84限目 俺の速度は凄まじく

「では、1年A組! お疲れ様でした! 乾杯!」

「カンパーイ!」

 1A全35人中、打ち上げには30人が集まった。いない5人はまぁお察しである。樋口くんは行きたがらなかったが、そんなの絡むようになった面子が許さなかった。ちなみにクラスメイトで訪れたのは食べ放題がある焼肉屋だ。

「いやー良かった良かった! 競技の優勝はなかったけど何事もなく終わったし!」

「球技は結城が倒れるとか遠藤の妨害とか色々あったもんなー」

「それに関しては申し訳ないと思ってるよ……」

「あの熱中症はもはや不可抗力だろ」

「それにしても応援よ! 凄かったな串田と結城!」

「そりゃまぁ、イケメンと男子校の姫だし?」

「誰が姫だよ。ここ男子校じゃねぇし」

 むっとして串田くんが答えるが、その顔すらも可愛くて苦笑してしまった。これで受けを狙っていないのだから末恐ろしい。

「にしてもびっくりした。遠藤、あんなに球技大会とかで負けてブチ切れてんだから運動得意なのかと思ったらまさかの足の遅さだったな」

「周囲もよくそれでアンカー許したよな……」

「支配されてんだろうなぁ」

 皆でケラケラと肉を焼きながら笑う。いい匂いだ。焼肉なんていつぶりだか分からない。

「ねーカルビ足りる? もう一皿いっとく?」

「頼め頼め、どうせ食べ放題だし!」

「なー俺タン塩欲しい」

「野菜盛り合わせも頼もう」

 わいわいと各々好きなものを焼いて食べる。俺も肉は普通に好きなので遠慮なく食べさせてもらっている。

「誰か一緒に肉増しビビンバ食わん?」

「焼肉に来てビビンバはなんかもったいない気がする」

「たむたむ俺も食いたいから分けよ」

「おっけーサンキュ嵐山」

「たむたむパネル持ってるついでにもやしナムル頼んで」

「カクテキもー」

 全員が運動部とかでは無いが、高校一年生の食べ盛りが人クラス分ともなると、次から次へと肉やら何やら運ばれてくる。店員さんたちは大忙しの様子だ。当たり前だが。

 ちなみに、30人が一気に座れるテーブル席などもちろんないため、宴会の時に使うような座敷の部屋を使わせてもらっている。大変有能な学級委員長が予約してくれていたらしい。今この場でも、一人一人に話を振ってくれている。などと考えていたら俺の方にも来てくれた。肉食べなよ。

「結城くん」

「ん?」

「最近どうだ? イメチェンしてから彼女たちは」

「あぁ……不気味なくらい大人しいよ。毎朝待ってるのは変わらないけど」

「嵐の前の静けさのようだな……」

「不穏なこと言わないで欲しいな」

 苦笑しながらオレンジジュースを飲み干すと、ひょいっとコップが上から奪われた。見ると佐々木が自分のコップと俺のコップ、もう一つ空のコップを持っている。

「ドリンクバーたむたむのも頼まれたからついでに行ってくるわ。何がいい?」

「ありがとう。じゃー烏龍茶」

「はいよ」

 佐々木は部屋の襖を開けて出ていった。部屋の中は暑いから飲み物をとってきてくれるのはありがたい。

「まぁ何だ、俺に出来ることはあまりないとは思うけど、大変だったら頼ってくれ。なにか対策くらいは立てられるかもしれない」

「それなら遠慮なく頼るよ。できるだけ巻き込みたくないけど、俺一人じゃ限度があるし」

 そうしてくれ、と橋本くんは笑って別の人に話しかけに行った。たしかに、橋本くんにそういうことを相談したことは無かった。陰キャのフリをしていたから、というのもあるし、それ以上に多分言っても解決しないと思ったからだ。……だが相談しておけば、席替えの時とかに気を使ってくれていたかもしれない。早く話しておけば良かったなと思いながら肉を食べる。美味しい。明日の夕飯肉にしようかな。生姜焼きとか。

