呪っているのはだぁれ?

春ふぶき

第1話

「俺、呪われているかもしれん……」


俺こと神梨総一郎はそう幼馴染である目の前の少女に告白する。

目の前の少女、月見優子は怪訝な顔をしながら俺を見上げる。

口に加えた肉まんを頬張るのも中断し、その目は意味が分からないとばかりの輝きに満ちている。

そりゃそうだ。俺でも他人からそう言われたらそう反応する。

でも俺にはそうとしか思えないし、誰かに相談したくて堪らなかったため、一番心を許せる昔馴染みであり、友人以上恋人未満(と自分では思っている)である彼女に打ち明けた。


「一体どうしたのよ。そりゃ顔色が悪いなとは思っていたけどさ」


もぐもぐとおいしそうに口を動かしながら、優子は尋ねる。

俺はその予想通りの反応にめげず、根気強く説明し始めた。


「俺はここの所ずっとろくでもないことが続くんだ。そりゃ最初は運が悪い日もあるさと思ったさ。でもだんだんそれだけでは説明つかないと思っていた所であの影だ……」

「影?」

「ああ、あんな恐ろしい影はこの世のものじゃない。この世の生き物であんなもんに当てはまる奴なんているもんか」

「まあ、落ち着いて。とにかく思い当たることを順番に話してみて」

「……ああ」


優子の声で落ち着きを取り戻した俺は、呪われてると思うに至った経緯を話し始めた。


「俺元々運が良い方だろ」

「うん知ってる。というか運が悪い時なんてむしろあったかな」

「改めて人から言われるとちょっと思いだせないな……。まあいいや。ただ、最近は運が悪く、しゃれにならなくなってきてな」

「最近って私が知らない内に何かあったの?」


心配気に俺の事を伺う優子の姿を見て持つべきものは幼馴染だとしみじみ思う。

幼稚園、いや小学生の頃か?よく思い出せないけど古い付き合いには違いない。

優子は腐れ縁っていうけどな。

とにかく心配してくれている優子のためにもちゃんと説明しなくてはとぐったりしていた精神を奮い立たせた。


「一週間ぐらい前の事だった。その日は一人で帰っていたんだが、猛スピードで走ってきた車に轢かれそうになった。それは避けられたんだが、盛大に泥水をぶっかけられた。ついてないなと思いながら歩いていたら、鳥にフンを頭にぶつけられた」

「ふんふん」

「もちろんこれだけで呪われてるなんて思わないさ。ただ、今思えばそれが始まりだったんだ」


思い出すと陰鬱になる記憶を辿る。

優子は真剣な顔で聞いてくれる。


「次の日だ。マンションの前を通りかかったら今度は頭上から植木鉢が降ってきた。昨日の事があったから何気に空を注意していたから避けられたけど、そうでなければヤバかった」

「よく気がついたね……。ある意味総ちゃんの日頃の運の良さが守ってくれたのかも」

「そういう考えもあるか……。でもおかしいんだよ。マンションのベランダから道へは多少距離があった。放り投げる事でもしない限り、道まで届かない。そもそも植木鉢なんて間違えて外に落とすかよ」

