65限目 鈍感にも程がある
そういうわけで、15日、姉ちゃんの帰省からの帰宅と共に俺は都会に来た。1泊2日で夏なので、荷物はそんなにない。しっかし暑いな……。
店長に事情を説明し明日は休ませてもらって、母さんにも突然の話を伝えて──母さんは姉ちゃんの結婚を喜んでいるので俺が彼氏さんに会いに行くのも大歓迎の様子だったが──、本当に会うのか、と思うと緊張する。ちなみに今日は姉ちゃんの部屋に泊まる予定だが、姉ちゃんの部屋に行くのは初めてだ。
午前11時、昼ごはんを一緒に食べようとのことで、俺と姉ちゃんは駅でその人を待っていた。……物凄い人混みだ。俺も別に田舎に住んでる訳ではないけど、都会とも言えないところなのでこんな人混みは慣れない。しかも周囲の建物が尽くでかい。どれがなんのビルだかさっぱりだ。
「物珍しそうに見てるねぇ」
「仕方ないだろ……」
実際、物珍しい。地元にはあんなに高い建物はないのだから。高くても4階建ての市役所くらいなものだ。横の広さで言えばショッピングモールくらいか。
「あ、雅紀ー!」
ふと姉ちゃんが大きく手を振ったのでその方向を見てみると、姉ちゃんが言った通り、少しぽっちゃりでほんわかとした雰囲気の男性がこちらに向かってきてた。姉ちゃんと俺を視認すると、ニコッと笑っていた。結構な汗をかいていらっしゃる。
「ふぅ、人の波が凄いから会えるか心配だったけど、良かった。ええと、君が陽依の弟さん……でいいのかな?」
「はい……初めまして。結城陽向です」
「初めまして。僕は
手を差し出されたので、戸惑いながらもその手を取る。高野さんは嬉しそうに笑った。
「いやぁ、本当にイケメンだなぁ。背高いね。180ある?」
「177です」
「おお、高い! 羨ましいなぁ」
高野さんはそんなに背は高くないようだ。姉ちゃんが確か163とかあるが、おそらく5センチ高いか否か、と言ったところだろう。とりあえず悪人には見えない。
「さて、昼ご飯なんだが……陽向くんは好き嫌いあるかな?」
「いえ、特には」
「そっか、よかった。この前陽依が行きたがってたフレンチの予約を取ったんだ」
「え!? 高いのに!?」
「君の弟に会うんだ。かっこいいところ見せたいじゃないか」
これは……やっぱり、この人も結婚を意識してるんだろうな。
予約した店に行く。うわ……高そう……もう外見が高そう……これが……都会……。呆然としている俺を見て高野さんは笑った。
「コース料理とかじゃないからそんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「は、はい……」
予約した席に案内され、俺と姉ちゃんの向かい側に高野さんが座った。メニュー表が持ってこられる。どれも美味しそうだけど、俺と姉ちゃんですら年の差が結構あるのに、目の前の男はそれよりさらに年上だ。子供っぽく見られるのが恥ずかしいので、肉ではなくカルボナーラを頼んだ。姉ちゃんはジェノベーゼ、高野さんは……アメリケーヌ……?とか言うのを頼んでいた。それぞれ飲み物も頼んで、早くも飲み物が運ばれてきたところで高野さんがコーヒーにミルクを入れながら口を開いた。
「陽向くんは今何歳なんだっけ?」
「15です」
「中学生……ではなさそうだね。高校生かな」
「はい」
「陽依が25だから……10歳差か。離れてるんだね」
「でも陽向は8月末が誕生日だから、もうすぐ9歳差かな」
「えっ、そうなのか。なんだ、それならその時期にしてくれれば良かったのに」
「きっと宿題大詰めでそんな暇ないよ」
ケラケラと2人は笑っている。高野さんはそんなことないだろうと言っていたけど、多分そんなことはある。最終日を残して終わったなんて小学校低学年の時くらいだ。
「お姉さんから僕にも弟がいることは聞いているかな」
「聞いてます。それで盛り上がった、とか」
