73限目 だけのつもりだった

 翌日……分かっていたけど鬼の形相な4人と、にっこにこ笑顔の伊藤さん。今日もぎゅっと腕を組まれた……が、それを恩塚さんが力技で引き剥がした。折れる折れる、俺の腕が折れる。

「どういうこと?」

「どう……と言われても……」

「陽向くん、なんで伊藤さんなの……? 文化祭で包丁持ち出した人だよ……?」

 実川さんが泣きそうな声で言う。だからこそというか……俺の身の安全を考えるとこれが最適だったというか……これしかなかったと……いうか……などと考えていると予鈴が鳴った。まずい、時間がないので、話なら後で聞くからと言って俺たちは急いで教室へ向かった。


 昼休みになり、逃してもらえる訳もなく俺はメンヘラに囲まれた。

「いや、うん、正直何を言いたいのかは分かってるつもりなんだ……一応話しておくと……告白は俺からした訳じゃない」

「私からして、OKしてくれたんだもんね?」

 その通りだけど言うのをやめてくれ……伝え方というものがある……伊藤さんからすれば邪魔な羽虫を追い払うために虫除けスプレーを撒いてる程度の感覚なんだろうけど……。

「なんでOKしたの?」

 それは刃物を出されそうだったから……が真実なのだが、それを馬鹿正直に言うほど俺は命知らずじゃない。しばらく──と言っても俺の中のしばらくであり現実では数秒だったのだろうけど──考えた末に、何とか無難な答えを紡ごうと口を開いた瞬間、バチンッという音が響いた。何事かと思い驚いて顔を上げると、どうやら恩塚さんが伊藤さんを叩いたらしい。俺は思わず立ち上がって伊藤さんの肩に手を置いた。

「おっ……恩塚さん何して……! 伊藤さん大丈夫!?」

「う、うん、大丈夫……」

 伊藤さんの白い肌の左頬が真っ赤に染っている。凄い音したし、これはかなり痛そう……。普段助けてくれる平塚さんはどうやら別のクラスの友達と昼を食べているらしくいない。ちょっと恨んでしまいそうだ。

 音は結構響いたらしく、佐々木の席に集まってる陽キャたちも他のクラスメイトもびっくりしてこっちを見ていた。

「お、恩塚さんほんとに……手を出すのはやめよう、何があったとしてもやめよう! 喧嘩は手を出した方が絶対的に悪いから!」

「じゃぁ何よ、私が狙ってた陽向くんに手を出したその女は悪くないわけ?」

「そういう意味じゃ……とにかく暴力はダメ! 絶対!」

 麻薬禁止のポスターみたいな言い方をしてしまったと、半分現実逃避みたいなことを考えた。結構大声で俺が焦っていたからか、見かねたらしい陽キャたちが来てくれた。ありがとう友達。

「はいはいストップ。これ以上行くとマジで乱闘騒ぎになるだろ」

「臨海学校からお前らちょっとタガが外れてるって。もうちょい穏やかな学校生活送ろうぜ? もうすぐで後期も始まるし、な?」

 ジト目でメンヘラたちは俺たちを見ている。タガが外れている自覚もなさそうな彼女たちは、陽キャオーラに負けじと言い返した。

「だから何? あんたらが穏やかに過ごしたいだけで私たちには関係ないでしょ!?」

「いや教室内の空気悪い中で俺たちも過ごしたくないし……」

「あんたらの都合なんてどうでもいいから!!」

 反論する恩塚さんと良木さんの目には、じわりと涙が浮かんでいる。ここで泣かれるのはマジで困るんだが……てゆうか泣きたいのは俺の方だ。などと思っているうちに、泣き出してしまった。もうホントこれ、どうすりゃいいんだ俺は。正論で畳み掛けるのは悪手だ。とはいえ慰めるとしてなんて言えばいいのか分からない。俺に言えるのは、一体どこまで自己中心的なんだ、という一言のみ。

