81限目 もうアンサーだ

 来るのが遅かったことに甲斐田さんに色々と文句を言われながらも──墨田さんには普通にお礼を言われたが──、バドミントンの試合は始まった。元々バドミントン部の甲斐田さんはもちろん、見た目は完全に文学少女でありながらも中身は意外と活発な性格の墨田さんも張り切っており、今日はお下げでなく一つ縛りだ。

 対して相手の1Fは……あまりやる気がない様子。応援席の方ではあの遠藤が、つまらなそうにコートを眺めていた。球技大会で試合後失格負けしたせいであれだけ糾弾されただろうに、何事も無かったかのように中心にいるメンタル、どうなっているんだ。

 Fは運動部もそれなりに多いのに、応援の方もローテンションだ。こんな試合に出されてる女子二人が可哀想でならない。これでは張り切ってる甲斐田さんと墨田さんのやる気も空回りしそうだ。

「相手全然応援してねぇな」

「捨て試合なんじゃないか?」

「どゆこと?」

「Fだし全試合勝ちに来るかと思った」

「学年合同だからある程度諦めがあるんだと思う。戦力平等に分けるんじゃなく、一点集中させてるとか」

「……Fがそうするってことは……集中競技は……」

「まぁ……十中八九リレーだろ」

 嫌すぎるな、と馬渕が零す。同感だ。

 球技大会の後、誰が言ってたのか知らないが、遠藤は球技大会ではサッカーに出て、部活は陸上部だと、風の噂みたいな程度だが知った。つまりは手より足を動かす方が得意なのだろう。ちなみにサッカーは優勝してない。これは遠藤の暴力云々ではなく単純に戦力不足だったのだろう、1回戦で敗退していたし。

 そんなことを考えている間にも試合は進み、想定通り、点数に大差をつけてA組が勝った。

「つまんないんだけど!!」

「俺らに言われても……」

 甲斐田さんはめちゃくちゃ不満そうな顔をしてコートから戻ってきた。張り切ったのに相手があれでは仕方ないとは思うが、俺たちがその不満のはけ口にされる筋合いはない。

「まーいいじゃん、次の試合で頑張れば」

「次の試合は……」

 そう言いながら試合予定表を出したのは橋本くんだ。1回戦で勝つと、次の2回戦はシード枠の相手との戦いになる。となると次は3年相手のはずだが、クラスは……。

「……3Aだ」

「お、A組対決だな!」

「みなさーん、次の試合が始まるので移動をお願いします」

 運営委員会に促され、クラスメイトはとりあえず教室に戻り、各々見たい試合を見に行くことにしたのだった。




 試合を見に行ったり、自分のクラスの応援に行ったりと自由に過ごし、今日は終わった。A組はあの後、テニスは2回戦で負けたり、シード枠で出たバスケでそのまま3Gに負けたりして、今のところ残ってるのはバドミントンだけだ。学年闇鍋でバドミントンが残っているのはすごい、と言うべきかもしれない。

「甲斐田すげーな!」

「当たり前だろ」

 ふん、と甲斐田さんは誇らしげだ。

 一応、控えのメンバーを出すために2回戦と3回戦で1度ずつ名倉さんと伊藤さんが出たが、2人はバドミントンなんてできない様子で、仕方なく一緒に出ていた甲斐田さんのワンオペみたいな

ことになっていた。勝った今は機嫌がいいが、試合中は明らかにイラついていた。まぁ、1回出したからにはもう出す必要は無いし、あとは墨田さんといいプレーができるだろう。そんなことを考えていると、突然たむたむが声をかけてきた。

