勘弁してくれ!おつきあい(誓約書付)
85限目 早い話バレてるのだ
翌日、バイトが終わって家に帰った俺は、バスケットボールを持って愛の家に向かった。俺と愛は公園に行き、バスケの指導をする……が、ここの公園にゴールリングは設置されてないので、やるのはパスとかドリブルとかその程度だ。運動音痴でバスケ未経験の愛にフェイントとか教えても応用は絶望的だし、それなら簡単な基礎だけ教えればいい。
「まず愛ドリブルはできる?」
「あれでしょ? ボールをつきながら走るんでしょ?」
「そうそう」
「あれくらいなら……」
そう言いながら愛はボールを目の前でつき始めた。うん、この時点で不安だ。ドリブルは基本ボールは体の側面、ボールではなく前を見て走るものだ。自分が走る方向にボールがあったら邪魔で仕方ない。実際走り出した愛は、ボールが邪魔でワタワタとしていた。笑いそうになってる俺に助けを求めるような目で見てきたので、歩み寄ってカットするようにボールを貰う。
「まず基本として、ボールはここ」
俺はそう言いながら、体の横でボールをついた。ボールを見てない俺を愛が苦そうな顔で見る。
「ボールを見ないで走れってこと?」
「そうなるな」
「無理無理! 無理だって!」
「変なつき方しなければ簡単だ」
もっと細かく言うのなら、腰を落として、とか言うべきなのだろうけどさすがにド初心者にそこまで言うのは酷なのでやめておく。とりあえず手本として、ドリブルしてその辺を一周してきたあと、愛にボールを渡した。
「やってみて。走らないで、歩いてでいいから」
「…………」
愛はどこか恐る恐る、ボールを横でついて少しづつ歩き出した。が、自分が歩くのにボールを真っ直ぐ着いてしまっているので愛の歩行にボールが追いついてなく、またワタワタとしている。全く、頭はいいし顔は可愛いのに、こういうところだけ本当にダメなのだから面白い。まぁ、漫研で漫画を読んでる限りでは、ヒロインには何か必ず1つ欠点はあるものだ。料理が下手とか、うっかりミスが多いとか。
「やっぱり難しいよ!」
「ごめんごめん。じゃぁ歩かないで、とりあえずボールを横でつく練習だけしよう」
「そ、それくらいなら……!」
愛は意気込んでいる。が、幼馴染である俺は知っている。愛は意気込んでる時ほど失敗しやすい。そもそも愛の運動音痴具合は知ってるので、正直なところ俺は横でドリブル出来るかどうかすらあまり期待していない。あと出来たところで多分試合中に使えない。
……愛のドリブルできない理由、というか最早ボールもろくにつけない理由がわかった。見た感じだとつく力が弱すぎる。
「愛、もっと強くつかないとボールが自分の腰くらいまで帰ってこないぞ」
「んえぇ……私つくのもダメな感じなの?」
「忌憚なく言えばそうだな」
「忌憚ありで言ったら?」
「…………女の子らしい可愛い力加減だな」
忌憚と言うか単純にオブラートに包んだような意見に、何それと愛が笑って、俺も笑ってしまった。
「……ドリブルは諦めてパス練習にするか?」
「うーん、そうしようかな。てゆうかドリブルできたところでこれ意味ある?」
「試合ではあまり使わないと思う」
「なーんだ」
愛は少し落胆しつつも、ボールを手に取り、俺が昔やってたのを見ていた真似でパスをした。が、やはり力が弱くて俺に届く前に地面に落ちた。
「……うーん、愛の筋肉量だとパスは普通のパスじゃない方がいいかもな……」
「? どういうこと?」
「パスにも種類があるってこと。例えば……普通のパスがこれ」
俺がシュッとボールを投げる。愛は少し驚きつつもキャッチした。キャッチできる、ということはやはり筋肉量が問題か。ボールを返してもらい、俺はもう一度パスの姿勢をとるが、今度は違うパスだ。
「次にこれが、バウンドパス」
俺と愛の中間ら辺にボールをバウンドさせる形で、愛にパスを出す。愛はこれも受け取った。
