大文字伝子が行く96

クライングフリーマン

大文字伝子が行く96

 午前10時。記者会見場。

 「お尋ねの5件の事件、事故。いずれも『シンキチ』は関係しておりません。私どもは、1月22日に絞った案件に注視していました。」

 「理事官。りゅうりゅう新聞の太田です。総理が襲撃されたそうですが。」

 「今、国会で、NPO法人の不正利用を防止する為の改正案を与党から提出され、審議されることはご存じの通りです。先日、総理がこのことを予告されたので、よからぬ者が襲撃する恐れがあるので、SPの人員を増やし、資料の整理をしていたら襲撃された、と警察発表があった通りです。EITOの方でも確認をしましたが、襲撃犯にも、総理の関係者にも『シンキチ』はいませんでした。我々EITOでも想定外の事件は沢山あります。いちいち発表しないだけです。」

 「想定外、というのは、例のエーアイですか。スパコンとは関係がないのですか。」

 「関係ありません。勘違いされている方も多いようですが、AI(エーアイ)とはスーパーコンピュータのことではなくて、通常Artificial Intelligence(アーティフィシャル インテリジェンス)」の略で、日本語で「人工知能」ことを言います。学習した知識に基づいて行動するコンピューターシステムのことです。しかし、EITOのエーアイはアナザーインテリジェンスのことです。詳しい事は機密事項なのでお教えできません。では、時間ですので、今日はこの辺で。」

 記者達があっけに取られている間に理事官は会見を終了した。

 午前10時。伝子のマンション。

 伝子と高遠は、ニュースのライブ中継を観ていた。

 「理事官、大分こなれて来たね、エーアイの解説。」「高速の落盤事故。蓮華山の噴火の土石流。隕石落下の怪我人。めだか銀行ATMの故障。鯨の漂流。想定外に決まってるだろう。あいつら暇つぶしに行ってるんだよ。いい加減、記者会見はリモートにすべきだよ。特に総理は何度も襲われている。」

 奥の部屋から綾子が起きてくる。「もうこんな時間。起してくれればいいのに。」

 「子供みたいなこと言うなよ。予定があるなら、先に言えば良かったじゃないか。」

 2人に割って入って、高遠が言った。「目覚まし時計を常設しますから、それで自分で起きて下さい。」

 「えええ?」「えええ?じゃないだろ、さっさと行けよ、くそババア。」

 綾子が膨れて出ていくと、2人は顔を見合わせ、笑った。

 「あの歳で、『かまってちゃん』は困りものだ。」「そう言えば、使い魔や、です・パイロットもかまってちゃんかも。だって、黙って犯罪起すの、簡単でしょ。」   「それもそうだなあ。」

 伝子のスマホに、あつこから電話がかかった。伝子はスピーカーをオンにした。

 「おねえさま。愛宕君が警部に昇格したわよ。」「そりゃあ目出度いな。何かお祝いしてやろう。ぱああっと。」

 「今、授与式やってるの。じゃ、また。」

 「何かお祝い贈る?」「商品券だな。一番公平だ。」「分かった。」

 午前11時。EITOのPCが起動した。「アンバサダー。大変です。縦穴小学校で集団誘拐です。今、小学生と教諭、100名が誘拐されました。警察からは、今は立てこもり事件として発表されていますが、送迎バス3台に便乗させ、小学校は蛻の殻です。教諭の中に『シンキチ』がいます。持川伸吉です。持川伸吉だけでなく、学校ごと誘拐した、という形です。誘拐自体は目撃者がいたのですが、その後で、テレビ1に脅迫状が届きました。声明文と言うべきか。」