 はぁ、と溜息を吐き出した。

「…………面倒くさいな……」

 ………………溜息を吐き出した、だけのつもりだったが、無意識のうちに本心がポロッと漏れてしまったらしい。ふざけんなよ、口。俺が己の失言に気がついた時にはもう遅い。俺を中心にした空気は凍りついて、泣いていた2人は早めに解凍されたのか、俺たちが解凍された時にはワンワンと大泣きを始めてしまった。

「ちょっ……結城! それは今言うのは……!」

「いやごめん、つい……」

「ええと、なんだ!? こういう時どうするのが正解!?」

 佐々木がワタワタしていると、一体誰が呼んだのか林先生が教室に来た。俺たちの状況を見て、慌てて駆け寄ってくる。

「あらあら……どうしたんですかぁ皆さん……」

 先生も「またここ周辺か」みたいな顔をしているな……ほんとすみません何度も何度も……。とりあえず泣いてる2人と傍観3人は俺から説明するからと言って黙らせ、俺から先生に事情説明した。先生は悩み顔だ。まぁ当たり前なんだが……。

「……事情はわかりましたぁ。……ええとその、申し上げにくいのですがぁ……こういった事情に教師はあまり口出しをできず……ただですね、貴方がた女子生徒5人の皆さんは、入学以来幾度となく結城さんを中心に問題行動を起こしているため、1年次の教師の間でも議題に上がっておりましてぇ……」

 職員室での会議内容に上がるほどの問題時具合なのか……まぁそうだよな、まずもって見た目が異質、それに加えて俺が倒れたり殴りあったり包丁持ち出したり、挙句関係ない生徒にまでストーカー未遂が起こっている状態では、議題にも上がるだろう……なんて言うか全先生方に申し訳ない。いや何度も言うように俺は何もしてないんだが……。

「そこでなのですが、実は……このまま問題が続くようでしたら貴方がた5人と結城さんの保護者を呼ぶことになりますぅ」

 なんで俺まで!?……本当にどうして俺まで!?

「それでなお問題行動が起こるようでしたら、年度の途中ですがクラス替えの可能性も……」

 保護者呼ばれても収まらないとすれば、クラス替えても収まらないだろうな、と思う。まぁ救いがあるとすれば、来年度のクラスは考慮されるだろう、という点くらいか。

 当のメンヘラたちは、さすがに親という言葉に萎縮したのか俯いている。人のことを言えた義理ではないが、メンヘラの親もなかなかヤバい人揃いなのだ。名倉さんは知らないけど。伊藤さんだけは他人事なのだけど。まぁ、伊藤さん今に至っては被害者だしな。……文化祭で結構キツめに叱られたっぽいけど、まぁいいか。


 その後、授業の時間が迫っていることもあり、先生から厳重注意を受けて俺たちは解散した。……良木さん以外は隣接した席なので解散と言っても密集しているんだが。平塚さんはそのあとすぐに戻ってきたが、俺たちの間に流れるどこか険悪な空気を察したのか、俺を見て首を傾げていたが、俺は何も知らないというように肩を竦めたのだった。




 木曜日。前期終業式を明日に控えた放課後、伊藤さんに呼び止められた。部長と副部長、そして樋口くんには、今後木曜には部活に行けないと話してある。

「陽向くん、買い物に行かない?」

「どこに?」

 普段ならこの時点でメンヘラに囲まれ、何とか断るところだ。しかし保護者という言葉に相当ビビっているらしいメンヘラたちは、恨めしそうな視線を向けながらも口を出しては来なかった。状況はどうあれ付き合って欲しいという言葉を了承してしまった俺としても、断れるだけの言い訳がない。

「もう10月だから、秋物の服を買いたくて……そうだ、ルミネ行かない? 好きな服屋さんがあるの」

「ルミネの店どこも高くない?」

「あ、もちろん陽向くんに払って欲しいなんて言わないよ。それに私家業が家業だから、服装にお金を惜しむなって言われてるの。ほら、行こう」

 こうして俺は、伊藤さんとデートに行くことになったのだった。

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