第2章 01

所変わって、とある『内地ないち』の山麓の拓けた場所に着陸している採掘船レッドコーラル。通常、航空船が空を飛ぶには全ての航空船の位置を把握する航空管理の『管理波』が必要で、それが有る区域を航空管理区域内、略して『内地』、それが無い区域を『外地がいち』と言う。人工種が着けている『タグリング』も、この管理波を利用して人工種を管理する為、航空管理は人工種管理と結託した同類的存在にもなっている。



レッドの船内食堂の配膳カウンターの前で、小柄な青年が調理師の女性に若干お小言を言われている。

調理師の女性は困ったような顔で「ねぇ輪太りんた君、食べないと大きくならないよ?」

輪太は不安げな顔で、おずおずと「…でも、僕、あんまり食べなくても大丈夫なんです。」

調理師の女性「だってお腹空くでしょ。知ってるわよ、隠れてお菓子食べてるの。」

輪太「で、でも、その位で満足なんです。」

調理師の女性「栄養的にあんまり良くない。」

そこへ背後から「おっ。輪太、今日も早いなぁ。」という声。

輪太はパッと明るい顔になり声の方向を見て「春日さん!」と言うと「早く来ないと、皆が来ちゃうから。」

春日は配膳カウンターの横に置いてあるトレーとお茶のカップを取りながら「今日はどこで食べるんだ?」

輪太「…皆がいないとこ。」

そこへ調理師の女性が「春日さん、この子、また食欲無いって…。」と輪太を指差す。

輪太は調理師の女性に必死に「フェンネルさんの心配はありがたいんですが、僕は大丈夫なので…。」

春日「食いたくないのを無理に食わせてもしゃーない。」

フェンネル「でも倒れたりしたら」

春日「何とかなるって。」

フェンネル、春日に言い聞かせるように「…あの、人工種は人間と違ってですね。」

春日「あー、倒れるとマズイとか聞いたけど、とりあえずここで揉めてると他の奴が来て『邪魔だーどけー』みたいな事になるから勘弁してあげて?」とフェンネルに微笑む。

フェンネル「でも食べさせないと調理師の私が」

その言葉に春日は一瞬「え。」と驚いて「誰に責められんの?」

フェンネル、若干言い難そうに小声で「…管理に…。」

春日「あらまぁ。じゃあその時には俺がフェンネルさんを庇ってあげよう。…って事で、輪太君、ご飯どうするの?」

輪太「茶碗に半分のご飯と、味噌汁だけ下さい…。」

フェンネル「半分って…。」と言いつつ渋々と茶碗にご飯を盛って「この位?」と輪太に見せる。

輪太「はい。」ご飯の茶碗を受け取って自分のトレーの上に置く。それから味噌汁の入ったスープカップを受け取ると、少し行った所に置いてあるラップの箱を取って味噌汁が零れないようにスープカップにラップを掛け、トレーを持って食堂から出て行く。と同時に入れ違いに大柄な男が食堂に入って来る。

配膳カウンターでフェンネルから野菜炒めの皿を受け取った春日は男に気づき「あ、採掘監督。お疲れ様です。」

不機嫌そうな顔の採掘監督は春日を無視してトレーとお茶のカップを取ると、ポットのお茶をカップに注ぎ始める。

そこへ数人の採掘メンバー達がワラワラと食堂に入って来る。

春日は食堂に2つある4人掛けテーブルの、カウンターに近い方のテーブルの端に座って昼食を取り始める。少しすると、春日と対角の席に採掘監督が座り、春日を無視して黙々と昼食を食べ始める。その他のメンバーは皆、カウンターから遠い方のテーブルに着くが、座れなかったメンバーは仕方なさそうに昼食のトレーを持って食堂から出て行く。

…片方のテーブルでは春日と監督が黙々と食事をし、片方のテーブルでは採掘メンバー4人がヒソヒソ声で会話をしながら食事を続ける。


輪太は誰もいない階段室の一番下で、階段の一段目に腰掛けて、よく噛みながらゆっくり食事を済ませると、腰のポーチからスマホを取り出す。暫くの間、楽し気にスマホを見ていると、上から「今日はここか。」という声がして、春日が階段を降りて来る。

