Reluctant Afternoon

立花零

Prologue

 のたうち回る男の頭に9ミリパラベラム・フルメタルジャケットを撃ちこみ、床の汚れと引き換えに沈黙させる。6人を殺した部屋からは早くも腐臭が漂い始めていた。返り血がスカイブルーの警備員用制服に降りかかり、元の色合いは既になかった。

 年代物のM92FSベレッタをホルスタに収め、壁に立てかけてある鏡を見やる。そこに映る俺は、見事に赤く染まっていた。俺は他人の血を被って喜ぶ異常性癖ではないし、自分から被りに行ったわけでもない。接近戦が自分に合わないことは分かっているが、任務遂行のためには吐息がかかる距離まで近づくことが求められる。

 タイミングよくポケット内のスマートフォンが鳴る。応答アイコンに指を滑らせる。

「ヒグチさんですか、いま終わりました」

〈ありがとう、月花ツキバナさん。奴らの銃器を回収してください。できる限りでいいので〉

「いつも通りですね。表の車は迎えですか?」

〈表......?〉

 ヒグチの声に疑念が混ざる。

〈車種は〉

「黒いBRZ、ナンバーは■■-■■です」

〈......まずい、すぐに離れてください。それは迎えではありません〉

「はい?」

〈“水銀合金アマルガム”の二人組です。女子高生二人組の殺し屋。バッグにAKS74Uカラシニコフを装備してます〉

「それはマズい。あ、今出てきましたね」

 BRZの両ドアが開き、中からセーラー服の女子二人が現れる。運転していたのは長身の女で、助手席からバッグを二つ持って出てきた方は背が低い。二人が並べば姉妹に見える。

「殺気が隠せていない......。仕方ない。逃げます」

〈気を付けて。正面と裏口で挟撃される〉

「おっと、それはどうしようもありませんね。ところで、迎えを注文チャーターしてもよろしいですか」

〈ええ。3分で行きます。こっちの車種は白のハリアーです〉

「分かりました。正面玄関で拾ってください」

〈それまでどうするんです〉

「さあ......。どうしましょうか」

 俺は室内に目線を滑らせ、半開きになったロッカーを捉える。中には特徴的なフォルムの銃器が収まっていた。イズマッシュ・サイガ12K。幸いなことにフル・ロードされた30発装填型マガジンも一緒にある。

「素晴らしい。今日は日です」

〈......。そうですか〉

 電話を切り、サイガ本体にマガジンを叩き込む。一般的なAK系統と同じく銃右側のチャージング・ハンドルを引き、初弾を薬室に装填。予備武器としてベレッタを左手で抜けるように位置を調整する。

 腕時計のタイマーを1分40秒に設定し、カウントダウン開始。同時に部屋を出て正面玄関を目指す。ビル中央部の階段に差し掛かった時、踊り場に人影を見つけた。紺色の服装。ブレザー・スカートタイプのごく一般的な制服で、赤いネクタイが胸元を飾っている。

 迷わずサイガの引き金を絞る。轟音と共に12ゲージ散弾が発射され、赤と金の撃ち殻ショット・シェルが右側面から排莢された。敵は階段を戻るように躱し、コンクリートの壁に弾痕が穿たれる。

「こっちだった!」

 甲高い女の声。裏口の仲間との通信だろう。敵の得物は5.45ミリの自動小銃。撃たせてはならない。サイガを立て続けに発砲し、敵に頭を出す隙を与えず階段を降りる。ここは5階。敵の二人が合流するまで1分と仮定。それまでにサイガで一人を殺し、二人目はベレッタで対処する。それでヒグチと合流するまでの時間を稼ぐ。

 4階と3階の踊り場に差し掛かった時、不意に敵が前に現れた。スカートをひらめかせ、手すりを踏み台にして舞い上がる。彼女はAKを後ろに回し、両手には大振りのサバイバルナイフを握っていた。俺はサイガを横に向け、転がるようにしてナイフを躱す。高く飛んで敵が上に、姿勢を低くして前進した俺が下に。3階までの階段を一度に飛び下り、サイガをフルオートで撃ち込む。敵は死角に入った。同時に腕時計のアラームが鳴る。あと1分。

「私たち、アンタのこと知ってるよ」

 敵が叫ぶ。

ほうには......。二人目には、手を出さないように言っておいた。あの子もこの会話は聞いている」

 立ち止まるな、ブラフに決まっている。そう自分に言い聞かせたが、意志と関係なしに足が止まってしまう。

「妻子を殺された復讐鬼。でも今は公安の犬作業者。そうなった理由は、殺しの才能が認められたから。私たちと同じ。大切な人を喪って、表からは姿が見えない人々に拾われた」

 構えていたサイガの銃口を下ろす。

「お前たちは、誰なんだ。俺を殺さないのか」

「殺すなって言われているの。それに、正体を明かせるほど深い関係じゃないでしょ」

「......」

「行きなよ。アンタの仲間が来たら、私たちも逃げるから」

「どうして俺を襲った」

「アンタみたいな奴は、一人じゃないのよ。それを教えるため。殺すつもりなんてないわ。ほら」

 敵がAKのマガジンを投げてくる。それを恐る恐る拾い上げると、内部に装填されてある特異な弾薬が目に入った。それは空砲だった。

「そうか」

「これは一種のデモンストレーション。私たちの雇い主が企画した」

「......」

 腕時計の表示は残り30秒。マガジンを投げ返し、俺は階段を一気に駆け降りる。サイガの安全装置をかけて正面玄関を抜ける。同時に白いハリアーが停止。助手席に滑り込む。

「変な物、持ち込まないでください」

 運転する女がニヤニヤ顔で言葉をかけてくる。公安刑事のヒグチ。俺は苗字以外を知らない。サイガからマガジンを外し、チャージング・ハンドルを二度引いて薬室内の一発を強制排莢。撃針を撃発位置から通常位置に戻す。

「あの暗殺者、俺の所属を知っていました。何者なんです」

「それは我々にも分かりません。知っているのは、彼女たちは女子高生の二人組で、特定の車を使い、カラシニコフを用いて“仕事”をこなしているという事実だけです。彼女らの雇い主も、まるで情報がありません」

 沈黙。必要以上のことは喋らない。それが“作業者”と“監督者”の関係だった。

「それにしても、ずいぶん汚れましたね」

「......仕事でしたから」

「制服でしょう、それ。仕事がもう一件あります。着替えてください。別の制服を使います」

 ハリアーが歌舞伎町の雑居ビル街を抜けると、既に空は暗くなっていた。

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