「そうそう。最も僕の弟は陽依と同い年なんだけどね。いやぁ、本当にしっかりしてるなぁ。弟も今はしっかりしてきたけど、陽向くんと同じ年齢の時はとんでもない悪童で、それはもう手を焼いたものだよ」
ははは、と笑っているところを見ると、今となってはいい思い出、くらいの悪童加減だったのだろう。兄を心配して結婚反対をしていた、と姉ちゃんから聞いた時から思っていたが、兄弟仲は良さそうだ。
その後パスタが運ばれてきて、お喋りをしながらご飯を食べた。運ばれてきて知ったが、アメリケーヌというのはエビのことだったらしい。パスタはとても美味しい。これが都会の飯か……いやここは高いから余計なんだろうけど。
「陽向くんデザートは?」
「へっ!?」
「ご馳走になっちゃいな陽向、折角なんだし」
「そうそう、遠慮しないで。これでも結構稼いでいるんだ」
ふふ、と高野さんは笑ったが、遠慮してしまう。というか、1人だけデザート食べるのは恥ずかしい……とか思っているのがバレたのか、2人もデザートを選び始めていた。気を使われてしまったな……。
「私はトルタサケルにしようかな。陽向はどうする?」
「えっと……じゃぁ、カッサータ、で」
「僕はティラミスにしよう」
こうして、デザートまできっちりご馳走になってしまった。食べ終わってからも、高野さんは俺に色々聞いてきた。学校での友達の話だとか、家での姉ちゃんの様子だとか、好きな物とか友達の話とか……俺からすれば高野さんの情報を知りたいのだが、中々そういう話には持っていけず、食事の時間は終わってしまった。
会計後、店を出て俺は高野さんに頭を下げた。
「すみませんなんか、普通にご馳走になっちゃって」
「よしてくれ、元々話したいと言ったのは僕の方なんだし」
「2人とも、私ちょっと御手洗行ってくるね」
「あぁ、わかった」
「行ってらっしゃい」
そう言って姉ちゃんは公衆トイレに向かっていき…………2人で残されてしまった。どうしよう、と思っていると、高野さんがふと口を開いた。
「実は、君のお姉さんより先に、君に聞いておきたかったんだ」
「え?」
「君のお姉さんと結婚したいって言ったら、どうかなってね」
「…………やっぱり意識してたんですね」
「バレてた?」
「そうでもなきゃ、いくら弟の話題で盛り上がったって、会いたいなんて言わないだろうと思いましたから」
そりゃそうか、と高野さんは笑った。
「それで……どうかな?」
俺は答えを口にする前に、問いを返した。
「どうして俺に聞きたいと思ったんですか?」
「……彼女の家庭環境を聞いてね。君と彼女は年が離れていて、君が幼い頃から彼女は働いているから、君はあまりお姉さんと過ごす時間がなかったんじゃないかと思って……好きな人の弟に寂しい思いをさせたい訳ではないから、聞いておきたいんだ」
あぁくそ、本当にいい人だな、この人。だからこそ元カノみたいな面倒なやつにも寄られるのかもしれないけど、姉ちゃんだけでなく弟である俺にまで気を使われたら、反対のしようがないじゃないか。
「……確かに、寂しいと言えば寂しいです」
「……そうか」
「でも、結婚しないで欲しいとは思ってません。……俺、姉ちゃんに育ててもらって、大切なこと全部姉ちゃんに教わって、正直散々迷惑かけたこともあったので……我儘を言うつもりはありません。結婚が幸せだって言うなら、結婚して欲しいです」
「……本当に君は、立派な弟だな。……それなら良かった。彼女にプロポーズする覚悟ができたよ」
俺は高野さんの顔を見て苦笑してしまった。姉ちゃん、鈍感にも程がある。なんでこの人を見て、相手が結婚を考えているかどうかはわからない、なんて言ったんだが。
「2人ともおまたせ!」
「いやいや。さて、陽向くんももう少し都会を堪能したいだろうし、どこか買い物でも行こうか」
そうして俺たちは、都会の町を歩き出したのだった。
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