60限目 怖気付く訳には行かない

 季節は8月に入り、5日──俺のバイトが休みなのもちょうど被り、朝早くから佐々木のお父さんが運転する車に乗っていた。突然の予定になってしまったが、母さんは普通に許可してくれた。

「佐々木今日も泳ぐ特訓な!」

「げぇー!? なんのためにでっかい浮き輪持ってきたと思ってんだよ!」

「おっ、晴也は泳ぎが苦手だからなぁ、ありがたいありがたい!」

「父ちゃん!?」

 裏切られた!と言わんばかりの声に俺たちは笑った。


 佐々木の父親である将也まさやさんは、恰幅がよくおおらかな人で、完全に初対面の俺たちが気兼ねなく接せるようにと気を配ってくれた。典型的ないい人、と称するのがいいかもしれない。佐々木自身も人を振り回すところはあるものの、明るく快活でムードメーカー的なところがあるため、そこはお父さんの血を引き継いだのだろう。

「いやー。それにしても驚いたよ。長期出張のせいで3月くらいから帰っていなかったからな。帰ってきたらまさか息子にこんないい友達が出来ていたとは!」

「そうっすか? 佐々木……晴也明るいんで、友達なんかすぐできるって思われてそうですけど」

「そうなんだけどな。親心だよ親心。晴也が通ってた中学は人が少なくてなぁ、同じ高校に進んだのも何人かいたようだけど、友達とはバラけてしまっていたから」

 佐々木はいつも俺たちと絡んではいるが、別に他にも友達はいるし、それはクラスメイトに限らず他のクラスのメンバーなんてこともザラだ。臨海学校の時、B組メンバーの名前を事前公開したのも佐々木だった。

「そういや、結城も同じようなこと前言ってたな」

「あぁ、特に仲良い人とはバラけたって」

「幼馴染ちゃんも別の高校だしな」

「ちゃんと告白したか?」

「うっさいな! ほっといてよ!」

「はっはっは! 青春だな!」


 まだ朝も早い時間、車は順調に目的地への道を走った。




 数時間後、俺たちは目的の場所に着いた。

「おお……! でっけー!」

「すご……広いな」

「おお、いいな。そらが来たがってたのも納得だ」

 空とは、馬渕の妹の事だ。ちなみに馬渕の下の名前はりくなので、陸空海で名前をつけているのだろう。

「おー! なぁなぁ早くテント立てて遊びに行こうぜ!」

「おう!」

 5人で適当な場所にテントを組み立て、水着に着替えて遊びに行く。と言っても、みんな海パンは服の下に着ているため着替えなんて秒で終わるのだが。

「行ってくる!」

「荷物番お願いします!」

「おう、行ってこい!」

 将也さんに送り出されて、俺たちは炎天下の下駆け出した。


「まずどこ行くよ!」

「波のプール!」

「待って俺浮き輪膨らませたいんだが!?」

「大丈夫波のプールでは溺れねぇ!」

 ほんとかと半信半疑気味の佐々木を連れて、波のプールに行こうとしたが、それはそれとして膨らんでない浮き輪は邪魔そうなので、俺たちは一旦売店に行くことにした。売店と言っても食べ物ではなく、浮き輪類がある売店で、空気を入れてくれるのだ。ちなみにお金は、もちろん財布を持つことは出来ないため、防水性のある首にかけるタイプのお金入れを事前に入口で貰っていた。

「よっしゃ準備完了!」

「やっとか。早く行こうぜ!」

 俺たちは駆け足気味で波のプールへ向かった。目指すのはもちろん、波がいちばん高く来る先頭だ。


 きゃー!という楽しそうな声が響く。これ以上先は禁止、というロープの先から来る波に合わせて軽く跳ねて浮かぶのは楽しいの一言に尽きる。浮き輪をつけてる佐々木は波が来る度後方へ流されそうになっているけど。

