘場に来る前に、急いで採って、撤収だ。」

するとレンブラントが「あんまりカルセドニー気にしなくても…。」

ジェッソ「近況聞かれたりすると答えにくい…、船長が。」

レンブラント「んー…。」不服そうな顔。

ジェッソはレンブラントの右肩をポンと叩いて「…まぁ船長が嫌がってるから、分かってやれ…。」

レンブラント、渋々と「りょーかい。」


駐機場から飛び立つ黒船。上空に上がると、右斜め前方の空に小さな白い船影が見える。徐々に大きくなるその船影から離れるように進路を取りつつ黒船は前進し、やがて2隻は相当な距離を置いてすれ違う。


黒船のブリッジではネイビーが操縦席で操船しつつ「一応なるだけ離れた航路とってみました。意味あるか分かんないけど。どうですか、船長。」

船長席でレーダーを見ていた総司は「うん。ありがとう。」と言うと、やや言い難そうに「…別に気にする事でも無いんだが、…通信とか来ると困るので。」

ネイビー「まぁねぇ。」それから操縦席の横に立つ上総を見て「さて探知君、出番よ。」

上総「名前が探知君になった…。イェソド方面、このまま前進です。」

ネイビー「ありがと。」

総司、ポツリと「…単に管理がウザイってだけなんだが、カルセドニーに心配とか気を遣わせたくないんで。」

ネイビー「しかし管理って相当ヒマなのねぇ。毎日何だかんだ言って来る。」

総司「…だな。」と言いつつ管理達に言われた言葉が脳裏にフラッシュバックする。


『…あんまり我々を困らせないでくれよ、君のせいでこっちは大変なんだ。』


総司(…俺も、あんたらのせいで大変なんだが…。)


『黒船のメンバー達も大変だな、こんな船長に我慢して付き合うのは…。』

『他船の船長達も心配していたよ。何か事故でも起こすのではと。』


総司(…他船ってどこの船だ…。…俺はそんなに信用の無い船長なのか…。…でも。)

脳裏に、以前イェソドから戻って管理と通信した時の、駿河の叫びが鮮やかに蘇る。

船長席から気迫の籠った声で


『総司。…頑張れ!』


その力強い声を思い出しつつ密かに俯き歯を食い縛り、(頑張るさ。…負けるものか…!)




少し後、カルセドニーは採掘船本部の鉱石集積所に接近する。

船内のキッチンのコンロに掛けた鍋で、真剣な顔で味噌汁を作っていたカルロスは、鍋にスプーンで味噌を溶き入れつつふと何かに気づき「…おっと、気づいたら黒船とすれ違ってた。」

インカムのスピーカーから駿河の返答『レーダーで見えてる。』

カルロス「あ。ここ航空管理の管理区域内だったな。味噌汁作ってて忘れてた。私のナビは要らんじゃないか!」

駿河『まぁまぁ。』

カルロスはスプーンで味噌汁の味見をして「調理に集中してると、探知が甘くなるな。」

駿河『ウチの船、どうしても揺れるから…。黒船レベルの船だと殆ど揺れないけど。』と言って『…黒船の皆、元気かなぁ。最近殆ど通信もしないし…何事も無いから音沙汰無いんだろうけど。』

カルロス「うーん…。」

駿河『…何か?』

カルロス「若干、味噌汁の味が薄い。」

駿河『そっちかい…。』


鉱石集積所の前に着陸したカルセドニーは、船体側面の貨物室の扉を開け、護が慌ただしくタラップと台車を降ろすとコンテナを台車に積み替え、台車を指定の場所に押し運んでそれを降ろす。何度かそれを繰り返して積み荷を全て降ろすと、降ろしたコンテナ全体にブルーシートを被せ、それに『カルセドニー』と印刷された極太の頑丈なバンドを巻き付けて留める。バンドの留め具には小さなデジタル表示の時計とカードが付いていて、護がカードを抜くとデジタル時計に現在時刻が固定される。

護は台車を押してすぐ脇の小部屋に入ると薄く畳まれた空のコンテナを台車に積み、その台車を押してカルセドニーの貨物室に入り、畳んだコンテナを降ろす。再び小部屋へ行き畳んだコンテナを船の貨物室に搬入する作業を繰り返すと、タラップを上げ、貨物室の扉を閉める。

それからキッチンフロアへの通路に続く貨物室の出入り口付近でスマホをいじりながら護の作業を見守っていた駿河に、留め具から抜いたカードを渡して「作業完了!次はマルクト石!」と駿河に向かって敬礼する。

駿河はスマホをいじりつつ「ちょい待って。ブログの更新、もう少しで終わる。」

護「昨日の俺の写真、載せたの?」

駿河「あれは載せてない。」と言うと「ジャスパーのネットがイェソドまで繋がったら便利なんだけどなぁ。」

護「断絶してるからしゃーない。」

駿河「頑張ってターさんの家まで電波ぶっ飛ばしてくれませんかね…それが出来たらカルさんのナビが要らなくなるし。」

護「探知人工種の仕事が!」

駿河「石茶屋やればいい。…よし更新、終わり。マルクトに行きます。」と言ってブリッジへ通路を歩き出す。

護も歩きつつ「何を載せたの、今日は。」

駿河「玄関でお食事中の妖精を載せた。」


カルセドニーはマルクトへ向かって飛び立つ。

積み荷を降ろしてほぼ空っぽになった貨物室では、護が昼食の準備を始める。部屋の中央に1畳ほどのシートを敷き、その上に小さな正方形の折り畳みテーブルを置いて両側にクッションを一つずつ置く。そこへカルロスがおにぎり数個と漬物の乗った皿を持ってくるとテーブルの上に置いて貨物室から出ていく。早速クッションに座っておにぎりを一つ手に取りパクリと食べる護。少しするとカルロスが味噌汁の入ったマグカップとスプーンを2つずつ持ってくるとテーブルに置き、自分もクッションに座って味噌汁を飲む。

カルロス「…食後の石茶は何にするかなぁ。」

護「この間見つけた美味い石は?」

カルロス「あれはちょっと勿体ない。」と言うと「…美味い石を採掘したいなぁ。」

護「だからアンタ、石茶屋やろうよって。」

カルロス、おにぎりを一口食べると「うーん。」と唸り「…最近、探知がヒマで。」

護「航路のナビだけだもんねぇ。」

カルロス「しかも同じルートばっかり。まぁ最短ルートだからしょうがないが、昔はイェソド鉱石の探知したり何だかんだと探知するもんがあったのに…。」

護「だから早くお金貯めて雲海採掘に行こうよ!色んな石を採りたい。」

カルロス「雲海と言えば、大死然採掘。…そろそろエントリー期間になるって言ってたな。」

護「んー…。でもな…。」と溜息をつく。

カルロス「なんだ。」

護「…まぁ今はさ、お金を稼がなきゃならん時期だから。」と言い味噌汁を飲む。

カルロス「大死然採掘でも稼げるんでは…」

護「…でも。」と言って「…まぁ、そのうち。」と微笑む。

カルロス「とは言え…。」と言って言葉を切ると「…なんか気になる。」

護「何が?」

カルロス「また管理の船が後ろに付いて来てるんで、いつ離れるのかと。…最近よく来るな。そのうち『マルクト石採るな』と言われたりして。」

護「ちゃんと土地の所有者に許可もらって採掘してんのに?」

カルロス「あいつら自分に都合のいい解釈するから。」

護「とっととマルクト石を採ってイェソド戻ろう!」

カルロス「その前にだ。…食後の石茶はどの石を使うか。」

護「そっちかい…。」

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