「つまり、意図して投げられたと?……総ちゃん。私が知らない内に何をして恨みを買ったの?」

「そんな覚えは一切ない!無意識に買ってるかもしれないけど、殺されるかもしれない程の恨みなんてさすがになあ」

「まあ、総ちゃんは人畜無害な方だもんね。玉に獣になりかけるけど」

「おま、この間お前ん家に寄った時、着替えてる所を見ちまったこと言ってんのか?あれは不可抗力だ。わざとじゃない」

「ど〜だかな〜」


優子と軽口を叩き合っていると心が落ち着いてくる。

こんな時間が昔から好きなんだよな。


「とにかく、そんな事があったもんだからしばらく警戒してたんだよ。それが功を奏したのか、外じゃあ大丈夫だったんだけど、今度は家の中で異変があったんだ」

「家っていうと、ポルターガイスト現象とか」

「いや、そんな派手じゃない。音だ」

「音?」

「ああ、何かが這いずる音。どこからともなく聞こえてくるんだ。遠いんだか近いんだか分からない。ふと、聞こえたかと思ったらそのうち聞こえなくなる」

「ふーん……」

「気味が悪いのはそれだけじゃないんだ。鏡をふと見たら何かがいたような気がするんだ」

「何かってどんな?」

「具体的には分からないけど、黒いもやみたいなのが一瞬写ったような」

「もやかぁ〜」

「その後も何かがいるような気配を感じたりしたし、歩いていれば何故かマンホールの蓋が開いていて落ちそうになるしでさあ」

「それは……大変ね」


優子は何とも言えない微妙な表情と視線を送ってくる。

でもね、この話はまだ続くんだ。


「そして、影だ。昨日の放課後、先生に言い付けられた用事を片付けたら、日が落ちかけた夕方になっていたんだ。変な事が続いた中での人気がない放課後の校舎だろ。夕暮れ時だろ。迫力は半端なくてさ。早く帰ろうと内心びくびくしながら足早に校舎を歩いていたら、まず、後ろから足音が聞こえてきたんだ」

「それは怖いわね」

「だろ。まあ、まだ校舎に残っている人がいるかもしれないから、そういった奴らの足音の可能性も考えて最初こそ警戒はそこそこだったんだ」

「でも、事態は変わった」

「ああ。歩いていたが、落とし物をしたから立ち止まったんだ。そしたら後ろの足音が同時に聞こえなくなっていた事に気付いたんだ」

「あちゃー。気付いちゃったか」

「ああ、その時ほど自分が鈍感だったら良かったのにと思った事はなかったよ。それでもたまたまの可能性を考えて、怪奇現象にはすぐに結び付けなかった。だから、試しにまた歩いて、足音が聞こえたら突然止まるって事をしてみたんだ。」

「なるほど」

「そうしたら、また止まった途端、後ろの足音が止まったんだよ。そうなるとさすがに意図的なものと思わないわけにはいかないだろ。後ろに駆け寄って正体を突き止めるという選択肢もあったんだけど、正直言って怖くてそれ所じゃあなかったんだ。慌てて外に出ようと駆け出したんだが、その時は階段で、足を踏み外してしまったんだよ」

「危ないなあ。駄目よ慌てちゃ」

「そうしたかったんだけどね……。とにかく、足を踏み外したもんだから、下まで落ちちゃったんだ。幸い、怪我はなかったんだけど、痛かった。痛みに悶えていたんだけど、その時見ちゃったんだ。影を」

「……その影ってどんなの?」

「夕陽に照らされ、影は長かった。でも、それは問題じゃあない。その影には、角があったんだよ」

「角。角かあ……」

「信じられないのも無理もない。でも、確かにあれは角だ。禍々しく大きな角。そして、俺を嘲笑うかのように、いや、もしくは俺を食おうとして、口を開けたのかもしれない。とにかく、その影で俺には充分だった。とてもじゃないけど、直視する勇気は俺にはなかった。痛みも忘れ、悲鳴を上げて一目散に逃げ出したよ」

「ああ、総ちゃんが犯人だったわけね。昨日の放課後、悲鳴が聞こえたって話題になってたわよ。先生達は集まって何が起こったのか調べたそうだし」

「ああ、俺が犯人だ……」


合点がいったとうんうん頷いている優子に力なく認める俺だった。


「その後、無我夢中で外に出た俺は、いつの間にか神社の境内にいた。ほら、学校の近くのあそこだよ。きっと困った時の神頼みって無意識に思ったんだろうな。そこでしばらくへたりこんでた」

「ああ、そういうことか」

「ん?うん、怪異には神様で対抗さ。すると、俺に声をかける人がいたんだ」

「神主さんかしら。私は見た事はないのよね」

「俺もないよ。その時声をかけたのは巫女さんさ」

「巫女〜?そんなのがあそこにいたわけ?」

「うん。どうやらいたみたい。俺もその時始めて知ったんだけどね。普段は全国あちこちに行ってるそうで、たまたま戻ってきてたと言っていた。とにかく、凛とした雰囲気をした物凄い大人な美人で、いかにも巫女って感じの人だった」

