77限目 陰キャ失格だ
翌日、熱が下がったので俺はいつも通り起きて制服を着た。……やっぱり風邪とかじゃなくて、ストレスなんだろうな……。昨日は、ぐわっと熱が上がって起きたらすっと下がっていたし。
昨日は結局、愛が良木さんに迷惑だからやめなさいと正統派みたいな説教をして家に帰したらしい。愛に熱があることは教えていなかったが、この件で知ったようだ。
LINEについては、夕方起きた時には1000件を超えていて、陽キャたちのものは見たが伊藤さんのは途中から見ていない。基本的には「ねぇ」「大丈夫?」「返事して」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」「ねぇ」と電話通知だった。ナチュラルに怖い。極たまーにニュースで女に男が刺され死亡……恋愛関係の縺れで……みたいなのを見るが、正直他人事ではない。
学校に向かうと、まぁ校門からはいつも通り。俺は適当に返事をしながら教室に向かった。
昼休み、俺は部活ではなく教室にいた。もちろん俺の席は占拠されている。メンヘラたちに。良木さんもしっかり登校しているのであの時何時間も外にいたのに平気なのだろう。まぁまだそんなにすごく寒いような時間ではなかったけどね。……にしても1人用の机で5人で弁当食べてるの、何度見ても狭そう。
「よっす結城! まだあんま元気そうじゃねぇけどよく寝れたか?」
「ぜんっぜん……」
「促音がつくレベルでか……もしかしてっていうか、やっぱり良木さんの早退と関係あんのか?」
「わぁ馬渕すごいエスパー?」
へら、と俺は引きつった笑みを浮かべた。今日のご飯はまだ食欲がないのでinゼリーだ。ちなみに昨日の夕飯は愛が恵んでくれた。部屋に来られるとやっぱり見られるのが怖いので、前のように買ったものを投げ入れてもらって。今回はちゃんと投げられたものを受け止めた。中身はゼリーとか、あと飲み物とか。冷えピタとかは前貰ったものがあったので頼まなかったのだ。
愛自身は、ちゃんとそっちの家に行って看病をしたいと言っていたのだが、断った。良木さんは帰ったとして、他のメンツが見てないなんて保証はない。……それに愛が看病とか、それはそれで熱が上がりそうだ。緊張で余計眠れなくなりそうだし。
「まぁそれも……良木さんもこう、やばかったんだけど……それよりコレ見てよ」
俺はスマホをいじって、昨日の伊藤さんとの画面を見せた。全員の顔が引きつった。スタンプのスの字もない、メンヘラ大爆発みたいな画面は何度観ても気が滅入る。
「やっば……」
「お前……熱の原因こういうのじゃね……?」
「そうかもな……」
「大丈夫かぁ? 来週体育祭じゃん」
そうだった、と思いながらクラスの後ろの方の予定表を見る。そう、来週は体育祭。5月にあるのは球技大会、そして今回は体育祭。どう違うかと言うと……余り変わらない。ちょっと競技が変わるくらいらしい。女子はバスケとバドミントン、男子はバレーとテニス。なんで競技が少ないのかと言うと、体育祭のメインイベントはそういう競技ではなく、男女、そして学年別クラス対抗リレーのためだ。それが来週の木曜日と金曜日で行われる。
「木曜のLHR、その競技に出る人決めるってよ」
「参加したくない……」
はぁ、と溜息をはき出す。気温も下がってきたがそれはそれ、それに5月に俺が倒れた理由をメンヘラたちは、誰1人自分が悪いと思っている様子はなかった。今度は何が起こるか、考えるだけで胃が痛いのに、メンヘラは俺の想定なんて簡単に超えてくる。
「……あ、あのさー結城?」
たむたむが、言いづらいんだけどと前置きしてからまっすぐ俺を見てきた。
「提案なんだけど、髪はもう地毛登録してないから黒染めで仕方ないとしてさ……メガネ外して髪型戻したら?」
「はっ……はぁ!? なんで!? 何に対する提案!?」
「いや違っ……くはないけど違う!」
「どっちだよ」