「たむたむ俺の浮き輪の紐握ってて!! 流される!」

「なんで!?」

「後ろにめっちゃ流される!!」

「じゃぁ浮き輪外せ!」

「無慈悲な!!」

 そんな会話の最中にも波はどんどんやってきて、ひとしきり楽しんだ後、俺たちは次に流れるプールに移動した。本当はこのプールはそれこそ筏型の浮き輪があれば楽しいのだが、あいにくそれに使いたいだけの金もない。みんなそれは同じなのだが、佐々木が持ってる浮き輪が気持ちよさそうなので、全員しがみついている。

「なんで俺の浮き輪にしがみついてるのお前ら!?」

「なんの抵抗もなく流されてるの気持ちよさそうだから……」

「やっぱ流れるプールなんだから流されないとな」

「何よ!! さっきアタシが後ろに流されてもスルーしてたくせに!! 男なんていつもそうよ!!」

「なんでオネエ言葉?」

「うおあっ!?」

「どうした馬渕!?」

「あ、や、悪い。腰の辺りに流れを作る機会があったらしくて驚いた……」

「脅かすなよ! 何かと思ったわ!」

 流れるプールからも上がって、次向かう先はウォータースライダーだ。これをやらなきゃプール施設じゃない。これを1回乗ったらちょうど昼だろう。ちなみにウォータースライダーは3種類あり、どれを乗るかと言えばスプラッシュシェイカーだ。男子高校生のノリが1番のスリルを求めないはずがない。最大三人乗りだが、4人なので2人2人、馬渕と佐々木、俺とたむたむだ。先行したのは馬渕と佐々木……絶叫が聞こえるが、ここで怖気付く訳には行かない。

「結城ビビってる?」

「誰が」

 笑ってみてきたたむたむに笑い返す。施設のお兄さんに促されて、俺とたむたむもゴムボートに乗り込んだ。


「うおあー!? 真っ暗なんだが!?」

「速い速い! 思った以上に速い!」

「あっ! 前方が明るい!」

「うわ綺麗だなここ……一瞬で終わった!」

「速……待て待てすげー横に揺れるなにこれ!?」

「たむたむ前! なんかそり立つ壁ある!」

「SASUKEか!?」

「うわぁぁぁぁぁ!!?」

 壁の高いところまで運ばれ、一瞬止まってそのまま落ちていく。そのまま俺たちは深めのプールに着水し、息を整えないままボートから降りて施設のお兄さんに返した。

「はぁ、はぁ……」

「すごい楽しかった……」

「お前らの絶叫凄かったぞ」

「言うてお前たちの叫び声も凄かったからな!?」

 そんなことを言いあって笑いながら、俺たちは昼食を買いに屋台へ向かった。


 焼きそば、ラーメン、蕎麦、うどん……色々ある。

「全員フランクフルトは食うだろ」

「どういう偏見?」

「焼きそばとフランクフルトとかいいかも」

「父ちゃんにも買ってかないと」

 結局、俺と馬渕は焼きそばとフランクフルト、佐々木は塩ラーメンとフランクフルト、佐々木父とたむたむは味噌ラーメンとフランクフルトという組み合わせになった。結局買うんだよな、全員。自販機で飲み物も買って、俺たちはテントまで戻った。

「たでーま」

「荷物ありがとうございます」

「おう、楽しんだようで何よりだ!」

「ホイ父ちゃん、飯」

「おう、帰ったら金払うわ」

「別にいいのに」

 軽く体を拭いてから食べ始める。なんだかんだ水に使って涼んだ体に熱々の焼きそばが染みる。本来そんなに美味しくないんだろうけど、プールで動いた後に友達と食べる焼きそばがこんなに美味しいとは。

 他愛もない話をしながら食事をして、ゴミを片付けて、少しだけ休む。食べてすぐプールに向かうほど俺達も馬鹿ではない。近くを流れていた小さな川に足をつけて座り、午後はどうするか話し合った。

「結局佐々木の訓練やるの?」

「佐々木は浅瀬で遊びたいが」

「子供か」

「スライダー全部制覇はしたいよな」

「それは分かる」

「じゃぁ休むついでに浅瀬で遊んでからスライダー行くか!」

 話はそれでまとまり、俺たちは波のプールの浅瀬へ向かった。

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