「ちっ」

「ちっ?」

「あ、いえ。鼻の下が伸びていたから呆れただけよ。それで?惚気るならさっさと帰るけど」


そう言って優子は帰る仕草をするものだから、慌てて引き留める。


「ま、待ってくれ。後少しだから話を最後まで聞いて」

「早くしてよ」


むくれてしまったため、ご機嫌を取る意味でも速やかに話をする事にした。


「そ、その巫女さんがいうには、俺はよくないモノに憑かれてるっていうんだ。呪われてるって。速やかに祓う必要があるそうだ。ただ、年季の入った呪いだから、準備が必要とも言われた」

「……それで?祓ってもらう事にしたの?」

「最初はそのつもりだったんだけど、よくよく考えてみたら、出会い頭に呪いがどうたら言ってくるなんて、例え巫女さんだろうと怪しいなって思っちゃって」

「確かにね」

「それに、後からお礼として寄進しろとか言い出されかねないからね。とりあえず、親に相談してみるって言って帰ってきたよ」

「ふーん。親に相談かあ。私は親じゃないんだけどね〜」

「分かってる。でもこんな事、親にも相談しずらい。頭おかしくなったと思われかねない。優子だったら、真面目に聞いてくれるかもって思ったから、こうやって話したんだ」

「ふふ、信頼してくれるのね。ありがとう。ならその信頼に答えなきゃね。それにしても、私が留守にしている間にそんな事があったなんて油断も隙もないわね」


そう言うと優子は、にこやかに笑いかけながら俺の期待に応えてくれる。

良かった。機嫌が直ったみたいだ。

そう安心して彼女の言葉に耳を傾けるのだった。


「まず、私はあなたの言う事を信じるわ。あんたは鈍い所はあるけど、嘘を言う奴じゃあないものね」

「ありがとう。一応褒めてくれてるんだよね?」

「当たり前じゃないの。そして、その上で言うけど、呪いというのは、あなたの勘違いだと思うわ」

「ええっ!勘違い?」

「うん。まず、真面目に考えて呪いや幽霊の類いなんて実在すると思えないのよ。総ちゃんもそう思う気持ちがあるから親に相談する事や、巫女さんの言う通りに行動するのを躊躇っちゃったんじゃあないかなあ」

「……うん。その通りだと思う」

「でしょう。車に轢かれそうになったのは気の毒だけど、人生にはそういうこともあるわ。鳥にフンをされることもね」


そう含み笑いをしながら言ってくる優子に、納得しかねる部分があるため、気になる部分を突っ込んでいく。


「植木鉢の件はどうなるんだ?俺を狙ったとしか思えないぞあんなの」

「どこかの夫婦が喧嘩してて、思わず投げつけた植木鉢が飛んできたとか」

「んなアホな」

「でもゼロとは言い切れないでしょ。事実は小説よりも奇なり。それに、ここは人の世界なんだから、原因を怪異に求めるよりも、人の行いに求める方がよっぽど理屈に合うわ」

「それは……そうだけど」

「まあ、人の仕業だと考えるとそれはそれで厄介ね。植木鉢の件は総ちゃんを意図的に狙った誰かの犯行の可能性があるから。愉快犯か怨恨かは分からないけど」

「ええっ!」

「でも、あれから植木鉢の件みたいに物理的に直接危害を加えられそうになったことはないんでしょ」

「うん。直接は後はマンホールの件ぐらい」

「そうよね。マンホールは業者の人が閉め忘れただけかもしれない。それに、罠だとしても、マンホールの上を歩かなきゃ意味ないし、受け身かつ確実性に欠けるわ。積極的な加害意思がありそうな植木鉢の件ともちょっと違うわね。とにかく、以後は音沙汰なしじゃあ怨恨の線も薄く、あるとしたら面白半分でやった愉快犯でその場だけの脅威よ。それはそれで許せないけど、怪異の仕業じゃないし、恨みを買って命を狙われてるわけじゃないわね」


納得仕切れない部分があるにせよ、理屈では反論するのは難しく、次第にそうかもと思えてくる。


「這いずるような音って動物が住み着いてるんじゃないかしら。住宅地に蛇とか狸とかがいつの間にか住み着いてることがあるそうじゃない。時々ニュースでやったりしてるでしょう」

