第3話 小さな子供の小さな光が嬉しかった。
今の自分は別の人。
他人に起こっている出来事だと、
辛くなる度、強く、毎日念仏のように唱えて。
そうする事で
少しずつこの寮に慣れ始めた。
平日は、
いつもジョギングから1日が始まり、
容赦なく苦痛は毎日やってきた。
初めのうちは、毎日毎日皆に遅れ、
先生から縄跳びでムチをくらった。
でも、
辛いとか、苦しいとかいう気持ちは、私に起こっている出来事では無い。
辛くない。
苦しくない。
追いつける。
そう自分に言い聞かせ、
何とかやり切り、次第に皆に遅れず
走れる様になった。
そうだよ。
今、ここは自分がいるべき場所ではないはず。
他人。
私は上の方からそれを観察しているだけ。
そう思うことで、
沢山の精神的な辛さから開放された。
ジョギングの後は、寮で朝食をとり、午前中は学校。
学校は、寮から出て施設内を
少し歩いた所にあり、
少し大きめのプレハブ小屋といった感じの建物。
そこでの勉強は、
寮長ではなく、施設の職員が教えてくれる。
この人達は皆優しく、若い先生方だった。
寮の先生、奥さんの目から離れられるため、少しだけ安心出来る時間だった。
しかし、ここでも下手なことをすれば、寮に帰ってからすぐに
他の生徒が奥さんへと報告する。
皆それを分かっていた為
私たちの2寮は、
他の寮とは違って、
独特な雰囲気と、
暗い印象を周りに与えていた。
時々すれ違う他所の寮の生徒が、
先生と楽しそうに話をしているのを見ると、とても羨ましかった。
2寮という寮は、
プライドを捨て、
自分を捨て、
感情を捨てなければならない。
私は自分と自分を切り離すことで乗り切っている。
他のみんなは、感情を捨てているのだろうか。
どんな気持ちで2寮にいるのだろう。
そう思うことが、時々あった。
授業の内容は、中学校1年生位の内容で、少しだけわかる問題もあったけれど、殆どがよく分からなくて、
私はここでも落ちこぼれだった。
子供の頃から教室の机に座っていることが出来なかった私は、
小学校3年生頃から既に学校を抜け出し、近くの公園で遊んでいた。
まだ、私の時代は子供が1人くらい
学校から居なくなろうと、
先生も親も騒ぐことはなく、
私は学校が終わるのを待ち、
放課後誰もいなくなる頃に
こっそりランドセルを取りに行った。
家に帰ってからも勿論、
親に怒られることもなく、
いつもと変わらなかった。
そのため、私の脳みそは
まだ学校が楽しく思えていた
小学校2年生くらいまで。
勉強など何一つ、
頭には入っていない。
バカな頭で、道徳心すらろくに
なかった。
学校は午前中で終わり、
寮で中食をとる。
当番以外は各部屋で、午後の指示を待つ。
「午後はホールで勉強です!」
「はーい。」
ホールの机で向かい合って座り、
それぞれ勉強する。
ホールの向こう側、事務室の奥には先生達の家。
そこから時々先生の子供がこちらに遊びに来ていた。
生徒達は皆、この子達を丁重に
もてなした。
程よく気に入ってもらい、
そして作業中には、あまり邪魔をしてもらわないように。
子供に邪魔をされて皆に遅れると、
大変なことになる。
その遅れを子供のせいにでもしようものなら、奥さんの逆鱗に触れる事になるからだ。
子供は2人、小学校低学年の女の子と、幼稚園の男の子。
それぞれが、時々やってきては、
その日の気分で遊んでもらうお姉ちゃんを決める。
しかし、だいたいは子供の扱いの上手い生徒の所へ行っていた。
初めてこの子達に会った時、
こちらへ来ないように。
と私は祈った。
何故なら、子供が大嫌いだった。
扱い方が分からないし、
他人の子を見たところで別に、
可愛いという感情は一切なかった。
それに、先生や奥さんで精一杯で、
とても子供にまで気を使うのは
勘弁して欲しい。
でも、子供というものは新しいものが好きで、
新人の私の所へやっぱり来てしまった。
「新しいお姉ちゃん?」
「そうだよ」
はなちゃんが直ぐにフォローする。
はなちゃんは、子供の扱いがとても上手だった。
「新しいお姉ちゃんと遊ぶ」
そう言うと女の子は、
私の膝にちょこんと座った。
子供の匂い。
子供って、こんな匂いするんだ。
汗と、他所の家の匂い。
私は女の子の言われるがままに、
折り紙を折ったり、
絵を書いたりしながら苦痛な時間を
味わっていた。
これも新人への洗礼なのか。
そう思った。
「ほら、新しいお姉ちゃんの邪魔しちゃだめよー」
奥さんの声がした。
すると女の子は遊んだものを
片付けて、私の膝から立ち上がった。
お家に戻る前に、女の子は、
私の頭をポンポンとして、
「なんか、おねえちゃん、
かわいい」
そう言ってバイバイして、奥の家へと帰って行った。
その時私は嬉しかった。
ここへ来て初めて、心が和んだ。
今までの生活の中で、小さな子供を相手することは殆どなかった私だったけれど、
ここへ来て最初に私の心の奥に入り込んだ子供の小さな光だった。
でもやっぱり、その後も遊びに来られると、
身構えてしまっていた。
苦手意識は簡単には無くならない。
そして程なくして事件は起きた。
34年前 昭和の教護院 タブーな話 とさかのらてぴ @taruto501
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