1 Ordinary Level

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 東京駅近傍のホテル。

 地下駐車場の奥に停めたハリアーの後部座席で、俺は出番を待っていた。今日の制服はこのホテルの警備員。緑色のワイシャツタイプで、その上に銃器を隠すためにレイドジャケットを羽織っている。

 運転席のヒグチが任務概要の説明を始めた。

「今日のターゲットは1009号室、1010号室の二部屋を借りている“君影組”の連中です。彼らは横浜に本拠地を置いていますが、最近は東京での活動が目立ってきています。主な資金源は銃器と薬の密売です。このホテルにいる連中は、いわば“先遣隊”。これを叩き、横浜の本体の動きを見ます」

 ヒグチが助手席の木箱を差し出してくる。俺はそれを受け取り、跳ね上げ式のロックを解除して蓋を開く。中には緩衝材に囲まれたH&K P7M13自動拳銃が収まっていた。銃口付近にはサプレッサー装着用のネジが切られ、3本の予備マガジンとメーカー刻印が消された円筒型サプレッサーがセットになっている。

「これは」

「この任務ではこちらが指定した銃器を使っていただきます。任務完了後はサプレッサー、予備マガジンと共に現場に捨ててください。ベレッタはこちらで預かります」

 P7M13が入った木箱と引き換えに、ベレッタをカイデックス製ホルスタごと渡す。

 箱からP7M13を取り出し、付属のサプレッサーを取り付ける。スライドを引いて初弾を装填し、ジャケット裏にある二つ目のホルスタへ収める。P7シリーズの安全装置は“スクイズ・コッカー”と呼ばれ、グリップ自体に組み込まれている。銃を握り込んだ際にのみ解除される特殊な機構であり、携行時の安全性と迅速な射撃を両立している。

 カーナビの時計が午後9時を指す。ヒグチが小さく頷いた。

「状況を開始します」

「気を付けて、敵は四人で、全員が武装しています。今回は銃器の回収は不要です」

 ハリアーを離れ、関係者用出入口からホテル内部へ入る。


 事前に調べたルートによると、関係者用出入口だけが唯一セキュリティ・チェックを通らずに済む。そのまま薄暗い通路を進み、専用エレベータに向かう。

 その道中、一人のホテル従業員と遭遇した。ウェイトレス風の女で、黒い長髪を後ろで一纏めにしている。同時にエレベータに乗り込む。俺は手はず通りに10階のボタンを押し、彼女は11階を押した。降りる階層が重なると遠回りになるため、俺は密かに安堵した。

 自分が悪いのか、エレベーター内には嫌な雰囲気が漂っていた。面識もない従業員同士が同じエレベーターに乗り合わせれば、どこでも似たようなものだろうと考える。しかし、妙に嫌な予感が脳をよぎった。突然ブザーが鳴る。内部表示が10階に到達したことを知らせた。

「失礼します」

 出入口付近にいた女に会釈し、そそくさと降りる。不自然ではない歩調で歩きながら、エレベーターが再び動き出すのを待った。同時にスマートフォンが震える。ヒグチからの着信だった。

「はい」

〈10回につきましたか〉

「到着しました。今のところ問題はありません」

〈では、まずは1009号室へ向かってください。バック・ヤード入口のすぐ隣です〉

「了解」

 大きな扉を押し開き、バック・ヤードから出る。扉には自動でロックがかかった。1009号室の札を見つけ、ドアに何もかかっていないことを確認。インターホンを押す。

〈なんだ〉

「フロントです。チェックアウト時間についてのお話が」

〈......いま行く〉

 通話終了。ホルスターからP7M13を抜き、足の後ろに回して隠す。ドアが開いた。チェーンロックをかけたまま、ワイシャツ姿の男が現れる。

「チェックアウトはまだ先だぞ」

「いや」

 銃口を男の眉間に向ける。

「今がチェックアウト時間だ」

 引き金を絞る。抑えられた銃声と共に9ミリパラベラム弾が発射され、男の頭蓋骨を破壊して絶命させる。男が後ろへ倒れ込むのと同時にチェーンロックに銃弾を撃ち込む。室内へ侵入。するともう一人の男が現れる。彼は壁を背に立ち、スターム・ルガーSR9自動拳銃を握っていた。

「誰だ、お前」

「喋るんじゃねぇ。黙ってろ」

 P7M13の引き金を二度絞り、二人目の胸に二発を撃ちこむ。前のめりになって倒れたところで頭部を銃撃。1009号室を制圧。

「一部屋目を無効化。次は1010号室ですか」

〈ええ、お願いします。それと、もう一つ気を付けて欲しいことが〉

「何でしょう」

〈君影組は、一人の女暗殺者を抱えています。横浜で確認されていましたが、先遣隊が東京に来てからは目撃されていません。もしかすると、先遣隊と共にいるのかも〉

「......そうですか」

 できるだけ平静を装いつつ、俺は関係者用エレベーターで遭遇した女について考えた。あの中で感じた“嫌な雰囲気”が、彼女の発する殺気のようななにかだとしたら?俺は既に、その暗殺者と会っているのではないか?