「うげっ。蛇!」

「例えばよ。今度駆除業者に依頼してみたら。後、黒いもやは……。うーん。恐怖心が生み出した錯覚?照明の加減かしら。はっきりしたことは言えないけど、いくつか考えられるわ。とにかく、不安を抱えた人間は、何でもないことに異変を見出してしまうことをやりがちって言うしね」

「そうなのかな……」

「少なくともその可能性もあると思えば少しは楽になれるでしょ。こういう時は心を強く持とうとしなくちゃ」


優子なりに俺を元気づけようとしてくれるのは伝わり、嬉しくなってくる。

それに、彼女の言う事も最もだ。

気をしっかり持たないと。


「そして、角のある影かあ。それが何なのか分からないけど、例えば誰かのいたずらか、たまたまそう見える角度にあったのかもね」

「……これまでの流れなら優子はそう言うよね」

「怪異以外で考えられる可能性を上げるとそうなっちゃうのよ。しょうがないでしょ。私は真実を知ってるわけじゃないんだから」

「分かってるよ。ごめん」

「分かればいいのよ。それにしても巫女の助言かあ。そんなものが出て来るとは思わなかったわ」

「うん。俺も驚いたよ。まるで創作物の話みたいだ」

「これが捜索ならジャンルは何かしら。やっぱりホラー?展開次第では現代ファンタジーやミステリーにもなるのかしらね」

「ジャンル次第で俺の運命がきまりそうだ」

「大丈夫よ。どんなジャンルであれ、あなたは死なないって」

「生死がかかった話にはなってほしくないなあ」


俺がぼやくと彼女はカラカラと笑う。

でも本当にいつの間にか非日常の世界に紛れ込んだみたいだ。


「巫女には普通の人とは違う何かがあるのは創作物のお約束だけど、現実はどうかしらね。信用できるのかしら」

「真面目そうな人だったよ」

「そう……。総ちゃんが言うならたぶんそうでしょう。でも、よく知らない人っていうのは事実だからなあ。それで、その人は今厄払いの準備を進めているの?」

「うん。俺の返事はどうであれ、用意はしておいてくれるって言ってた。……何だかそこまでしてもらいながら行かないっていうのは申しわけないな」

「ストーップ。その考えは相手の思う壺よ。負い目を与えるのは詐欺者の常套手段。総ちゃんは情に惑わされないで自由に決めないと。断わるのがどうしても気に病むっていうなら謝りに行きなさい。一人で行くのが不安なら、私も付いて行ってもいいわよ」

「い、いいよ。その場合は自分一人で行く。そんなことまで優子を頼れないさ」

「へー、男らしいこと言うじゃないの。うりうり~」


優子は俺を肘で突っついてくる。

そんなおふざけをやってると、滅入っていた気持ちが晴れていくのを感じる。

やっぱり優子に相談して良かった。

そう思っていると、優子は言いずら気におずおずと俺に尋ねて来る。


「……もしよ。もし仮に実は本当に怪異があって、総ちゃんが呪われていた場合、何か心当たりはある?」

「心当たりかあ。実はずっと考えていたんだけど、実はないことはないんだ」

「へー。どんな?」

「神社やお寺の建物や品を壊しちゃったことがこれまでにあって。……それも複数回」

「何でまたそんな事をそんなにやったのよ」

「俺、昔は悪ガキで、いたずらを調子に乗ってやっていたことがあったんだ。そうすると仲間内から凄い奴って思われるから。情けない話だし、猛省してる」

「……ふーん。それでか。でも、それって昔の事よね」

「……実は、半年ほど前、夏祭りで神社で祀ってある奴を不可抗力とはいえ、少し壊しちゃって……」

「ハア?あんた何やってんのよ」

「これはわざとじゃないんだ。友達に押された弾みで。神社の関係者らしき人に事情を説明して謝罪したら許してもらえたんだけど」

「ということは、一応呪われるような心当たりはあるわけか」

「そ、そうなる」

「心当たりがあり過ぎよ。でも半年前かあ。あー、でも、時間差を置いて発生するというケースもあるか」

「ゆ、優子……?」


優子が真面目に呪いについて考えている姿に何か違和感を覚え、恐る恐る話しかける。

すると、冗談と言わんばかりに手をパタパタ振って見せた。

いつもの優子だとホッとすると同時に、今のはあらゆる可能性を考える優子の性格によるものだという事に気が付いた。

こんな与太話と普通なら思われることを真剣に考えてくれる幼馴染に改めて感謝すると共に、俺も優子が困って何かを相談してきたら、どんな話だろうと真剣に応じようと心に決めた。