春日は輪太の左隣に立つと「何を見てるのかなー。いつものブログかな?」

輪太「はい、『カルセドニーの記録』です!…今日も更新されてました。ほらこれ!」とスマホの画面を春日に見せる。

春日は画面を覗き込んで「んん?」と怪訝そうな顔になると「メシを食ってる妖精…?」

輪太「妖精さんは、イェソド鉱石がご飯らしいです。」

春日「…へー…。可愛い顔してよっぽど強靭なアゴしてるのね…。」と言って「しかしこれを撮ってる人、人間だよな? 大丈夫なのかね、鉱石に対してこんな至近距離で…そもそも玄関に鉱石が…。」

輪太「なんか中和石っていう石を持ってるから大丈夫みたいです。」と言って溜息をついて「いいなぁ…。」

春日「何が?」

輪太「…妖精さん。」と言いつつ再びスマホの画面を見る。

春日「可愛いよな。」

輪太「いいなぁ…。」

春日「だから、何が?」

輪太「…妖精さんが。」

春日「つまり妖精さんに会いたいと」と言いかけた途端に

輪太「違うんです!」と春日を見て「僕は別に、船長を困らせたいなんて思ってないです!ただ、ブログ見てると、駿河さんがとっても楽しそうだから、いいなって思っただけなんです。」と言って俯く。

春日「…じゃあ、輪太君も楽しい事をしよう。」

輪太「う、…うん。僕は、船長が喜んでくれたら楽しいです。」

春日「…そっか。」

その時、天井のスピーカーからピピーという警告音が鳴ると同時に船内に放送が響き渡る。

『船長です。今から船が動きますので皆さん注意して下さい。午後の採掘予定場所は急遽変更になりました。次の現場は到着間近になったらお知らせします。では船を発進させます。』

春日「ありゃ。」と言うと輪太に「良かったな、ヒマ時間が増えたぞ。」

輪太「何か、あったんでしょうか。」

春日「大方、他船に次の現場を取られたんだろ。早い者勝ちだから…。探知のクォーツ君も大変だよな。」と言うと少し黙ってから「…どっかの船みたいに外地に出たら楽になる気が」

輪太「それはダメです!規則は守らないとダメなんです!」

春日「でも」

輪太「だって外地はとっても危険な所だから、むしろクォーツさんが大変になっちゃう。…カルロスさんみたいに、ベテランで、凄い人じゃないと…。」

春日「…危険な所…。」と言って暫く黙ってから「まぁ確かに航空管理の管理波が無いから探知がしっかりしていないと遭難の危険はあるけれど、…んー…。」と腕組みして暫し考え、それから溜息ついて「俺は人間だから、よく分かりません!」

