67限目 確かにちょっと楽しそう
「ってことがあって……もうヤレヤレって感じ」
「そ、それは……お疲れ様……」
その日の夕方、俺は愛に実川さんにストーキングされていたことを愚痴っていた。だがやはりと言うべきか、愛が気になるのは実川さんでなく姉ちゃんの結婚の方のようだ。
「ってゆうか陽依お姉ちゃんが結婚かもなんて初めて聞いたよ! 言ってくれれば良かったのに!」
「いや、その時点では姉ちゃんが意識してるだけって聞いてたから、まだ教える時じゃないよなぁって思って……」
それもそっか、と笑った後、愛はどこかうっとりとした顔をした。
「はぁ、でも陽依お姉ちゃんもついに結婚かぁ……ふふ、いいなぁ素敵だなぁ……結婚式やるのかな、呼んで欲しいなぁ」
「憧れる?」
「そりゃそうでしょ! 白馬の王子様がーとかは言わないけど、私は運命の赤い糸って信じてるからね!」
夢見がちな言葉に笑ってしまう。俺はそういうのを信じるタイプではないが、もしもあるとするならば──いや、高望みは止めよう。メンヘラに繋がってなければいい。
「でも実川さんの言葉はちょっと気になるね」
「え?」
思わぬ言葉を言われて、俺は驚いて愛を見た。どう気になるというのだろうか……ただ高野さんの顔で俺の家族になるのが気に食わない、という言われただけだが。
「いやぁほら……6年生の時私実川さんと同じクラスだったけどさ、私たちが6年生の時教育実習生が来たの覚えてる?」
「……あぁ、思い出した。3人くらい来たよな。……あ! そうだその内の一人、実習中に暴行罪とかで捕まったよな!?」
「そうそれ! その人、私のクラスきた人で明るくて人気だったんだけど、実川さんだけは『なんか嫌だ』みたいなこと言っててさ……なんか見抜く力でもあるのかなぁとか思ったもん! 偶然かもしれないけど、なーんか引っ掛かるんだよねぇ」
「うーん……高野さんは俺の事まで気にしてくれるくらいにはいい人だけど……」
しかし、だ。これまでメンヘラにまとわりつかれている俺は知っている。案外、メンヘラの直感の善し悪しというのは馬鹿にできないのだ。姉ちゃんが選んだ人だから疑いようがない、という気持ちと、実川さんは顔ではなく中身で直感的に言ってるのかもしれないという気持ちが混ざる。俺はどちらを信じるべきなんだ。いや、もちろん姉ちゃんを信じたいのだけど……。
「って、ごめんね変なこと言って。まぁ、なんか進展あったら言って!」
「あ……うん」
俺は頷いて、実川さんの言葉を頭から振り払ったのだった。
そうして迎えた月曜日、馬渕の想定通り、バレー部はバスケ部に体育館を譲ることになり、宿題消化in田向家は開催された。
「お前ら何が終わってんの? 俺はあと英文読解と化学基礎だけど」
「英文読解と現国と理系だけは終わった」
「俺は現社だけ終わった」
「残ってんのは英文読解だけ」
英文読解と現国、理系しか終わってないのは俺、そして現社だけ終わっている絶望的なのは佐々木で、英文読解だけを残している優秀なのは馬渕だ。俺と佐々木の回答を聞いた2人は頭が痛そうな顔をしている。
「おーまーえーさぁー!」
「悪いと思ってる! 悪いとは思ってるって!」
「補講に王手かかってんのに何してんの!? 留年する気か!?」
「そういうつもりじゃねぇし!」
「まぁ落ち着けよたむたむ。怒っても仕方ないしやろうぜ」
冷静な馬渕の声に溜息を吐き出したたむたむ。佐々木は馬渕にありがとうという視線を送り、俺たちは黙々と宿題を始めたのだった。
ちなみに、ワーク類と言っても、ワークに直接書くのが決まってる訳では無い。ノートにやってもいいのだ。というのも、俺の学校は進学校ではないが進学を目指す人がいない訳では無い。そういう人は何度もワークの内容をやるため、ワークに答えが書いてあるのは都合が悪いのだ。そういう理由で、ノートに解くことを許されている。まぁ俺みたいに就職以外考えてない勢は気にせず直接書くのだが。