そんな事を考えている内に、俺は自分の家の前に着いた。

優子の家はもうちょっと先なため、ここでお別れとなる。


「総ちゃん、元気出してね。悩ましいことも、いつの間にか解決してましたなんていう事はざらにあるんだから」

「ありがとう、優子。何だか気持ちが楽になったよ。巫女さんに世話になるか、もう一度よく考えてみるよ」

「うん。じゃあね総ちゃん。また明日」

「ああ、また明日」


そう別れの挨拶をして、俺は家の中に入っていった。

昨日まではおっかなびっくりだったが、今はもう何だか怖くなくなっていた。

動物か、ありうるな。

近いうちに駆除業者に連絡してみるか。

巫女さんの申し出をどうするか。

よく考えよう。


その頃、河辺にて。

付近には彼女一人しかいない。

彼女の名前は月見優子。

さっきまで神梨総一郎と朗らかに会話をしていた雰囲気は、今は微塵もない。

もし、ここに第三者がいたなら、独り言を言っていると怪訝に思っただろう。

しかし、それは単にその者が「いる」ことに気が付かないだけだ。

最も、気が付かなくてもその者には非がない。

何故なら、普通の人には知覚できないからだ。


「もう!気を付けてって言ってたでしょ。総ちゃんを怖がらせちゃって」

「申し訳ございません。迂闊でした」

「まったく。私が近くにいない時に悪い虫が付かないように心配りしていたのに、逆効果になったなんて」

「……いえ、それが必ずしもそうとは限らないかと。決して自己保身で言っているわけではございません」

「どういう事?」

「神梨総一郎に怨霊の類が憑こうとしていたのは事実でした。それまではご主人様が近くにいたため、手を出せなかっただけで、ご主人様が不在の隙を突いて行動に及んだ模様です。その者と私が干渉した結果、神梨総一郎にも異変として我々の存在を少しばかり知覚出来た模様です」

「ふむ。ならばあなたは役目なら一応果たしたというわけね」

「御意」


そう優子に返事をしたのは、黒いもやのような存在だった。

無論、普通の人には見えない。

しかし、異界に足を踏み入れる事が出来る者にはその姿を視認できる。

そんな怪異と普通に話すどころか、上の立場として接する事が出来る時点で月見優子も普通の人間ではない証左となる。


「整理すると、総ちゃんが言う車に轢かれそうになった出来事は、悪い虫の仕業?」

「いえ、あれは普通の人間が無茶な運転をしただけです」

「あっそう。じゃあ鳥のフンもたまたまね」

「いえ、あれは怨霊の仕業です」

「は?何でまた?」

「推測ですが、ご主人様の干渉がないか試してみたのではないでしょうか?」

「ああ、なるほど。でももう少し方法がないかしらね」


呆れたように優子は呟く。

黒いもやは特に口を挟まない。

それを残念に思いながら、事実確認を進めていく。


「それじゃあ、植木鉢の件は?」

「あれは、不幸な事故みたいなものですな」

「ん?どういう事?」

「つまりです。怨霊が植木鉢を動かしたのは事実です。しかし、私がいたため、直接神梨殿を狙う事は出来ません。そのため、威嚇の意味なのでしょうが、離れた位置で植木鉢を落とそうと怨霊は企んだわけです。しかし、離れた位置だろうと神梨殿を驚かせるのは忍びない。そこで、私が阻止しようと動いたわけですが、お互いの力が干渉し、不思議な力場が発生したのです。私との相性の関係だと睨んでいるのですが。とにかく、その力場の影響で当初の落下地点からズレていき、あれよあれよと植木鉢はたまたま神梨殿の元に飛んでいった次第です」