輪太「時間が出来たから、僕は勉強をします。」と言いスマホの学習アプリを立ち上げる。

春日はそれを見て「学業しつつお仕事、エライねぇ…。」

輪太「だってSSFからの課題が…。僕は早々にSSFを出て採掘船に乗っちゃったから、ここでお勉強なんです。」

春日「人工種は色々と大変だ」と言うと「それにしてもこのエンジン音と微妙な揺れ方…。相当かっ飛ばしてんな。スピード違反になっちゃうぞ?」


その頃、ブリッジでは。

操縦席の隣で、クォーツが探知を掛けつつ必死な顔で「相原さん!もうちょっと急げませんか!」

相原も必死な顔で操船しながら「限界です!これ以上出すとスピード違反になっちまう!…船長が違反してもいいって言うなら出しますが!」

南部「いやそれは絶対ダメだ。」と言い船長席でレーダーを見ながら「今日のブルーアゲートはしつこいな。」

クォーツ、南部に「この距離で探知妨害しても意味がありません!」

南部「…だがシトリンに場所を取られ、更にブルーにまで取られる訳にはいかない。」

相原「まぁウチとブルーは同じエンジン積んでるからお互いスピード違反上等で全力出しても結局は互角っていう!」

南部「積み荷の重さで速度変わりますよ。」

相原「アッ。…それは失念していました。」

クォーツ「すると現在、レッドの方が分が悪いです。ブルーは積み荷が無いので。」

南部「なるほど。向こうも必死という訳か。」

相原、レーダーを見つつ「珍しく必死な…。いつもすぐ諦めるのに。」と言って「あれ?」

南部も「おや?」

クォーツも「あ…?」と怪訝そうな顔をして「突然速度が落ちた?」

相原「エンジンがトラブったとか…?」

南部「いや。恐らく…。」



その頃のブルーアゲートのブリッジ。

船長の武藤が仏頂面で「…燃料がねぇわ。」と言って天を仰ぐと「これ以上カッ飛ばすと燃料分のイェソド鉱石が無駄に消費されてしまうー!」

操縦席の明日香が操船しながら「だから私、言ったじゃん!ヤバイかもってー!」

武藤、船長席の椅子から立ち上がって「向こうがガチで張り合って来たのが悪い!何で全力疾走して来る!」と言うと自分の左隣に立つ礼一に「どっか少しでも鉱石採れる場所たーんち!とにかく鉱石採らんと飛べなくなる!」

礼一「もう探知してますけど…。しかし思うにですね、レッドがこっちに爆走してきたのは、元々狙ってた場所をシトリンに取られたからではと。」

武藤「そうなん?」

礼一、探知しつつ「なんか全体の動き見てるとそんな気が。もしシトリン来なかったらレッドはアッチの場所に行ったよなー。だから俺、コッチにしようって思ったのに…。」

武藤「アッチでもコッチでもええが、とにかく燃料用の鉱石採らんと天下の航空管理様に救難信号を送る羽目に…。」

明日香「レッドが助けに来たりして!」

武藤「とんでもねぇー!」

礼一「とりあえず9時方向に転進。チョコッと採れる場所があります。」

武藤ションボリして「…まず自分の船の燃料確保が第一という…。どんな採掘船…。」と言って溜息ついて船長席の椅子に力なく腰かける。

明日香「船長、お疲れだね!」ニッコリ

武藤「そりゃー…。」と言って黙る。

そのまま暫く誰も何も喋らず、静かなブリッジ。

武藤、チラリと自分の右側、ブリッジ入り口の方を見る。ドアの前に採掘監督の満が無表情のまま黙って立っている。

武藤(こんなに騒いでるのに何も言わんし…。監督、最近すっかり銅像みたいになってしまって。前は、うっぜぇわこの監督と思ったもんだが、こんなに静かになると何か物足りない。どーしたもんやらなー。)

じーっと満を見ていると、満が武藤の視線に気づいて「…何か?」

武藤「いや別に。」

満「そうですか。」と言って再び虚ろな目であらぬ方向を見る。

武藤(…大丈夫なんだろか…。)

そこへ礼一が「あと10分で現場に着きます。」

武藤「…だそうです、監督。」と言って満を見る。

満は「承知した。」とだけ言うと、淡々とドアを開けブリッジを出る。

武藤(…この変わり様…。昔と今のギャップが激しすぎでは…。)


ブリッジを出た満は通路を歩きつつ、はぁ…と大きな溜息をつく。

満(…人生、如何に生きるべきか…。)

そこで立ち止まってドンと右拳で壁を叩くと悔し気に(やる気が出ない。私の気迫がどこかへ行ってしまった…。十六夜五人兄弟の長兄としての心意気を失うとは何という不覚…!) それから壁に向かって深くうな垂れて、(あの時の護が…あの言葉が…。)と、黒船の甲板上で穣や護と対峙した時の事を思い出す。

護が満に叫んだ言葉が脳裏に蘇る。


『アンタ自分の事しか考えてないやん!自分の観念、信念を人に押し付けてばっかでさ!』

『人が心からやりたい事をして、幸せを感じて、なぜそれを責められなきゃならないの?』


過去の記憶を振り払うように満はバッと天を仰いで(…では私は一体どのように生きればいいのか!人工種の生き方とは、人生とは、私は一体どうすれば…)と心の中で絶叫する。(あれから数多の自己啓発や心理、精神の本を読み散々考察を重ねたが、根幹では皆、同じ事を言う…『心に従え』と。しかしそれは人間に対してであり、人工種に対しては違う筈…。なぜ巷には人工種の生き方についての本が無いのか!それこそ管理が書くべき本では…!)

はぁ…と深く大きな溜息をついて(…そろそろ採掘準備室に行かねば…。)重い足取りでその場を離れる。

トボトボと通路を歩きつつ心の中で絶叫する。


(…嗚呼人工種の人生とはーーー!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る