「しかし結城が理系終わらせてるとは思わんかったわ」
キリがよくなったのか、たむたむが不意にそう言った。
「なんで?」
「分かるわ。結城、理系の考え方が苦手ってことは無いけど、まず中学でやった事があやふやだったしな」
理系科目と数学は、基礎ができてこその科目だ。そもそも中学でやったようなことすら曖昧だった俺が、そんな科目を先に終わらせていたのは確かに想定外だったのかもしれない。俺は苦手なヤツから先に終わらせようと思い頑張ったのだ。……まあ途中で心が折れたので現国を挟んでいるわけだが。そんな俺は今数学をやっている。
「元々、苦手なものを後に残したくない性格なんだよ……」
「ほーん」
「でも苦手なものは時間がかかるから、結果的に最終日まで終わらないんだよな……」
「あー……なるほど」
馬渕が苦笑いを零す。そんな馬渕は、残った英文読解もほとんど終わっている。本当にどうして、大学に進もうと思わないのだろうか……勿体ない。
「いいなぁ馬渕、俺も早く終わらせられる脳が欲しい……」
「つか佐々木は部活以外の時間何やってんだよ」
「……ばあちゃんの老人会についてったり?」
「なんでついてってんのお前」
結構楽しいんだぜ、と佐々木は笑った。お手玉を教えてもらったり、作ったお菓子を貰えたりするらしい。その他にも、将棋やオセロの相手をしたりもするそうだ。たしかにちょっと楽しそうだな……それで宿題が終わらないのは問題だけど。
「行くなら宿題持ってけよ。教えて貰えそう」
会話が弾んでしまうのは、昼に近くて全員集中力が切れているせいだ。少しすると田向母の、ご飯よーという声がした。空腹になっていた俺たちは、喜んでリビングに向かったのだった。
昼ごはんは、夏らしく冷やし中華だった。
「高校生なんだからいっぱい食べるでしょ? 沢山作ったからね!」
「ありがとうございます!」
「いただきます!」
田向家の冷やし中華にはウインナーが乗っているらしい。パリッと焼かれたウインナーが沢山乗っていた。育ち盛り、すなわち肉、という感じなのかもしれない。ちなみに食事の席に田向父と兄はいない。たむたむによると、兄は夏期講習に行っていて、父はまだ午前の患者がいるので時間がズレるらしい。
食事が終われば即また宿題……とは行かない。何しろここは歯科医の家だ。全員歯磨きタイムである。全員家から歯ブラシを持ってきている。
「お前ら歯間ブラシとかは持ってんの?」
「いや……さすがにそこまでは……」
「まぁそりゃそうか。分けてやろうか?」
「いやいいよ……」
勿体ない、とたむたむが言う。さすが歯医者の子だ、価値観が違う。確かに歯医者は、普通の医者より何故かハードルが高いけど……なぜかすごく気を使うってことは出来ないものだ。深層心理的に面倒くさいのかもしれない。気を使うのは痛い目見てからだ。
歯磨きも終えて勉強再開だ。少しして終わったらしい馬渕は、絶望的な感じになってる佐々木の面倒を見始めた。
「んーと、この式を代入して……それで?」
「そしたら今度、ここの値を求めるからこっちにこれ移動させて……」
「……あ、それでここが2xだから=の前後を2で割ればいいのか」
「そういうこと」
相変わらず教えるのが上手い……ちまちまと数学をやりながら頭の出来の良さを羨望する。
「結城はどうだ? 進んでる?」
「まぁなんとか……」
こうして、たむたむの家での宿題消費は、日が沈むまで続いたのだった。
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