 「学。みちるに確認してくれ。舞子ちゃんの転校先だ。」伝子の横で高遠は、みちるに電話をかけた。

 「どういうことです?」と草薙が尋ねる。「DDバッジは着けているだけで、エリアは特定できますよね。」「ええ。そうですが。」伝子と草薙の会話に高遠は割り込んだ。

 「高峰舞子ちゃんの転校先は縦穴小学校です。彼らの中に舞子ちゃんがいる。」  「分かりました。エリアを特定します。」

 「こら。肝心なことを忘れているぞ。大文字君。使い魔からのメールを読み上げる。《ある小学校の生徒と先生を誘拐した。探し出して、助けに来い。何人がかりでも相手をしてやる。ああ。身代金100万円を忘れるな。高望みすると、用意するのに時間がかかるだろうから、サービスしといてやるよ。》以上だ。舞子ちゃんが手掛かりなら、移動先は何とか探せるかも知れん。エリアが特定出来次第、バスが駐車出来る場所を探そう。」

 アラームが鳴った。今度は、久保田管理官直通のPCだ。

 「大文字君。銀行強盗だ。犯人の要求は金ではなく、エマージェンシーガールズの隊長だ。詰まり、君だ。逃走用のクルマを用意し、君が運転して犯人を運べと言っている。」「詰まり、私が人質ですか。」「そういうことになるな。」管理官のPCの画面は消えた。

 今度は、ひかるから伝子のスマホに電話がかかって来た。

 「大文字さん、大変だよ。ダイナマイトを腹に巻いた男が、山手線に乗って、乗客の一人を人質にしてエマーケンシーガールを呼んでこいって言ってる。乗客を一人を人質にして、他の乗客は降ろして、山手線は止まっている。乗り入れしている列車もね。方々でパニックだよ。」

 再び、管理官用のPCが起動した。「ダイナマイト男の件ですか。」伝子の問いに驚きながらも、「どうするね?大文字君。」「銀行強盗は日向に任せましょう。取り敢えず、山手線に急ぎます。管理官、理事官。」

 「分かった。オスプレイは既にそちらに向かっている。小学校の件は進展があり次第報せる。」

 高遠は既に台所のベランダの用意をしていた。サンドイッチを用意する暇がないな、とぼんやり考えながら。

 午後12時半。家電が鳴った、なんと総理からだった。

 「スマホが繋がらなくて。あなたが大文字さんのご主人ね。時間はかかりそうだけど、法案は通りそうだって、伝言お願い出来るかしら?」「はい。承知しました。総理。まだまだ油断出来ないので、SPは離さないで下さいね。」「了解。」

 電話は簡単に切れた。家電は、EITOの方で自動録音され、記録されることになっている。着信履歴も残るようになった。また、盗聴された場合、アラームが鳴ることになっている。だが、心配になって高遠は、理事官に相談し、なぎさ達を国会議事堂付近に向かわせた。

 同じ頃。エマージェンシーガール姿の伝子はオスプレイから長いロープを垂らして貰って、ホームに降りた。

 駅員に合図して貰って、その車両に入った。車掌室側と運転席側から、警察官姿の早乙女と結城が乗り込んでいる。

 「呼んだか?呼んだのはお前か?」伝子が尋ねると。人質を席の横の手すり棒に縛り付けた男は言った。

 「俺を守れ。」「はあ?」男は自分のお名前カードを差し出した。

 「作ったのはいつだ?」「情報漏洩した日の1週間前だ。」伝子はDDバッジを押した。

 近寄ってきた結城に伝子は言った。「この男は『シンキチ』だ。逮捕して保護。後は任せた。」伝子は線路を降り、走った。その途中で高遠からメールが来た。国会の件だ。

 よくやった、とだけ返信した。

 伝子はやって来たホバーバイクの後ろに跨がった。

 「どちらまで?」「銀行強盗の現場だ。」「はいよ。」

 午後2時。弥生紫銀行のバス停前支店。

 ホバーバイクから、伝子は飛び降りた。エレガントボーイの格好の筒井が運転するホバーバイクは、いずこかへと去って行った。

 「様子はどうだ、愛宕警部。」と、エマージェンシーガールズ姿の伝子は尋ねた。

 「今、行動隊長が入りました。話を聞きますか?」

 愛宕は駐車場の方に伝子を連れて行った。

 「日向さんが身につけている、マイクロマイクです。これは、犯人が見えるところに身に着けています。他に、大文字ガラケーをブーツに仕込んであります。いつでも追跡可能です。

