66限目 別物なんだが
その日は、オシャレな店で買い物をしたりペンギンを下から見られる水族館に連れていってもらったり、さらに夕飯までご馳走になったりと、限られた時間の中ではあったが楽しく過ごさせてもらった。
「色々ありがとうございました」
「楽しんでくれてよかった。明日には帰っちゃうんだよね?」
「はい、朝のうちに」
「それだと、見送りは難しそうだ。じゃぁ、おやすみ。気をつけて帰ってね」
「はい」
「じゃぁまた明日、陽依」
「また明日、雅紀」
雅紀さんは、俺たちを駅まで見送ったあと電車に乗って帰って行った。
姉ちゃんの部屋は、駅から5分のアパートの2階だ。あまり新しくはないらしいが、それなりに綺麗に見える。
「はー、楽しかった。どうだった陽向、雅紀いい人だったでしょ?」
「うん、凄く」
「陽向のお墨付きが貰えて、良かった良かった」
そもそも俺を育てた姉ちゃんがいい人なのだから姉ちゃんが選んだ時点でその人の気質は大体わかるだろうとは思うが、まぁ言わないでおいた。恐らく謙遜したあと惚気けるだろう。
「さ、陽向さっさとシャワー浴びちゃって。明日早いんでしょ?」
「姉ちゃんが出る前に出なきゃだからね」
「本当はもう少しゆっくりしていけばいいとも思うけど」
「宿題終わんないし……」
俺は姉ちゃんに言われたとおり、大人しくシャワーを浴びて、髪を乾かしたあと布団に転がった。楽しかった、のは間違いないけれど、慣れない都会を歩いてかなり疲れが溜まっているようで、そのまま寝てしまいそうだった。
慣れない布団、慣れない天井、慣れない床、慣れない外の音。それらが何とか、寝落ちそうな俺の意識を保っていた。というか、別に寝てもいいのだ。でもきっと、近いうちに高野さんは姉ちゃんにプロポーズするだろう。そう考えると、もうちょっと姉ちゃんと話したいな、と思うだけで。
そう思っていると、ピロンとスマホが鳴った。見てみると、まぁいつも通り陽キャたちだった。
たむたむ【結城!都会楽しんだか?】
佐々木晴也【ねーちゃんの婚約者どんな人だった!?】
結城【結婚反対の余地がない人だったよ】
まぶち【打ちのめされてて草】
たむたむ【ほんと草。って本題そこじゃねぇんだ。馬渕と結城話があるんだけどいい?】
……話?なんだろうか。真面目な話……では無いような気がする。何となく。
結城【話?】
たむたむ【さっき佐々木から個人で連絡来てさー、宿題が終わらんって。俺ん家で宿題片付けしない?】
それはむしろこちからお願いしたい。……だが、バイトがある……。
まぶち【俺はそれでいいけど】
結城【バイトが……】
たむたむ【サッカー部クソ緩いから大丈夫!月曜と木曜やろうぜ!】
佐々木【バレー部は?】
まぶち【確認する。でも多分バスケが大会近いから体育館譲ることになると思う】
たむたむ【じゃぁ確認次第また連絡しようぜ!】
また田向家にお世話になる日が来るとは。というか、たむたむのお兄さんさすがにそろそろピリついてる頃だろうに大丈夫なのだろうか。
「友達?」
聞こえた声に振り返ると、姉ちゃんが半袖のパジャマ姿でこっちに歩いてきていた。
「そう。宿題終わる気がしないから友達の家でやろうって話」
「あはは、仲良しだね!」
姉ちゃんは屈託のない笑顔で言った。連絡も済んで、姉ちゃんに高野さんの印象を聞かれたりなんなりしているうちに俺はどんどん眠くなってきてしまい、最後には話の途中なのに布団の中で寝落ちてしまった。きっと疲れだけでなく安心があった。高野さんがいい人で、姉ちゃんを大切にしてくれそうだという、安心感が。
翌朝、姉ちゃんが家を出るのと一緒に俺も家を出た。駅までは一緒だが、乗る電車が違うのでここでお別れだ。
「じゃぁ気をつけて帰ってね陽向。次は何事もなければ年末に帰るから」
「うん、わかった。また」
