不本意オブ不本意にできた彼女
68限目 仰る通りです
それ以降、休みが被るという日はなく、俺たちは各々宿題をやり、その後16の誕生日を迎えた俺は何とか最終日に宿題が終わった。小中の頃みたいに、歯磨きポスターを描けだの自由研究だの読書感想文だのがないだけ気は楽だが、ワーク集は何より飽きが来るのが大変だ。今にして思えば、ポスターだとかなんだとかは、いい息抜きだったのかもしれない。俺は別に絵が上手い訳でもないから好きでもなかったけど。自由研究は姉ちゃんの助力を得てやっていた気がする。ゆで卵のゆで時間による黄身の変化とか。
さておく、一日は日曜日だったので昨日までが夏休み──今日は休み明けである。
「はぁ……」
朝から溜息が止まらない。また今日から修羅の日々が始まるのかと思うと足取りも重くなる。メンヘラたち一斉に転校とかしないかな……などという願望も虚しく、メンヘラたちはいつも通り校門前にいた。1ヶ月半ぶりの絶望的な光景に、暑さのせいでなく目眩を覚える。
「…………暑いんだから教室にいればいいのに……」
「暑くないよ?」
にっこりと言うのは伊藤さん。ふうふうと暑そうに息をしている良木さんと恩塚さんと名倉さんに開幕右ストレートを決めてしまったようだ。頼むから喧嘩を売らないでくれ、庇えないから。
教室に入ると、樋口くんが隣で寝ていた。眠いのか。
「おはよう樋口くん」
「む……おはよう。メンヘラは休み明けでも相変わらずですなぁ。臨海学校で怒られたのに」
「まぁ名倉さんはバイト先にきっちり来てたし……」
「乙」
樋口くんが言った直後、先生が教室に入ってきた。また今日から学校が始まる。やる気なさげな生徒たちの、おはようございますという声が聞こえた。
放課後のHRのあと、橋本くんが帰ろうとする生徒を引き止めた後、先生に何かを聞いていた。やがて話が終わったのか教壇に経ち、何かの袋を置く。
「実は前から考えていたんだが……休み明けでみんな精神的に疲れがあるんじゃないかと思う。先生に許可もとったし……席替えをしないか?」
わっとクラスが盛り上がった。あちこちから、やりたい、やったぁ、みたいな声が聞こえる。
「賛成してくれてよかった。ここに番号を書いた紙を用意したから、引きに来てくれ」
橋本くんはみんなが引きに来ている間、黒板に何番がどこの席、何番がどこの席と図を描き始めた。俺も紙を引き、番号を確かめて黒板に書かれた位置を確認する。お、ラッキーなことに窓側の席だ。1番後ろとはならなかったが、後ろから二番目。まぁ悪いことはないだろう。誰か友達が一緒だといいが。
高校生となると、机ごと移動はしない。机の中に入っているものを出して、中身だけお引越しがデフォルトだ。何しろ重いし、机のサイズなんて変わらないので。俺も机に入っているものを手に持ち、番号の位置へと移動したが──なぜ俺は、状況が悪化する可能性を考えなかったのだろうと、自分を殴りたくなった。
俺の新しい席は──前の席、恩塚さん、右前の席、伊藤さん、隣の席が唯一良心的な平塚さん、右後ろの席、名倉さん、そして後ろが実川さんという……前回後ろだった良木さん以外のメンヘラに前後を囲まれるというデッドオアアライブというかデッドオア死みたいな状況になってしまった。ちなみに俺は乙女座だが、今日は乙女座の運勢が最悪だったのだろうか。
「結城くん、隣同士これからよろしくね」
「あ、うん……よろしく……」
俺と平塚さんに集まる視線が痛い。ごめんよ平塚さん、俺のせいでメンヘラパレードに巻き込んでしまって……。
そんな感じで、初日から修羅場勃発不可避となった休み明けの学校は始まったのだった。これはもしも部活無所属だったら帰れなかったな…………漫研入ってて良かったぁぁぁ……!!