 その時、橋爪警部補が呼びに来た。

 「愛宕君、いや、愛宕警部。犯人の要求した逃走用の車が到着しました。アンバサダー。一応、追跡装置をセットしてあります。」

 「了解しました。車が発車する前に銀行に入り、元人質の客と行員の保護を。」と、伝子は指示し、表に回ると、犯人と日向が、逃走用の車に乗り込んでいた。警官隊はマスコミと野次馬の整理に大わらわだった。

 車が走り去ると、今度は、マスコミが殺到した。

伝子は、駐車場に回ると、あつこに「追跡は頼んだぞ、あつこ。」と言い、近くの公園まで急いだ。上空にはオスプレイが散開していた。

 オスプレイの中。「アンバサダー。高遠さんから、EITO経由で通信が入っています。そこのインカムを取ってください。」パイロットのジョーンズが言ったインカムを頭に装着すると、高遠の声が聞こえた。

 「伝子。青木君たちのお陰でスクールバスの移動先が分かったよ。奥多摩の住宅街近くの山の中にある、グラウンドだ。」

 「グラウンド?金持ちのやることは分からんな。このオスプレイに座標を送って貰ってくれ。」

 午後3時半。グラウンド。

 3台のスクールバスが駐車している。

 武装した集団が、その横に駐車しているトラックの側にいる。

 「待たせたな。リーダーを出せ。」伝子が大声で言うと、リーダーが進み出た。

 「銀行はどうした?」

 「噂通り、肝っ玉が据わっているな。そうだな。一人頭100万でどうだ。100万かける100人で一億かな。用意出来たのか?」

 「分かった。」伝子が背を向け歩き出すと、「待て。どこへ行く。」とリーダーは言った。

 「金を用意しに行く。少し時間がかかるぞ。」

 伝子の言葉に、「ふざけやがって。人質の命が惜しくないのか?」とリーダーは怒鳴った。

 「惜しいから、金を用立てに行くんだろ?ふざけてるのはどっちだよ。」と、伝子は呆れたように言った。

 「何、ごちゃごちゃ言ってんだよ。」同じ顔をした男が、もう一人現れた。

 「どうやら、片方はオツムが赤点のようだが、アニキの方はまともかな?双子の使い魔さん。」

 「俺がアニキだよ。」と、先ほどの男が怒鳴った。

 「金はいい。いや、金は後でいい。隊長さんよ。あんたを倒せば、いくらでも金は手に入る。」

 「賢いな。です・パイロットと身の代金で、がっぽりだな。言っておこう。今迄の使い魔で一番賢いよ、お前は。」

弟の使い魔はニヤリと笑った。

 同じ頃。逃走車の中。

 「早く決めろよ、行き先を。」運転席の日向はイライラしながら言った。

 「うるさいな。」男は、車に揺られながら、スマホを弄っていた。

 日向は、わざと車が揺られるように運転していた。

 暫くして、漸く男は仲間と電話を開始した。

 「何だって?そっちに隊長がいる?じゃ、こっちは誰なんだ?」

 「知るか、間抜け!」日向はDDバッジを押した。

 会話は短かった。

 日向は、ドアを開け、飛び出した。車は田んぼに突っ込んだ。

 パトカーがやってきた。

 橋爪警部補がパトカーから顔を出した。「ご苦労様です。」

 橋爪警部補は、日向に敬礼をした。

 頭上から、ロープが下りてきた。

 日向は、ロープにつかまり、「後はお願いしまーす。」と、オスプレイに吸い込まれていった。

 犯人に手錠をかけた愛宕に、「警部。オスプレイってパトカーより速そうですねえ。」と、橋爪警部補は言った。

 午後5時。グラウンド。一団が、銃やナイフを持っていないことを確認すると、伝子は五節棍を使って闘っていた。

空からパラシュートが幾つも降りてきた。

 なぎさ達が合流した。「遅いぞ、お前ら。」伝子は笑いながら、言った。