そう言ってそれぞれ駅のホームへと向かい、俺は少し長く姉ちゃんの後ろ姿を眺めたあと、改札へと入っていった、その時だった。
「ひ、陽向くん」
ビクンッと肩が跳ねる。俺の事を名前で君付けで呼ぶのはメンヘラだけだ。冷や汗を流しながら振り返ると、実川さんがいた。うーん、出会った頃はこんなこと無かったんだが、球技大会で一緒だった斎藤くんが言っていたことからも考えられるように、中学時代でストーカー気質が培われたと考えられる実川さんは本日も元気なようだ。
「……何でいるの実川さん……」
「そ、その、昨日の朝家に行ったら女の人と出てきたから気になって……」
「一晩どこで……?」
「? カプセル泊まったよ?」
その行動力はどこか別のところで活かせないのだろうか……活かせないんだろうな……俺も興味あることの記憶には脳細胞使えても興味無いことには使えないし。多分同じことだろう。そう思っておかないと思考回路が破壊される。
「年上の彼女さんがいたなんて思わなかった……びっくり」
「へ?」
「昨日の男の人は誰? 彼女さんのお兄さん?」
「ちょっと……実川さん?」
「でも年の差離れすぎてるからおすすめはできないって言うか……」
「実川さん!?」
どうしてそんな勘違いが生まれているんだ、と言いたい。実川さんだって実際に会ったことはなくても、俺に年の離れた姉がいることは知ってるはず。それなのにどうして!?
「ま、待った実川さん! あの人は姉ちゃんだよ、彼女じゃない!」
「え? あぁ、なんだお姉さんだったんだ……思ったより似てないんだね」
「そ、そうかな……」
俺と姉ちゃんは世間一般に見れば、確かに瓜二つとは言わないがよく似ていると言われるタイプだと自負している。それは、周りにそう言われるからだ。勿論姉弟同士で顔を見れば男女であるということを差し引いても差異は多々あるのだが、全体的な印象で覚える人達にとっては似ているのだろう。だが彼女の口から飛び出す「思ったより似てない」の言葉……あぁ、考えたくないけど考えてしまったことがある。これが半年前吾妻に聞いたアイデアロール成功と言うやつだろうか。
──昨日実川さん、姉ちゃんの顔をよく観察していたのでは?
「まぁ、彼女じゃないならいっかぁ……あの男の人は?」
「あれは姉ちゃんの彼氏で……」
「え? ダメだよそんなの」
何がダメなんだろう……てゆうかなんで実川さんが善し悪しを決めるんだろう……普通に赤の他人なのに……。
「陽向くんと会ったってことは婚約者なんでしょ? 陽向くんと義理の兄弟になるんでしょ? そんなのダメだよ、あんな太った男の人、陽向くんの義理のお兄さんに相応しくないよ」
──行けない、これは──暴走を始めている!何がトリガーなのかは分からないが、これは……!
「……と、とりあえず移動しようか実川さん……改札近くだと迷惑だし……」
こうして俺たちは改札内、ホームの一番端に移動した。そして実川さんの話を簡潔にまとめると……まず俺と姉ちゃんを恋人と勘違いし、その時点で年が離れているからダメと判断、別れさせようと思ったが高野さんが邪魔で遠くから見てることしか出来なかった、との事。そして今誤解が解け、高野さんが義兄となる可能性を知ると、何故かそれもダメ。理由は……。
「だって私の救世主が醜いのに染まっちゃう」
俺は君の救世主ではなく同級生なんだが……使ってる文字は似てても別物なんだが……。それと人の姉の彼氏を醜いと言っちゃダメだよ。とまぁ、そんな言葉は俺の喉から出てこず、代わりに出たのは溜息だった。
「色々と言いたいことはあるけど……とりあえず人の姉の恋愛沙汰に首を突っ込まないでくれないかな」
「……わかった……陽向くんが言うなら……」
やれやれ、と思っていると電車が来たので、俺と実川さんは電車に乗って地元へ帰ったのだった。
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