「おーい結城、放課後空いてる?」

「今日と明日部活ないし空いてる。なんかあった?」

「佐々木の鞄からファミレスの割引券出てきたから行かね?」

「10日前にチラシに入ってたの取っといたのが出てきたわ。発掘調査された」

「鞄の掃除できない人じゃん」

 ……てゆうかなんでみんなで佐々木の鞄の中を見てるんだろうか……。

「で? 行く?」

「行く」

「おけ。樋口はー?」

「な、な……何で僕……?」

「もう仲間みたいなもんだろ」

 そう言うたむたむに、俺はもちろん佐々木も馬渕も反対する理由はない。元々はメンヘラに囲まれた俺(の運)が悪かったのを、見かねて助けてくれた平塚さんに対する嫌がらせを解決できたのはほとんど樋口くんの功績だ。それに割と長いことこの3人と行動してるのだから、たむたむたちは陰キャだから、陽キャだからで区別したり見下したりする人達では無いことはわかってる。

「ま、まぁ……みんながいいなら……?」

「おし、決定な」

 こうして俺たちは、俺が伊藤さんと付き合うことになってしまった時以来の5人でファミレスに行くことになったのだった。……以来と言ってもかなり直近の過去だが。




「ところでなんで2人は佐々木の鞄見てたの」

「チラ見した佐々木の鞄の中が汚すぎたから掃除してた」

「勝手に見やがって」

「それは元々整理してない佐々木が悪い」

「何よ! 結城まで!」

「お前ちょくちょくオネエになるのなんなの?」

 駄弁りながらみんなでポテトを食べる。ファストフード店のしなしなになってるものも美味しいが、俺は基本的にカリカリしているもの派だ。割引券の内容は、ドリンクバーの他は今食べているポテトやデザート……まぁサイドメニューが基本で、メインになるものはないが、あるものは使ってしまおうという話になって、メインではなくサイドメニューが夕飯代わりになりそうだ。

「そういや結城はあれ以来どうなの、メンヘラ」

「ん? あー……割と大人しいよ」

「良かったじゃん。ぶっちゃけ髪上げろよって一か八かの提案だったからどうなるかと思ってたけど」

「多分寄りつけないんだと思う」

「なんで?」

「……俺がメンヘラに懐かれてたのってさ、友達少なかったからなんだよね」

 それから俺は、アニメを見る機会がなく、小中学校の時代は人の話についていけなかった時期があると明かした。高校生になった今、正直あまりアニメを見てるとか見てないとか、その辺は話題には関係がなくなってきている。テレビの話はするとしても、それもこの歳になるとアニメの話はしない。樋口くんをディスってる訳では無い。

「ほーん、それで1人の時もあったからメンヘラに住み着かれた、と。それじゃぁ今俺たちとしょっちゅう一緒にいるんじゃ寄りつけねぇわな」

「そういうこと」

「……思ったんでつけども」

 ジュースを飲んでいた樋口くんがぼそっと口に出す。俺たちは次にくる言葉を黙って待った。

「結城氏もメンヘラの素質があったのでは……?」

「……………………へ?」

 ん?え……ん?は!?

「ひ、樋口くんいきなり何を……」

「あーいや、ほら、類友って言葉あるじゃん? あれって個人的に、類が友を呼んでるって言うか友が類になってる感もあるよなーと思って」

「それは否めないけど……」

「でも結局はその素質がないと類にはならないというわけで……結城氏に限って言うなら、結城氏にメンヘラの素質があるから……最初に会ったのは実川さんだっけ? まぁ、同じくメンヘラ要素のある実川さんが寄ってきたんじゃないかなって」

「じ、実川さんは最初から──」

 ここまで言いかけて詰まった。いや、どうなんだ?割と最初は普通の子じゃなかったか?良木さんもどうだ?おかしくなったのは俺が「音の響きは綺麗なんじゃない」とか口にした時からじゃないか?伊藤さん……は元からリスカ常習犯だから置いておこう。恩塚さん……も俺が声をかけたのが始まりだった気がする。

 …………あれ?

「結城、固まっちゃったけど大丈夫か?」

「……気づいちまったようだな」

「そうだなー。俺たちは最初からなんとなーくそうなんじゃねぇかと思ってたけど」

 そう言う3人の方を見ると、どこかこう、知ってた、みたいな目をしている。これはもうアンサーだ。


 そう、メンヘラが俺に寄ってきてるのではなく、俺が彼女たちをメンヘラにしてしまったのではないかという、疑念の。

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