「愛は普通にチェストパス出すより、こっちの方がいいと思う。強く地面にバウンドさせて、俺の方に流して見て」
「チェストパス?」
「さっきの……地面と平行に出すパスのこと」
「あ、なるほどね。バウンド……」
愛は少し迷いつつも、強く地面にバウンドさせて俺の方に流した。やっぱりチェストパスよりは届く。
「そうそう! そんな感じ!」
「ほんと!? 上手に出来てた!?」
「あぁ! 少しやれば多分できるようにな──」
ここまで言ったところで、ふと公園の時計を見るともう6時半を過ぎていた。愛の家ではそろそろ夕飯の時間のはずだ。周りもかなり真っ暗になっていて、公園の街頭が明るく光っている。
「うわっ、結構時間経ってた……ごめんなあまり付き合えなくて。明日もこんな感じだと思う……」
「いいよ。ありがとう忙しいのに」
それこそ気にする必要が無いことだ。本当はバイト休んででも愛といる時間を増やしたいと思っているくらいなのだから。
「じゃぁ、また明日」
「うん、また明日ね」
階段の下から愛がしっかり自分の家に帰るのを見送った後、自分の家に戻ろうとしたところで扉が開く音がした。振り向くと同時に愛の声が俺を呼ぶ。
「陽向!」
「?」
「ご飯食べてかない?」
理由は分からないがありがたい申し出に、俺は笑顔になって階段を上がって行ったのだった。
「お邪魔します」
「上がって上がって!」
「いらっしゃい陽向くん」
「どうしたんですか、急に夕飯なんて……」
「今日パパの誕生日だからすき焼きなんだって! だから陽向くんもどうぞって!」
「えっそんな……それ俺いていいの?」
「いいのよ、愛と陽向くんは兄妹みたいなものじゃない」
ニコニコと弥生さんが笑う。主役たる健一さんはまだ帰ってきてないようだ。
「ケーキも3人じゃ食べきれないし、ね!」
そう言われて俺は、頭の片隅でいいのかななんて考えながらも、愛と一緒に弥生さんの手伝いをするに至ったのだった。
少しして、健一さんが帰ってきた。
「ただい……ん? 誰の靴だ?」
「おかえりパパ。陽向呼んだの」
「すみません、お邪魔してます」
「あぁ陽向くんか。構わないよ」
健一さんは笑っているが、俺の事を警戒していることは知っている。弥生さんが言った通り俺と愛は物心が着く前から一緒で、兄妹のように育ってきた……が、健一さんにとっての愛は世界一可愛い一人娘。愛と書いて「あい」ではなく「まな」と読むのも、「愛娘」から来ている命名だと以前聞いたことがあるくらいだ。そんな可愛い娘が、幼馴染にとはいえ狙われてるなんて気が気じゃないに決まってる。まぁ早い話バレてるのだ、俺の恋心は。
「陽向には今日と明日付き合ってもらうお礼もあるしね」
「気にしなくていいのに」
笑って言ったが、健一さんが動揺してるぞ愛。まぁ、もちろんわざとバスケの特訓とは言わなかったんだろうけど。俺としても反応が面白いので教えるつもりはない。あとで弥生さんが教えるだろう。
「さぁ、みんな座って。お鍋の準備が出来たわよ」
「やった、美味しそう!」
「お誕生日おめでとうございます、パパ」
「おめでとう、パパ!」
「おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう!」
もう結構寒い時期なので、鍋系の料理は美味しい。それにすき焼きなんて何年か前姉ちゃんが正月に帰省した時以来で、殊更美味しい。
「いっぱい食べてね陽向! ほっそいんだから!」
「これは食べてない訳じゃなくて体質で……」
「羨ましい分けてよ! その体質!」
「愛は自己制限できるんだからいいじゃんか」
そんなことを話しながら、賑やかな夕飯の時間は過ぎていったのだった。
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