91限目 懇切丁寧に説明してくれる
月曜日……やっぱりメンヘラたちはいない。そして今日は、実川さんにあの話の続きを聞こうとみんなと話している。たしか金曜日は、不気味な絵が入っている封筒が送られてきた、というところまで聞いたのだった。今日はそれの実物が見れればいいが、メンヘラとはいえ相手は女の子。そんな不気味で、且つ不穏な絵なんかさっさと捨ててしまいたいに決まっている。高望みは出来ない。それに実川さんは何となく意味が取れたようだったし、それを聞ければ十分か。
校門にいるのは名倉さん1人だった。
「おはよう陽向くん」
「あ、あぁ……おはよう」
「とぼけた返事ね。キスして目を覚ましてあげましょうか?」
「はぇ!?」
「……冗談よ、本気にしないで。さ、行きましょ」
俺たちは一緒に教室へ向かったのだった。
休憩時間、俺たちは早速実川さんに話の続きを聞いたら、なんと実川さんは実物を持ってきてくれた。封筒は3つ。金土日もしっかり届いたようだ。中身は実川さんが口頭で説明したのと同じ、子供が描いたみたいなイラストだ。そして俺の名がつけられた人はもれなく身体のどこかしらから血を流している。なぜ……。
「これはひでーな……」
ボソッと馬渕が言う。他の面子も同意見なのか、しかめっ面で絵を見ていた。そして、俺たちの考察は実川さんの考察と一致した。これは……。
──
「これもしかして俺やばい!?」
「おう! やばいな!」
「実川さんに、『お前が結城陽向に近づいたら結城陽向を殺すぞ』、っていう絵を送ってる……って感じだな。毎日ご丁寧に」
「悪質! にしても何で絵なんだろ?」
「字だと不味いんだろ」
「どゆこと?」
「ほら、最近問題になってるだろ。SNSでの誹謗中傷とか、それに対する開示請求とかさ。文字で殺害予告はそのまんま過ぎて警察沙汰になりかねない。そうなったら言い訳できない。でも絵は別の解釈のしようがあるから、万が一問題になっても言い訳ができる。実際これも、一見結城が血を流して死んでるけど、転んでペンキぶちまけたとか言われたらそれ以上突っ込むことはできないと思うんだ、法的に」
これがペンキをぶちまけた俺と言うには無理がある気がするがそれは置いといて、馬渕が懇切丁寧に説明してくれる。ありがたいが……これは誰の提案なんだろう。あの女はこんな方法思いつくのだろうか。でもそういえば樋口くんが、悪知恵が働くと言っていたな……。
「あれ、でも結城の誓約書になんか書いてなかったっけ? 警察のお世話にはならない……みたいな」
「あー……あった、けど……これ警察沙汰になるか……? 馬渕の言う通りならならないような……」
「誓約書……?」
黙って聞いていた実川さんが首を傾げながら声を出す。おっと……しまった、そうだった。名倉さん以外のメンヘラは誓約書の話を知らないのだった。誤魔化しをしたいが、どうしようか。などと俺が悩んでいる間に説明を始めるたむたむと佐々木。君らさぁ……。
「──というわけなんだわ」
「最近陽向くんが紙もって名倉さんと話してたの、それだったんだ……」
それだったんですよ……。
「……じゃぁ、今付き合ってるってこと……?」
「……まぁ、そういう約束だからね」
「じゃぁ、この封筒……ほんとに私たちが陽向くんに近づかないようにするためのものなんだ……」
「……それなんだけど、この前他のメ……んんっ、えっと、良木さん達と集まって何か話してたよね? 皆同じのが送られてきてた感じ?」
「うん……そう」
「そっか……分かった。ありがとう」
謎は解けた。とりあえず今打てる手は、何かあった時のために常に周囲警戒をして死なないようにすることだ。あの女は女にしては縦にもでかいし横にもでかいくせに、妙に神出鬼没だ。警戒を怠らないに越したことはない。そう思っているとチャイムが鳴った。同時に先生が入ってきた。やばい、授業が始まるのに話すのに集中してて教科書とか何も出してなかった。急いで全員席に戻り、授業の準備を始める。
「起立! 礼!」
二限目が始まる。……あの女に注意しながら生きるの、メンヘラを避けながら生きるより面倒なのでは、と今更ながら俺は思い始めたのだった。
「それじゃぁ訴訟は出来ないだろ」
「……やっぱりそうですよね」
「つか大丈夫かほんとに」
一応部活の先輩にも話してみたが、結果は同じく、それでは訴訟はできないというものだった。別に誰も法学部とか目指してないが、オタクは妙にこういうことに詳しい。
実川さんは今日はいなかった。早いうちに来て、やっぱり部活は辞めますと部長に報告して帰ったらしい。それで、同じクラスの俺たちなら何か知ってるかも、ということであの封筒話になったのだ。
「それ、担任の先生に言わなかったんですか?」
「……言おうかとも思ったんですけど……菊城は他校生ですし……さすがに先生でも対処は無理かと」
名倉さんに伝えて、怖がってるから……とか言っても恐らく無駄だ。あの封筒作戦を名倉さんが知ってるかどうか知らないし、知っていたとしても「それが誓約だから」と聞いてくれないだろう。そして、じゃぁ別れようとか言ったら愛に被害が及びかねない。本当にあの女、俺の人生に毒しか与えない。
「なんにせよ、気をつけてくださいね。もう暗くなるの早いですし……」
「はい、気をつけます……でもその点で言うなら先輩こそ早めに帰った方がいいんじゃ……」
「うっ……! それはその通りなのですけど……! 魔滅の剣のアニメ2期が来る前に漫画を読んでおきたくて……!」
「あぁ……」
漫画詳しくない俺でも知ってる作品だ。何しろ今社会現象レベルの人気作品になっているのだから。漫画にもアニメにも触れていないが、色々と話を聞くせいでもうある程度の内容は知ってるくらいになる。もちろん細かいところとかは何も知らないのだが。
「つか秀康、ほんとに居ないのか恨んでそうなやつとか」
「…………」
嫌味になりそうだが、正直考えればキリがない。というのも中学時代の俺は、伊藤さんが引っ付いていたために告白こそされなかったものの──俺を遠巻きに見ているやつは沢山いたからだ。俺を遠巻きに見つめる女子と、好きな子に見つめられる俺を妬ましそうな目で見る男子たち。身勝手というか俺にはどうしようも無い範囲ではあるが、恨んでる人はそれなりの数がいるだろう。だが、その程度であの女に協力するかどうかはまた別問題。もしも愛がイケメンに見とれてて、俺がそのイケメンを恨んだところで、あの女に協力はしたくない。人は見た目では無いとはよく言うが、それでもあんな髪の毛ボサボサでニキビまみれででかい女には近づきたくないだろう。そういった諸々の事情を含めて答えるならば……。
「ないですね」
これに尽きる。
「じゃぁやっぱその女と……名倉? ってのが二人でやってんじゃねぇのか?」
「……探るのはやめときます。なんか探ったところで意味なさそうなんで」
「そうでつ? なんかそういうの分かることで、結城氏がどんな方法で殺されるか予想ついたりするのでは?」
「なんで俺死ぬこと前提なの……? メンヘラたちが最低限の連絡以外を俺に話しかけてこなければ何も起こらないはずじゃ……?」
俺はそう言いながら、読み終わった単行本を閉じて次の巻を手に取った。
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