69限目 色々と辻褄が合う

 翌日、学校に行くと名倉さんがいなかった。何故、と思うがありがたい。最早慣れたメンヘラ数人を引連れて教室へ行き、ガラ、と教室のドアを開けたところで、既にクラスにいたクラスメイトが一斉に俺を見た。……え?何?

 クラス内に流れる変な空気に圧されて教室に入れないでいると、たむたむと佐々木と馬渕にプラスして樋口くんがこっちに歩み寄ってきて、メンヘラから俺を引き剥がしてクラスの端に俺を追いやった。そして小声でたむたむが言い出す。

「お前! 平塚さんに何したんだよ!?」

「へ……?」

「大変なことになってますぞ結城氏……!」

「な、なに……?」

 俺が話を聞こうとしたところで、本令が鳴って先生が入ってきたので、一旦話を中断する。たむたむが、詳しくは休憩時間と言ったのを合図に、俺達も席に着く。平塚さんはいなかった。

「起立! 礼!」

 橋本くんの合図でHRが始まる。一体何があったのか、悪い予感で俺の心臓はバクバクと鳴っていた。


 休憩時間になり、俺たちは樋口くんの机に集まった。1番メンヘラたちから遠い場所だからだ。何があったのか聞こうとしたが、それより先に開口一番、たむたむが俺に聞いてきた。

「お前、菊城香麗奈って名前知ってるか?」

 ひく、と口元が引きつった。

「その反応は知ってるな? ……墨田さんいるだろ? 隅田さん、平塚さんと同中で仲良かったらしいんだけど、その墨田さんが今朝、樋口に相談しに来たんだってよ」

「彩乃ちゃんが大変かもしれないって言ってきましてな」

 彩乃とは平塚さんの下の名前だ。なぜ樋口くんに、と思ったが、そういえば墨田さんは樋口くんのお兄さんの元カノで、文化祭前にメンヘラを説得して欲しい、というのも平塚さんから墨田さんを経て樋口くん経由で伝わってきたことを思い出す。樋口くんと墨田さんもそれなりに中がいいのだろう。

「大変かもしれないって……?」

「なんかよくわからんけど、平塚さんちに変な人が来たんだと。お母さんがインターホン出たらしいんだけど、その人が彩乃ちゃんの同級生ですって言ってきたらしい。それで来たのが、菊城っていう女だったって」

「菊城は有名人でしてなぁ……盗癖があって、問題児であったというか……身なりも整えないし、何考えてるのか分からないタイプで……」

 盗癖があり、菊城香麗奈という名前で、何考えているか分からない……同姓同名でここまで特徴が一致する別人なんて存在しないだろう。あの菊城さんに間違いない。

「……それで……?」

「一応平塚さんは出たんだって。玄関先で話したらしいんだけど、その内容が……お前に近づくなら許さないとか、離れるまで毎日来るとか言われたって……墨田さんがそれを昨日の夜電話で聞いたらしい。……だよな? 樋口」

「うん……墨田も僕も、菊城のことは知ってるけど……でも小学校の頃から同じ地区だった気がするんだけど、どうして結城氏の名前を出すのか分からなくて……」

「……それは多分……」

 俺が口を開いた直後、チャイムがなった。二限目が始まるので、俺たちは慌てて席に戻った。次の休み時間で、とアイコンタクトをして、俺は教科書を開いたのだった。


 そして次の休み時間、俺は菊城さんについての話をした。

「菊城さんは、確かに小学校の頃から樋口くんと同じ地区だったと思う……でもそれは小二からだった……んじゃないか?」

「その前はお前と同じ小学校だったのか?」

「そうだし……その上隣の家だった」

 俺はそれから、菊城さんについての話をした。勿論、最近家に来たこともだ。4人は、信じられないと言った表情で俺の話を聞いていた。それとついでに、平塚さんには何もしておらず、昨日は単純に助けてくれただけという話もした。