 「ごめんなさい、おねえさま。化粧に手間取ってしまって。」と、なぎさは舌を出して見せた。

 エマージェンシーガールズは、瞬く間に、悪の軍団?を倒した。

 双子の兄弟は、唖然として見ていた。どこからか、ブーメランが2つ飛んできて、二人とも地面から空を見上げることになった。金森とあつこだった。

 「国会議事堂は?」と、伝子はなぎさに尋ねた。

 「おねえさま。4カ所で待ち伏せしました。4カ所とも、国会が終った後、襲撃するための準備に集まって来ました。他にポイントがあったかどうかは分かりませんが、逮捕検挙しました。テロ準備罪でね。」と、なぎさが応えた。

 「おねえさま。例の連続強盗殺人事件の主犯と実行犯数組が逮捕されました。ネットで、募集をかけていた人物がリストを公開していました。強盗した金品は回収しない、成功報酬を出す、といううたい文句で。何と使い魔の仕業でした。他の使い魔のリークのようですね。警視庁に、サイトのURLが送られて来たそうですから。柴田管理官が、嬉しい悲鳴を上げている、。と言っていました。」と、あつこが言った。

 「他にも実行犯候補がいたかも知れないが、大きな抑止力になったな、逮捕は。」

続いて、結城が報告する間に、警官隊が到着し、スクールバスは出発した。職員も生徒も全員無傷だった。犯人達は逮捕連行された。

 「山手線の犯人岩崎親吉は、アンバサダーが指摘された通り、恐怖にかられた犯行でした。『シンキチ』だが、誰も守ってくれないから、と。」

結城の報告の次は、みちるだった。

 「おねえさま。日向隊員から報告が入りました。強盗犯は、説諭して、最寄りの交番に預けたそうです。スクールバスジャック犯の双子の兄弟の知人で、唆されて、陽動作戦を行っていたようです。」

 「あのう、アンバサダー。国会議事堂の案件は、何故分かったんですか?」と、金森が尋ねた。

 「NPO法人の不正会計は、ネットのインフルエンサーによって暴かれていた。関係していると疑惑のある議員は、恐れていた。自分の身を案じて、総理が提唱し、与党から提出されるNPO新法がスピード可決する恐れがあった。那珂国マフィアは、本国の指令で『おいしい汁』を逃さない為に、密かに決議を妨害したかった。そう考えたんだ。しかし、人員配置が悩みの種だった。山手線の案件は無関係、このバスジャックや銀行強盗が陽動とすると、放置出来ない問題だった。みんな、よくやった。 戸川の言った双子の兄弟使い魔も存在したし、複数の使い魔が同時に動いていることも分かった。使い魔同士、反目している場合もあることも分かった。さ。帰ろう。」

 「ご苦労様。私が言うことは、もう何もない。いいとこ取りしやがって。」久保田管理官のスマホから、理事官が言った。

 エマージェンシーガールズは、満面の笑顔であった。

 午後8時。伝子のマンション。

 「学。腹減った。」「お茶漬けでいい?」「いい。久保田管理官も理事官もベタ褒めだった。お前、やっぱり賢いな。いい婿を持ったよ。」

 「言い婿を持ったよ。それも、ベタ褒めよ。」綾子が背後から言った。

 「いつ来たんだ、くそババア。」

 高遠は、伝子と綾子の両方の口に煎餅を刺した。

 「ケンカはね、食事の時はしちゃいけない。幼稚園で習わなかった?」

 伝子と綾子は顔を見合わせた。

―完―


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大文字伝子が行く96 クライングフリーマン @dansan01

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