「つまり、半分はあなたのせいという事ね」

「そうともいえますな」

「まあ、不幸な事故には違いないから不問とします」

「ははあっ」


少し疲れたような顔をしながら、更に気になる部分を問いかける。


「じゃあ総ちゃんの家を這いずる音は?」

「あれはニシキヘビの這いずる音ですな」

「えっ、嘘!?」

「いえ、事実です。こっそりと買っていた家が近くにあり、そこから逃げ出したようです」

「事実は小説よりも奇なりねえ。じゃあ、黒いもやは、聞くまでもなくあなたよね」

「おっしゃるとおりです。いやはやお恥ずかしい」


そう言いつつまったく悪びれた様子はなかった。

優子はその事で頭を抱えそうになりながらも、必死に持ち直す。


「マンホールの件は?」

「あれは別の怨霊の仕業ですな」

「別ぅ~?」

「はい。聞けば神梨殿は、その昔、神社や寺を荒らしたそうで。その時に運が悪い事に色々な怨霊を解き放っていたようですな。ご主人様が不在の隙を突き、ぞろぞろ出てきたようです。まあ、知性が足らないため、大した事が出来ないようで、さしたる脅威ではありません」

「総ちゃんモテモテねえ。じゃあ学校での事は?」

「あれも不幸な事故です。最初の足音は生徒のものです。音が同じ瞬間に止まったのはたまたまですな。その子はずっとその場に立ち止まっていました。神梨殿とはまったくの無関係です。次の足音は、学校に存在している怪異です。色々憑かれている神梨殿に興味を持ったようで。その怪異は神梨殿に近づこうとしたため、私が阻止しましたが、その余波で神梨殿は足を踏み外してしまったと。その後、彼が目撃した影は我々が干渉した結果、視認できるようになった私と怪異が変に絡まってしまった姿の影ですな」

「あー、もういいわ。で、その後に総ちゃんは巫女に遭遇したと」

「はい。あの巫女の力は本物です。そして、あの巫女が危険視したのはご主人様の事でしょう。他は大したことはありませんから」

「まったく。私を危険な呪い扱いなんて失礼しちゃうわ。私は呪いどころか祝福と言ってもいいと思うの」


そう夢見る少女の様なポーズで優子は言うが、黒いもやは何も反応を示さない。

その事を大いに不満に思いながらも、気にしてもしょうがないため、言いたい事を続ける。


「だってそうでしょう。私がいなければとうの昔に総ちゃんは亡くなっていたんだから。それを救ったのだから、私は祝福じゃないかしら。それだけじゃない。総ちゃんが基本的に運がいいのも私が悪い気を祓っているから。私はこれからも総ちゃんを守り続けるわ。それがあの時、幼い総ちゃんに開放してもらった事への恩返しであると共に、愛する事を思い出させてくれた総ちゃんへの私からの愛情よ」


目をギラギラさせながら想いを口にする主に対して、黒いもやはポツリという。


「その果てが神梨殿の幽体化ですか。ずっと先の事とはいえ、神梨殿も難儀な運命を辿ろうとしてますな」

「ふふ、総ちゃんも愛する私と共に歩み続けたいわよね」


にっこり笑顔で言う主に、黒いもやは特に言葉を挟まない。

主の意向に従うのみだ。


「して、今回の件はどう処理を?」

「あなたは引き続き総ちゃんの警護を。他の問題は私自ら処理します。私の総ちゃんに手を出したらどうなるか思い知らせないとね。ふふっ」

「御意」

「私はね、呪いも祝福も紙一重。考え方次第だと思っているの。そして、何が幸せか。それは、常識ではなく、行動で築いていくものだと。真実を知ったら総ちゃんは取り乱すかもしれない。でもね、私を拒絶させないわ。行動で示し、私との運命を自分の意思で選ばせてみせる!」


握りこぶしを胸の高さまで持っていきながら、優子は夕日に向かって宣言をしていた。

黒いもやはやはり口を挟まない。

だが、心なしか何か言いたげな様子だった。


「さあて、下等な怨霊共は瞬殺するとして、問題は巫女ね。どの程度の力を持っているのかしら。現代の退魔師の力に興味あるけど、現代においては迂闊に身元がしっかりしている人間は殺せないのよね。どうしたものか……」


彼女は悩みながら歩を進める。

その頃、神梨総一郎はというと……。


「やっぱり優子はいいよなあ。もっと自分を磨いて優子に相応しい男になれないとな」


まだ彼は真実を知らない。

一週間前や半年前どころではない。

とっくの昔に自分が呪い(祝福)を受けていたことを。

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