61限目 慎重にレバーを動かす

 予定通りゆったりする。浅瀬にも若干の波が来るのがなおのこと気持ちいい。それに、少し風が出てきたようだ。

「……風が出てきたな」

「生暖かいけど、ないよりマシだわ」

「……あ」

 馬渕が言った時、ふと空を見上げて気づく。どうやら風が出てきたのは、あれの影響のようだ。他の三人も、俺が見たのと同じ方向に視線を向けた。真っ黒な雲が迫ってきているのだ。

「……雨雲か」

「そうみたいだな……よし、雨が来る前にウォータースライダー乗りに行こうぜ!」

 たむたむが立ち上がりながら言ったので、俺達も立ち上がって笑う。そして、ウォータースライダーの方まで歩き出したのだった。


 なにぶん並び時間が長いウォータースライダー各種、特に渓流下りの待ち時間は長く、乗れたのは3時をすぎてからだった。その頃になると雨雲のせいで気温も下がってきていたため、客は少しづつ撤退し始め、俺達も一旦テントに戻って相談し、結局撤退ということになった。……臨海学校も雨だったし、もしかしてこの中に雨男がいるのではなかろうか…………俺ではないと思いたい。

 シャワーを浴びて着替え、テントを畳んで、佐々木は浮き輪の空気も抜いて、俺たちは佐々木家の車に乗り込んだ。

「残念だったなぁみんな。天気が悪くなるなんて」

「まぁ仕方ないっすよ」

「結構色々満喫はできたしな」

「それは良かった。連れてきた甲斐があったよ。……みんな、家には何時頃帰るって連絡してあるか?」

「してません」

「俺も」

「俺もまだです」

「そうか! なら提案があるんだが……」

 なんだろう、と思っていると、将也さんは後部座席からでも分かるほど楽しそうな声で言った。

「折角時間が空いたんだし、もう1箇所遊びに行かないか?」

 普通ならプールで遊べば疲れているところだろう。しかし、男子高校生4人、中途半端な時間に帰宅となって遊びに対して消化不良もいいところ。俺たちは満場一致で賛成したのだった。




 着いた場所は、ラウンドワンだった。まじか。

「今からボーリングするんすか俺ら!?」

「いや、さすがにそこまで体力ないだろうし、ゲーセンがいいだろう」

「それいいな! よっしゃ行こうぜ!」

 ということで、俺たちはゲーセンへ向かった。ただ問題なのが、俺はゲーセンなんてろくに行ったことがないのだ。行きたくなかった訳でもないけど、行く機会がなかった。中学の頃は時折同級生と行くこともあったが、それもUFOキャッチャーとかやるではなく、吾妻がやってるアーケードゲームの付き合いとか、他の友達と音ゲーをちょっとやってみるとか、その程度だ。音ゲーの結果は酷いものだったが……。

「うおー! UFOキャッチャーいっぱいあんな!」

「ほんとだ……」

「俺下手なんだよなー」

「俺箱系なら結構上手いぜ! たむたむと結城は?」

「俺はタワー系なら得意」

「俺はほとんどやった事なくて……」

「そうなん!? 箱のとり方なら教えてやるから来いよ!」

 ということで、俺たちはまず箱系……中身はフィギュアの台に向かった。佐々木はゲームはあまりしないが美少女アニメ系が好きということで、そういうフィギュアはよく狙うのだと言う。向かった台にも美少女フィギュアがあった。某新世紀汎用人型決戦兵器の白い方のヒロインだ。

「一回目はここの隙間に入れて、次はここをこう押してだな……」

 そう言いながら佐々木は、見事2回で商品を落としていた。本当に得意なのだろう。見ていた店員が商品をまた並べてくれたので、俺がチャレンジしてみる。馬渕も、と誘われたが本当に下手なのが露見する、と言って嫌がっていた。商品は同じ作品の赤い方のヒロインだ。

