思いっきり楽しめ! 体育祭

79限目 不穏な視線を浴びながら

 案外メンヘラたちはなにかアクションを起こすということはなく──朝の待ち伏せはもう諦めるとして──、木曜日のLHR、クラスは盛り上がりを見せていた。今日は、来週に迫った体育祭の出場競技を決める日だ。俺は適当にバレーとかでいいかな、と思っていたのだが、そんなことは俺と普通に話すようになった他のクラスメイトが許さなかった。

「お前はリレー出場だ!」

「なんで!?」

「顔がいいからだ!」

「そんな理由で!?」

 正直、バスケから離れてもう1年経っている今、足の速さに自信なんてない。それなのに顔がいいからってだけでリレー出場は嫌すぎる。もっとも、聞いた話によると3年生のアンカーは毎回必ず全身タイツだったり被り物だったり着ぐるみパジャマだったりとコスプレしてきて、もはやリレーの見所はどのクラスが勝つかよりも誰がいちばん面白い格好をしているかになっているようだが。それでも俺たちはまだ1年生で、仮装大会する訳では無いのだ。

「俺別に足早くないんだけどぉ」

「なんかよっちーが言ってたけど、よっちーの兄ちゃんが1年生と2年生のリレーはどのクラスがいちばん黄色い声援を浴びれるかの勝負だって……」

「他のクラスの女子が俺を応援するのに賭けてる……?」

「とりあえず水着お揃い四人衆でリレーね」

「いやぁやめて! 結城と顔比べられたくないわ!!」

 佐々木が裏声で女子を止めようとするが、止まる女子ではない。そしてあっさり俺もリレーに組み込まれた。誰がどこを走るかは自分で決めてね、という声と共に。ちなみにリレーは4走がアンカーなので、俺たち4人でピッタリリレーだ。てゆうか流しちゃったけど、水着お揃いで4人セットにされてるの嫌だな。元々俺たち、文化祭でのメイド服都合で集まった4人なのに。

 樋口くんはテニスの補欠になり、女子の方もメンバーを話し合い、俺たちはその間に誰が第何走を務めるか話し合った。

「とりあえずさー、よっちーが言ってることが本当なら結城がアンカーじゃね?」

「よっちーのお兄さんが嘘を言ってる可能性は……!?」

「よっちーの兄ちゃんが嘘つくメリットないだろ」

「うっ……じゃぁジャンケン! ジャンケンで決めよう! 負けた順に後!」

「おっけ、恨みっこなしだぜ」

 たむたむがニヤリと笑って立ち上がるのを合図に、なんとなく俺たちは全員立ち上がった。リレーのアンカーは嫌だという、絶対に負けられない戦いが始まる──!

「最初はグー! じゃんけんぽん!」

 たむたむチョキ、俺パー、馬渕パー、佐々木パー。

「はぁぁぁぁ!?」

「一人勝ちかテメェ!!」

「はーっはっはっは! 俺にジャンケンで勝負をしかけたのが運の尽きだな結城ィ! 俺じゃんけん強いんだぜ!」

「クッソおおおおお」

 というわけで第1走はたむたむに決定。

「じゃんけんぽん!」

 俺チョキ、佐々木チョキ、馬渕グー。

「よっしゃ、1番無難な第2走いただき!」

「あああああああああ!!!」

 やばい、これはやばい。次負けたらアンカー決定だ!しかもじゃんけんで、と言い出したの俺だからアンカーになっても俺だけは文句を言えない!