「結城氏運悪すぎでは?」
漫研に向かう途中、樋口くんが溜息を吐き出しながら言う。俺もそう思う。
「まさか四方向メンヘラだとは」
「五方向じゃなくて良かったと思うべきなのかな……」
「期待値が低いですぞ」
「くっ……」
もちろんそれに対して自覚がないなんてことは無いが、高望みはするだけ無駄なので仕方ない。そんなことを思いながら部室のドアを開けた。
「お久しぶりです」
「お久しぶりでする」
「お久しぶりです2人とも」
松永先輩……つまり新部長が笑顔を向けてくる。坂田先輩は無表情だが、ぺこっと頭を下げてきた。
「聞いて下され先輩方。実は先ほど結城氏が……」
「樋口くん!? なんで笑いのネタを投下しようと!?」
「気になる」
「先輩!?」
そうして、休み明け最初の一日は過ぎていったのだった。
それからしばらく前と変わらない……メンヘラが前より身近にいる以外は特に変化のない日々を過ごして、平日に慣れてきた9月の17日、前期期末テストまであと1週間になった日。ここが最初の難関ポイント……すなわち、テストに伴う部活動停止だ。メンヘラたちもそれをわかっているので、一気に4人がにじり寄ってくる。
「陽向くん、うちに来ない? 一緒に勉強しよう?」
「陽向くん、あの、教えて欲しいところがあって……」
「えっと……俺はむしろ教わる側で……あと勉強は1人でしたいというか……」
「じゃぁ私の家くる? 教えてあげられると思うの」
「それより陽向くんの家に行きたいなぁと思うのだけど……」
「えっとうちに来られるのは困るというか……」
「……ねぇ」
ふと隣から聞こえた冷静な声は平塚さんのものだ。平塚さんはさっさと帰ろうとしていたようだが、その反面俺たちの会話が気になって足を止めたらしい。
「ずっと気になってたんだけど、あなたたちってどういう関係なの?」
平塚さんは、ジロっとした目で俺たちを見てきた。メンヘラが変なことを言い出す前に、俺が口を開く。
「名倉さん以外は、小中の頃同級生だったんだよ」
「良木さんも?」
「そう」
「……それにしてはベッタリしすぎじゃない?」
眉を顰める平塚さん。仰る通りです。だが俺は悪くない。
「で、でも陽向くんはっ……」
「結城くんは、何? 私の目には彼が迷惑しているようにしか見えないのだけど。それに、球技大会の時もあなたたちが結城くんの周囲をぎゅうぎゅうに囲っていたから熱中症になったのよね? 結城くんは優しいから口に出してないだけで、離れて欲しがってるんじゃないの?」
……あまりにもバッサリと、且つ的確に俺の心を代弁してくれた平塚さんに、味方された俺ですら唖然としてしまった。周囲の4人と、近くまで来ていた良木さんも固まっている。
「さ、帰りましょ結城くん」
「え、ちょ、平塚さん?」
「こうでもしないとあの5人にまた囲われるわよ」
平塚さんは俺の手を引いて、固まっている5人を差し置いて昇降口まで向かった。上履きを脱いで靴に履き替えた後で、ようやく安堵できた。
「あ、ありがとう平塚さん、助かったよ」
「そう、なら良かった。でも迷惑なら迷惑って言った方がいいわ」
「そうしたいんだけどあの5人、人の迷惑考えないタイプでさ。手段を選ばないところあるから、あまりはっきり態度で示したらどうなるか分からなくて……平塚さんも気をつけて、多分その……敵認定されたと思うから」
校門まで歩きながら話す。平塚さんは少し考えた様子の後に、強気そうに笑った。
「……まぁなんとかするわよ、そこは。じゃぁ気をつけて、明日は助けられるか分からないから、自分で断るのよ」
「……うん。ありがとう」
校門の前で別れて、それぞれ帰路に着く。メンヘラに囲まれて運気最悪だと思ったが、平塚さんが隣でよかったと、俺は深く安堵のため息を吐き出したのだった。
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