「うーんと……ここ?」

「もうちょい先!」

 指導を受けたが結局落とせず、その後サラッと佐々木がとっていた。凄いな……。俺は作品に特に思い入れとかないので、景品を俺に渡そうとしてきた佐々木に返した。

 次はたむたむがとくいなタワー系。まぁつまりはお菓子の類だ。スナック系のお菓子が並んでいるところに来た。

「ほいっと。この辺かな」

 そう言ってレバーから手を離し降下ボタンを押すと、ドサドサとお菓子が落ちてきた。店員さん涙目かもしれない……。

「おー! すげー!」

「1人じゃ食いきれないし山分けな。馬渕は馬渕と妹ちゃんの分で2つ、結城も幼馴染ちゃんの分合わせて2つ、佐々木は一人っ子だけど、将也さんにお礼で3つ!」

「ありがとう!」

「サンキュ、妹好きだから喜ぶわ」

「やったー! さんきゅーな!」


 馬渕は音ゲーが得意ということで、次は太鼓のゲームに向かった。馬渕と一緒にやるのはたむたむだ。たむたむが難易度を難に設定している横で、馬渕は鬼に設定していた。まじか……。

 そして曲が流れ初め、その言葉に恥じず馬渕は上手かった。物凄い勢いで両手を上手く使って、見事クリアしている。フルコンボは惜しくも達成できなかったようだが、そもそもやろうとしたことがない俺からすればクリアだけでもすごい。

「……あ」

 2人のゲームを見届けていたが、ふと近くにあったUFOキャッチャーの台が気になってそちらに視線を向ける。ユメカワな動物のぬいぐるみストラップがあった。ユニコーンとかだ。……愛に上げたら喜びそうだなぁ。

「どうした結城? あれ気になるのか?」

「あっ……見てただけ。俺には取れないし」

「はーん? 嘘つけ! 幼馴染ちゃんにあげたいんだろ分かってるよ! おいたむたむ、馬渕! 俺たちちょっとあの台行くわ!」

「ん? おう!」

「ちょっ、佐々木!?」

 佐々木に押されて俺たちはその台の前まで来た。こうなったら仕方ないので、金を投入して慎重にレバーを動かす。しかし、他のものより難易度が低い。なにしろぬいぐるみとはいえ小さなストラップだ。何とか500円をかけて、俺は景品をゲットした。

「やったじゃん!」

「よかった……!」

 愛にお土産ができた。俺は嬉しくて笑ってしまった。


 そのあともパンチングマシンで高得点を出した佐々木に対し、俺と馬渕が「足を使う競技に負けるかァー!」と言って対抗したり──結局俺は勝てなかったが──、悪ノリでプリクラ撮って目のデカさにドン引きしたり、ダンス系の音ゲーをやってこんがらがったりして、あっという間に時間はすぎて、帰宅時間になった。

「楽しかったか?」

「おう!」

「本当にありがとうございます」

「すげー楽しめました!」

「そりゃよかった! だがもう1件だ、飯食って帰るぞ!」

 そして定食屋でご飯までご馳走になってしまい、1日動いて、腹ごしらえもできてしまえば、もう俺たちの体力は限界だ。俺含め、直ぐに全員車で寝てしまった。

 佐々木家に着いた時、隣に座っていたたむたむに肩を揺さぶられて起きた。

「ふぁ……」

「着いたぜ」

「あ、ほんとだ……」

 言いながらシートベルトを外して車から下りる。再度将也さんに頭を下げて、佐々木がまた駅まで送ってくれた。

「じゃぁまたな!」

「おう!」

「今日は本当にありがとう!」

「いいって、また機会あったら遊ぼうな!」

 そんなことを言い合って、俺たちはそれぞれ帰路についたのだった。今日はもう、帰ったらそのまま寝ることになりそうだ。




 家に帰ると、まなはいつも通り勉強をしていたが、俺が部屋の明かりを付けるのと同時に俺にも気づいた。

「おかえり陽向! 途中すごい雨降ったらしいけど大丈夫だった?」

「降る前に撤収して、そのあとゲーセン行ってた」

「へー!」

「あ、あと、これ、お土産」

 カバンの中から、たむたむが取ったお菓子と自分でとったストラップを取り出した。愛の顔がぱあっと輝く。

「え!? いいの!?」

「うん、明日バイト行く前に渡しに行く」

「やったぁ! ありがとう!」

 その後も、今日の思い出をひとしきり語って、先に俺が眠くなったので、また明日と言い合ってベッドに転がった。良かった、喜んで貰えた。それが嬉しくて、今日が楽しくて、俺は口元が緩んだまま眠りについたのだった。

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