 スーッと2人で細く息を吸って、吐く。どっちもアンカーは嫌だ。

「──最初はグー! じゃんけんぽん!!」

 佐々木、パー。俺、グー。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「いよっしゃぁぁぁぁぁああ!! なんであのイケメンが3番手で俺がアンカーなのかとか文句言われずに済むぜぇぇええええ!!」

「くっそおおおおおおおおお!!」

「つかお前じゃんけん弱いのになんでじゃんけんで挑んだ」

「自分がここまで弱いとは思ってなかったんだよ!!」

 俺たちがそうこううるさくしているうちに、ほかの競技もメンバーがと女子リレーの順序が決まり、LHRは終わりを迎えた。今日は部活でこれをネタにされるんだろうなぁ……。




 不気味なほどメンヘラが大人しい一週間を過ごし、俺たちは無事に体育祭を迎えた。メンヘラたちが大人しいのは目論見通り、俺が陰キャの真似を辞めて普通になったことで俺の周囲に人が増えたことが原因だろう。もちろん朝のひっつきはあるし、俺の席で昼を食べるのは変わっちゃいないけど、それでも今までに比べればかなり大人しい。まぁ朝に引き連れることになってる点、目立つことに変わりは無いのだがそれはもう諦めたことだ。

 さておく、暑い。見事な程に空は綺麗な青、カラッと晴れて風もなかった。

「あっちぃー」

「明日も暑いってよ」

「マジかよ……」

 クラスメイトとそんな会話を交わしながら、開会式のあった校庭から教室へと戻る。何故なら、1Aはまだ試合のある時間じゃないのだ。1Aの所詮は、女子バトミントンのダブルスだ。対戦相手は2C……そう、体育祭はそこも球技大会と違う。学年という差がなく、1年生から3年生までごちゃまぜの試合になる。もちろんその分試合数も多い。しかし、全学年を合わせると24組あるため、1つの競技につき8組のシード枠が存在する。シード枠は、バドミントンは3年生、テニスが2年生、バスケが1年生、そしてバレーは1年生がB組とG組、2年生がA組とH組、3年生がC組、D組、F組、G組とランダム選出された。つまり1Aがシード枠にいるのはバスケだけだ。

 ちなみに進学校とかでは無いので、別に空いてる時間で勉強しろということも無く、俺たちは教室で自由に過ごしたり、他のクラスの友達の応援に行ったり、なんなら普通に他のクラスに遊びに行ったり自由に過ごしていた。俺はと言えば、メンヘラたちが俺の席を占領してしまったので、馬渕と佐々木と共にたむたむの席に集まっていた。

「暇だしどっか応援行かね?」

「どこ行くん?」

「今3Bがバレーの試合」

「げっ!? 3Bって長島先輩いるから行きたくねぇ」

 そういうのは馬渕。長嶋先輩とは馬渕の部活の先輩だが、1年生をめちゃくちゃいびるので嫌いらしい。何故に3Bかと言うと、たむたむと佐々木の部活の先輩も3Bなのだとか。ちなみに、その先輩はいじられキャラの聖人らしい。もちろん2人とも夏に引退している。

「風間先輩の応援行きてぇよー」

「つか引退してるし気にすんなよ」

「結城はどっか応援したいとこある?」

「え……うーん……」

 そういえば、浅井先輩も武田先輩も、そして坂田先輩も松永先輩もクラスを聞いたことがないことを思い出す。普段基本的に無言で漫画読んだり書いたりするだけだからだ。文化祭の時も、先輩たちの出し物よりも漫研の作業の方が忙しくてどのクラスで何を出すとか何組だとか話さなかったのだ。先輩たちは俺のクラスに来たけど……。……そして、先輩たちが試合に出てるとは到底思えない。もちろん球技大会同様、補欠席はあるけどそれはそれだ。

「俺は別にないかなー……」

「じゃぁやっぱ3B……」

 とたむたむが言いかけたところで、勢いよく教室の扉が開いた。そこに居たのは、嵐山くん、串田くん、渡辺くんのよく一緒にいる三人衆だ。

「おいお前ら! 今テニスの1Bと3Fがすげーことになってるから来いよ!!」

「よっちーがやばいんだマジで!」

 俺たちは顔を合わせ、すぐに笑った。

「見に行くか!」

「よっちー何してんだよ!」

 俺たちは笑いながら教室から出ていき、テニスの試合が行われているコートへ向かった。背中に女子たちの「男子ってバカね」と言いたげな冷たい視線と、メンヘラたちの不穏な視線を浴びながら。

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