82限目 お買い上げしてない

 ──翌日、体育祭2日目。今日の午後3時から俺がアンカーで出場することになってしまっているリレーだ。


 昨日のファミレスで話したことを、夜、愛に話した。愛もそれは盲点だったようで、なるほどね!とちょっと興奮気味に話していた。愛には、どういう経緯でメンヘラに懐かれたと言う話はしていない。話したくないとかでなく、ただ当時は同じ学校に通っていたために、こういう経緯で仲良くなった、みたいな話はしなかったのだ。クラスは別なことが多かったとはいえ、友達と仲良くなった経緯なんて別に知る必要はない。

 愛はその話に納得したあと、「じゃぁこれからは変に話しかけなければ解決だね!」と言われた。非常にポジティブで、ありがたいような呑気なような。


 さておく、今日も暑い。


 墨田さんと甲斐田さんは、午前の第二試合である3年生との勝負で敗れた。だがそこまで行けただけでもかなり凄いと思う。2人は悔しそうではあったが楽しかったようで、甲斐田さんに至っては「来年も墨田ちゃんと出る! そんで次は優勝!」と気合を入れていた。来年の話とは気が早いし、墨田さんと同じクラスになれるかは分からないのに……と、皆思っていたがそれを言うのは野暮だからか、言う人はいなかった。

 他のクラスの応援を見に行っていたクラスメイトたちは、F組のことを報告していた。やはりFはあまりやる気がないらしい。いくつかは2日目の今日まで勝ち残っていたようだが、それも見に行った試合で負けたそうだ。リレーに力を入れている、という説の裏付けになった。


 もう勝ち残っている競技がないクラスが好き勝手に移動している。俺やたむたむたちも、B組面子のところに行くことにした。光谷くんやよっちーも、2日目の1回戦で負けてしまったらしい。

「よーっす」

「おーたむたむ! 佐々木! 馬渕! それとイメチェン果たしてから話せてなかった結城じゃん!」

「おーこの顔この顔。間違いなく2中で話題になってた結城陽向だわ」

「その話題っていい話題?」

「悪い話題」

「知ってた」

「モブ顔よりいいだろが! 我儘言うな!」

「カッター持ってる女に何かされかけてるって話題が嫌なの我儘かなぁ!?」

 ただでさえ騒がしいB組の陽キャ組周辺がさらに騒がしくなり、女子たちは煩わしそうな顔で別の教室へ向かっていった。なんか済まない……と思っている俺の横で、友人たちは気にせず会話を続ける。

「つかお前ら暇なん? 競技何出たんだっけ? 応援行った記憶ねぇけど」

「競技はまだ。俺たち4人でリレーだから、まだあと少し暇だな」

「リレーか! じゃぁ応援はできねぇな!」

 ケラケラとみんなが笑う。そりゃそうだし、自クラスを裏切ってこっちを応援されても反応に困る。


 その後も雑談を続けているうちに時間はすぎ、昼休みも終わって、ここからは各競技の試合も最終戦。バレーは3Hと2A、バスケは3Aと3C、バドミントンは2Fと1G、テニスは3Eと2Hの決勝戦が開催される。

 俺たちは特に目的もなかったが教室にいるのも暇だったので、適当に開催されている試合を見に行くことになった。最初に見に行ったのは、特に接点は無いが同じ1年ということでバドミントンだ。

「おー……すげー、スマッシュ。あっち1年コートだよな?」

「あの試合にいるの、町田じゃね?」

「町田?」

「五中学区では有名人だったんだよあいつ。3年の時県大会6位だったかな」

「へぇ」

「……もう1人はあんま動けてないってことは、ここまでその人のワンオペか?」

「かもなー」

 その後も町田さんという女子のワンオペ試合は続いたが、さすがに決勝まで来てもワンオペでは手が回らなかったのか、最終的には試合に負けていた。相当な負けず嫌いなのか、学校の催しだと言うのに泣いていて、対戦相手の2年生は苦笑していた。俺はバドミントンなんて詳しくもなんともないけど、県大会6位が勝てなかったということは余程組んでいた相手が悪かったか、2年生の方もバドミントンの結構な経験者なのだろう。その後、試合相手の2年生が町田さんのところに行って何か話している様子を見ると、同じ部活の先輩後輩なのかもしれない。

「他の見に行くか」

「まだやってっかね?」

「バスケとバレーはもうちょい長く時間が取られてるはず」

「行くか」

 小体育館から大体育館へ行くと、試合はどちらも最終決戦というような雰囲気……というか当たり前なんだけど、特に女子のバスケ試合が全員必死の表情すぎる。応援というかもうほぼ怒声だ。

「拾えっつってんだよ遠藤!!」

「そんなんだからフラれてんだよ!!」

 そんな女子たちの声を聞いてる男子陣はドン引きだ。応援……もとい怒声が凄いのは3Cのようだが、3C女子の間で何があったというのか。

「……どういう状況あれ?」

「あー、何かあの遠藤さんっていう女子の先輩、やばい人らしいんだよね。あ、ほら。結城に目つけてたF組の遠藤いるっしょ? あいつの姉だよあの人」

「え、遠藤って姉がいたんだ」

 俺は勿論遠藤のことは苦手だが、姉持ちと言うだけでなんだか親近感が湧いてしまった。年齢差は大きく違うから共感し合える部分とかはないだろうけど。

「そんで弟に負けず劣らずヤベー人でさぁ。まぁベクトルは違うんだけど……一言で言うなら、結城が嫌いなやつ」

「なるほど理解」

「でもさ、メンヘラって一口に言っても様々だろ? どういうタイプなん?」

「んー……」

 遠藤姉のことを知ってる、と言い出した藤井くんは少し考えたあと、慎重に口を開いた。

「なんてゆうか……暴力的なタイプでは無いんだけど、人目は絶対気にしない」

「人目気にしないのはメンヘラ共通事項だけど……」

「そ、そうか……なんかすまん……一言でどうこうとは言えないんだけど……あ、そうだ。例えばテレビに嫌いな人間が出たら、チャンネル変えるとかじゃなくてテレビをパシパシ叩くらしい」

「……何で?」

「聞いたところによると、『壊れたと思った』だと」

「……」

 どうしたもんか、まるで理解できない……とでも思ったか。俺は悲しいことに変人慣れしているので、どういう考えに沿ってその結論に至ったのか理解出来てしまう。

「……自分を最優先で考えて他のことにはまるで目が向かないから、自分が好きで見ているテレビは自分が嫌いな人は出ないはず……壊れたから直さなきゃ、テレビは叩けば直る、で合ってる?」

「さすがメンヘラのトリセツ」

 正解してしまった。こんなところで正解するのにどうして数学は赤点だったんだよ俺……。あと俺は取扱説明書ではない。メンヘラ5人は色とりどりで一点物だが返品返却したい。いやそもそもお買い上げしてない。

「世界の中心は自分なんだな……」

「そうだな。……メンヘラって言うか、どっちかと言うと統合失調症って言うの? それが近いかもな」

「てか何で藤井詳しいの」

「遠藤同中だから、同じ中学のやつから色々情報来るんだよね。そんで、彼氏は何とか出来たみたいだけどあの応援の様子じゃフラれたっぽいな。クラスでもいじめられてるんじゃねぇの?」

 なんであんな応援なんだろう、と軽く考えていたが思ったより根深い問題だった……。

「まぁ結城気をつけろよ」

「……3年相手に?」

「また遠藤に目をつけられたら、今度はその姉ちゃんけしかけられるかもしれん」

「…………いやいやいや、まさかぁ……」

 ……今の台詞はフラグだったかもしれない。

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