「俺の声に耳を傾けてくれよ!」
たむたむはなんか絶望の縁に立たされたような声を出した。そんな某死に戻り系異世界生活の主人公みたいに必死な声出さなくても聞いているが……。
「とにかく! むしろお前の周囲にいるやつを別のやつにしたらいいんじゃないかと言ってる!」
「……どういうこと?」
「ハハーン、俺にはわかったぜたむたむの言いたいこと。……つまり、たむたむはこう言いたいわけだな?」
佐々木はドヤ顔で口を開いた。
「結城を人気者にして、メンヘラから遠ざけよう、と」
「そういうこと! さっすが佐々木だ、次は赤点回避できそうだな!」
「ははは! 頭の良さと勉強ができるのは関係ないんだぜ!」
「明るく悲しいこと言うなよ。……そういうことなら俺は賛成かな。まぁ、結城次第だけど」
「……」
こんな見た目しているのは、目立ちなくなかったからだ。陰キャのフリして、友達作らないようにしていればもう誰も寄ってこない。もう面倒くさいことなんて起こらないと本気で思っていた。今までメンヘラがよってきた原因は、俺が友達の話題に乗り切れず、寂しいと思っているところを無防備を見せてしまったからだ。実際流行ってるゲームやアニメの話ができないのは寂しかったし、そこに自分からは俺に話しかけられないメンヘラに、俺から声をかけてしまったのだから食いつかれるのは当たり前だ。だから、1人でいればもう面倒なことなんて起こらないんだと。
……それが蓋を開ければあら不思議、天文学的数値みたいな確率で釣ったメンヘラが集合してる上にこんなに見た目変えたので一撃で看破された。結城陽向なんてそんな、県内唯一みたいな名前でもないだろうに。メンヘラ怖い。
いやまぁそれはいい。とにもかくにも、目立たないという目的は果たせなかったわけだ。同学年どころか学校中の噂になった挙句、俺は悪くないのに生徒指導と風紀委員会のお世話になるという悪目立ち連発という始末だ。
──それならば、そうだ。もうこんな見た目している理由もない。
「結城?」
俺はそっと伊達メガネを外し、長い前髪を掻き上げた。
「お、おい?」
「どうしたんだよ、イケメン」
「もういいかなって」
陰キャとは友達になったけど、陰キャのフリは出来なかった。陽キャと連むのが楽しくなって、なんだかんだ充実した夏休みをすごして、球技大会でもバスケが楽しくて仕方なかった。クラスの隅で大人しく本を読んでるなんて、頭の悪い俺には向いてないってことは、最初から分かっていたんだけど。俺が思うより、俺は人が好きらしい。あぁもちろん、メンヘラ女と菊城さんは除いて。
元隣の樋口くんも、佐々木も、たむたむも、馬渕も橋本くんも、もちろん。今の隣で色々と世話になった平塚さんも。それに部活の先輩たちのことも、バイト先の人達も、常連で少し仲良くなったお客さんも。小中の時の友達も……もちろん、姉ちゃんも、母さんも──そして何より、愛のことも。両手の指を使ってもカウントしきれないけれど、とにかく俺は人と話すのが好きで、厭世家にもなれないし、異世界に思いを馳せるのも出来ないし、暗い部屋で自殺とかとんでもない。
視界が広い。もう拘る必要なんてないんだと吹っ切れてしまえば早いもんだ。結構眼鏡も気に入ってたけど、まぁ安物だしどうでもいいか。
「はー……誰かヘアピンとか持ってない?」
「待ってるようなメンツに見えるか?」
呆れたようにたむたむが言う。持ってないなんて分かっていたけどね。
「いいのか?」
「いいよ、こんな格好してても仕方ないってわかったし」
もう、いっその事目立ってしまえ。他のクラスにもたくさん友達作って、イケメン目的の女の間でも噂になってしまえ。それでメンヘラが100%剥がれるなんて思ってないけど、この方が俺としても楽だ。
あぁ、ほんとに……陰キャ失格だ。
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