〈月花さん?〉

「ええ、聞いています。分かりました。十分警戒します」

〈気を付けて〉

 スマートフォンを仕舞い、P7M13を握りなおす。ただの“嫌な予感”で済むことを祈りつつ、廊下へ出て1010号室へ向かう。そこは少し離れた部屋で、銃をホルスタに収めて廊下を移動する。

 1010号室は、他の部屋とは異なる構造をしていた。端的に言えば、通常よりも奥行きが広い。しかしそれは、施工図にあるのみで、ただ入室した場合では感じることができない。導かれる結論は一つ、特定の客が宿泊した際にのみ効力を発揮する“隠し部屋”というわけだ。

 P7M13を抜き、1010号室のインターホンを押す。

「フロントです。チェックアウト時間についてのお話が」

〈......ラット

「......そう来たか」

 内部の人間が返した“ラット”。それが合言葉だった。

 P7M13をドアノブ基部へ向け、残った9ミリ弾を連続して叩き込む。スライドが後退しきったところで穴だらけのドアが壊れた。マガジンを挿し替え、室内へ突入。頬を銃弾が掠める。9ミリの“味”だ。

 SR9を持った男が二人。一人目の懐に入り込み、それを盾にして奥の男を射殺。そのままベッドルームまで押し進み、盾代わりの男を床へ倒す。ルガーを握っている右腕を踏みつけ、抵抗できないようにして頭にP7M13を向ける。

「女か!」

 敵の頭からは黒髪のウィッグが外れていた。口元を覆っていた布は解け、眩い金髪の白人の女がそこにいた。

「ファック...!」

「それはこっちのセリフだ。まさか“先遣隊”に外人が紛れていたとはな」

 女は苛立ちからか顔を歪め、歯軋りして横を向く。

「この部屋は特別なはずだ。隠し部屋にはなにがある?」

「......誰が、言うか!」

「そうか」

 伸ばしていた人差し指をP7M13の引き金に乗せる。彼女の右腕にさらに体重をかけ、拳銃を頭に垂直に向けると、彼女は激しく呻いた。

「これで言いたくなったか?」

「......このホテルには、我々が一部を出資した。各階の10号室には同様の隠し部屋がある。そこは、我々向けの“鼠の巣ラット・ネスト”だ」

 なるほど、だから“ラット”か。俺は合言葉の意味を理解した。

「仲間を殺したな。このホテルがお前の墓場だ!」

「ああ、そうかい?」

 引き金を引く。抑えられた銃声と共に9ミリ・パラベラム弾が射出され、彼女の頭部を破壊した。

 P7M13を仕舞いながら立ち上がり、スマートフォンを取り出してヒグチを呼び出す。

「......このホテルの出資者名簿を今すぐ洗ってください」

〈何かありましたか〉

「厄介なことになりました。1010号室の隠し部屋は、君影組のために作られていたんです。彼らはこのホテル建造に関わっています」

〈つまり、ここは裏社会ホテルというわけですか〉

「まさに。コンチネンタルが日本にあるとは思いませんでした」

〈従業員に知られる前に脱出してください。すぐに地下へ。拳銃は捨てましたか?〉

「直ちに」

 一度しまった拳銃を抜き、血溜まりの中へ予備マガジンと共に捨てる。1010号室から廊下へ出て、頭に叩き込んだ構造図を思い出す。ここから安全に地下へと逃げる方法。外部からバック・ヤードを空けることはできないため、安全な関係者用通路は使用不能。非常経路は本物の警備員が監視しており、偽物である俺は怪しまれる。

 正面切って、堂々と中央階段から降りる。それ以外に思いつく方法はなかった。

「仕方ねえ......」

 ぼやきつつ足を踏み出す。

 左から、これまで経験したことのないほど強い殺気を感じた。思わず足を止め、ゆっくりと左を向く。

 ウェイトレスが、その格好に似合わぬ物体を持っていた。グロック19自動拳銃。そしてそのウェイトレスは、関係者用エレベーターで乗り合わせた女だった。

「泣けるぜ」

 そう呟いた瞬間、女が引き金を絞った。轟音が響く。

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Reluctant Afternoon 立花零 @ray_seraph

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