「結城ーたむたむー飲みもん持ってきたぞ」

「お、サンキュ」

「ありがとう佐々木」

 佐々木から飲み物を受け取り

 そんなことを考えていたら、唐突にスマホが鳴り出した。見ると、愛という表示。ここだと騒がしいから一旦店の外に出ようと思って、箸を置いて立ち上がろうとした瞬間、佐々木に画面を見られた。

「えっ!?」

「!!」

「結城その電話片思いの幼もがっ!?」

 俺が思うより俺の速度は凄まじく、再び箸を取り皿に置いてあった肉を掴んで佐々木の口にねじ込むように突っ込んだ。まぁ、ほとんど聞こえてしまっていたようで結構な目が俺に向いていたのだが。

「結城好きな子いんの!?」

「5人のうちの誰!?」

 なんであの中にいると思われているのか甚だ疑問だが、そんな問いを無視して俺は外に出た。早くしないと切られてしまいそうだが、何とかその前に電話に出られた。

「もっ、もしもし?」

『あ、やっと出た。陽向どう? 楽しんでる?』

「うん、凄く」

『そっか! 良かった! あ、それでそう、こっちも1週間後球技大会でさー……私じゃんけん負けてバスケになっちゃって』

「お、おお……」

『……練習付き合ってくれない? 陽向がバイト終わった後でいいからさ、土日!』

 思わず笑ってしまった。仕方ない、付き合ってやろう。

「わかった、付き合うよ」

『やった、ありがと!』

 電話を切り、戻ろうと焼肉屋の入口の方に振り向く、と。

「あっ」

「やべっ!」

「おーまーえーらーさー!!」

 バッチリ男子陣に聞かれていた。

「つかさっき付き合うって言ったよな!? 言ったよな!? 告白されたんか!? 告白されたんか!!?」

「違ッ……バスケの練習の話だよ! 球技大会てバスケになったって言うから!」

「何だつまらん」

「つかメンヘラもう諦めてそうだしいい加減告れよ」

 そんなことを話しながら、俺たちは元いた部屋に戻った。戻ったらそれはそれで聞き耳を立てに来なかったメンバーから色々聞かれたが、俺は断固として告白をされたという疑惑も告白をしたという疑惑も否定したのだった。


 ワイワイと騒いで、いつの間にか時間は7時を回り、食べ放題の時間は終わりを迎えた。元が取れたかは分からないが、まぁそんなこと気にしたら負けだ。それに楽しかったのだから、食べた肉や野菜の値段なんかどうだっていい。

「ではみんな、会計の時間だ。えー、1人の値段が……」

 橋本くんがスマホの電卓で計算しながらクラスメイトに伝える。細かい金がない人は他の人とお金のやり取りをして両替したり少し借りたりして、暫く。橋本くんはお金の計算を終えたようで、ニッと笑った。

「ピッタリだ。では払ってくる」

「おー」

「良かった良かった」

 橋本くんが会計に向かっている間に、俺たちは荷物をまとめるなり何なりして、いつでも帰れる準備をする。俺たちが全員座敷から上がって靴を履き終えたタイミングで、橋本くんが戻ってきた。

「ほい橋本、荷物」

「あぁ、ありがとう渡辺くん」

 みんなで店員さんに、ご馳走様でしたと挨拶をして店から出る。この季節のこの時間は、さすがに風が吹くと身が震える。

「うおー、寒っ」

「もう来週の木曜で10月も終わりだもんなー」

「……ってことは1ヶ月後俺たちは後期中間テストか」

「心配が早い」

 ケラケラとみんな笑ってしまう。まぁ、笑っているのはテスト結果を笑えないメンバーばかりだし、俺もそのうちの一人なのだけど。

「さて、では改めて、みんな体育祭お疲れ様だ! また月曜日、学校で会おう!」

「お疲れ様でした!」

 橋本くんの声にみんなで答え、それぞれ俺たちは帰路に着いた。俺は帰り道が同じ面子と、ずっと笑っていたのだった。

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