「メンヘラに何かされるなら分かるんどけど……なんで菊城さん……?」

「樋口、何か分かったりしないか?」

「…………」

 樋口くんは難しい顔をして考え始めたがその時間中に答えは出ず、昼休みになって樋口くんは、「あ」と声を出した。

「なんか思いついたか?」

「あーいや……噂があったなぁって……」

「噂?」

 真偽は不明だけど、と前置きをしてから樋口くんは話を始めた。

 樋口くんと同じ中学校なのは、俺は前に聞いていたので知っていたことだが、墨田さん、平塚さん、菊城さん、そして名倉さんもその中にいる。中学一年生と2年生の頃、名倉さんはとある女子を目の敵にしていたらしい。白井さんという、綺麗で痩せていて、頭もよく少し病弱な、まさに清楚系と呼ぶべき女子で、男子人気がかなり高かったそうだ。自分の体に自信がある名倉さんにとってその女子は当然邪魔者だったが、ある時からその子は登校拒否をしてしまったらしい。

「なんでまた」

「それが……菊城が嫌がらせをしているのを見た、という人が何人かいて……」

「なんで菊城が? 目の敵にしてたのは名倉さんだろ?」

「そこなんだけど……名倉の家、結構裕福で……名倉さんは菊城に金を握らせて、白井さんに嫌がらせさせたんじゃないかって噂が、実しやかに囁かれてたんだよ……」

 うわぁ、と俺たちは同じ顔をした。だがその噂が本当なら、色々と辻褄が合う。名倉さんは平塚さんを邪魔だと断定して、菊城さんに嫌がらせさせた……と考えても自然だろう。俺の家に来た意味は分からないが……。

「でもそれ、事実だとしてどうすんの? 結城が平塚さんの家行ったら、余計やばくね?」

「……めんどくさい……知らないフリしたい……」

「いやでも発端お前じゃん」

「発端は俺かもしれないけど俺は何も悪くなくない!?」

「いや、うん……まぁ……そうだな……」

「でもさ、お前の隣の平塚さんがいないのに加えてお前がメンヘラに囲まれてる状況だから、事情を知らないクラスメイトみんな『あの周辺で何かあった』って勘づいてるぞ。シラを切り続けるのもキツくねぇ?」

 佐々木が言う。うう、全くもってその通りだ……。しかし名倉さんに1人で立ち向かう勇気は無い。

「……よし、わかった。放課後この5人で平塚さんち行こうぜ。そんで訳を聞こう」

「お、いいなたむたむ! 俺賛成!」

「……いいのか……」

「……まぁ、そういうことならな。このまま放っておくのも難しそうだし」

「仕方ありませんなぁ」

 うう、良い友達を持った……!




 というわけで、テスト期間間近なのに勉強もせず平塚さんの家の前に来た俺たちである。まずは同中の樋口くんに斥候を頼んだ。

 樋口くんが少し待っていると、どうやらドアが空いたらしく樋口くんは家の中にあげてもらっていた。ピロン、と俺のスマホに連絡が入る。

「連絡……家に入れて貰えた。これから事情説明……その後の反応を確認して来てもらうかどうか決める……」

「うまく説明してくれりゃいいんだが」

「大丈夫じゃね? 樋口陰キャだけど墨田さんとは仲良いっぽいし」

「……てゆうかさ、思ったんだけど結城は待機の方が良くね? どこで名倉さんが見てるか……」

「あー……」

 馬渕の言葉に、たしかにと思う。ここで俺が平塚さんの家に行くのがバレたら、名倉さんが何をしだすか分からない。……いや、本当に名倉さんがあの女を動かしているのなら、という話だけど。

「とはいえ主要人の俺一人が残るのも……」

 俺が言った時、ピロンとスマホの音がした。樋口くんから、みんな来ていいという連絡が入っている。俺をどうするか、目線を交わしたあと、結局俺も行くということになり、俺たちは平塚さんの家に向かったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る