59限目 何恥ずかしいことしてんだ、俺は!!

 31日──あの日から再び菊城さんが来るということはなく、平和的に夏祭りの日を迎えられ、俺はバイト終わりに愛の家の前で待っていた。ちなみに今日が愛と夏祭り行くということは陽キャたちにバレた。どうやらたむたむが、俺の住んでいる市で小規模な夏祭りをやっていることを偶然知ったらしい。LINEで暴露されて、「幼馴染ちゃと行くんだろ」と言われた俺は、「絶対に出歯亀するなよ!」と釘を刺した。


「お待たせ陽向!」

 ドアが開くのと同時に、カコンという下駄の音がした。愛は水色と黄色の花柄の浴衣を着ている。髪もツインテールではなく、緩くカーブさせたサイドテールにしている。浴衣と似た色の巾着を手にしてはにかんでいた。可愛いな……。

「行こうか」

「うん」

「行ってらっしゃい2人とも。陽向くん、愛をよろしくね」

「はい」

 弥生さんに返事をし、俺たちは夏祭りの会場へ向かった。


 会場まではバスだ。後ろの方にある2人がけの席に座り……たいところだが、俺がバスに弱いため前の方の1人席に1人ずつ腰かけた。バスの中の客層は、女子中学生らしい3人組だったり若い夫婦だったり様々だが、きっとみんな夏祭りに行くのだろう。

 やがて会場最寄りのバス停につき、俺と愛はバスから降りた。会場というのは、地元では少し大きな神社の前の道だ。昔はそれこそ神社の前で少しの屋台が出ている程度だったが、今ではその境内に長く続く道でも屋台が出ている。

「わ、まだ明るいし平日なのにもう結構人いるね」

「そうだな。まだ早いけどどうする? なんか食べる?」

「うん! てゆうかどこで食べるにしても、お好み焼きとたこ焼きは早く行かなきゃ混んじゃうし!」

「たしかに」

 俺と愛はまず真っ先にたこ焼きの店を探した。昔は俺も愛も小さかったため、弥生さんがレジャーシートを持ってきていて空いてる場所で腰を落ち着けて食べていたが、もう俺達も子供の体力ではないので立ち食いで、ということで話はまとまっていて、俺も愛もレジャーシートは持ってこなかった。

 やがてたこ焼きの店が見つかって、俺が財布を出して払った。

「いい匂い! 楽しみだね陽向!」

「お兄さんら、デートかい?」

「えっ!? そ、そういう訳じゃ……」

「照れんなよ。美男美女カップルだし、2個おまけしてやる!」

 ということで、2個もおまけされてしまった。無下にするのも悪いし、受け取っておくことにしよう。

「ありがとうございます」

「おう! 仲良くな!」

 袋に入れられたたこ焼きを受け取り、どこか空いてる場所を探した。が、そんな空いてる場所が見つかる前にかき氷の店が見つかって、愛が「買ってくる!」と言って行ってしまった。

 少しして戻ってきた愛はいちごシロップのかき氷を手に戻ってきた。スプーンになるストローはふたつ貰ってきたようで、片方俺にくれた。歩きながらかき氷を食べる。人が多くてまだ日が沈んでいないから、冷たいかき氷はいつもより美味しい。最近はふわふわのかき氷が流行っているけど、屋台のかき氷は未だに食べればガリガリと音のするかき氷だ。やがてかき氷は全て解けて、薄い味のシロップだけになったものを、愛は思いっきり飲み干した。行儀が悪い……と、普段ならそういうところなのだろうけど、今日はほっといていいかな。

 もう少し歩いて、ようやく開けた場所に出られた。境内の入口付近、鳥居の前だ。

「冷めちゃう前に食べよう」

「そうだね」

 割り箸を取り出して、2人でその場に屈んでたこ焼きを食べる。表面は少し冷めていたけど、中はまだアツアツだった。かき氷を食べたばかりで口の中が冷たいのもあって、特に熱く感じる。

「あっふ……」

「あふい……!」

 ほぼ同時に出た同じ感想に、少し顔を合わせて笑ってしまった。

「美味しいね」

「うん」

 たこ焼きを食べ終わる頃には日はもうほぼ沈んでいて、飾られている提灯に明かりが灯っていた。人はどんどん増えて、手を繋がないとはぐれてしまいそうだ。

「愛、手繋ごう。逸れる」

「うん」

 きゅっと少し強めに手を握って、次にどこに行くか話す。

「うーん、どこがいいかな。あ、あそこ行かない?」

 愛が指差したのは名前を言うと戦争が始まるあのお菓子の屋台。ちなみに屋台には今川焼きとあった。

「私はカスタードで……陽向どうする?」

「えーと、じゃぁ抹茶あずきで」

 2人でそれぞれ金を払って、商品を受け取る。これも中身は熱々で美味しい。

「あーん」

 横を見れば、愛が口を開けていたので俺のものを1口食べさせる。どうやらご満悦のようだ。微笑ましく見てると、今度は愛がカスタードを俺の口に近づけてきていたので、俺も1口頂いた。甘くて美味しい。

 その後も、射的をやったり金魚すくいにチャレンジしたり、またなにか食べたりと過ごして、あっという間に時計は8時を回った。バスがあまり多くないので、俺たちは9時台のバスに乗らなければならないが、やっぱり名残惜しい。

「まだやっぱり物足りない! あれ食べよ!」

 ぐいっと愛に手が引っ張られたが、ツルッと手が滑って離れてしまった。ああ、しまったと愛を追いかけようとするが、人の波が凄くて無理に動くと流されそうだ……と思っていると。

「っと、あぶねぇな」

「うわっ」

 体格のいい人にぶつかってこられて、その場に転びそうになって元いた位置から流されてしまった。その上、愛を見失った。

「……まじか」

 愛が向かったのはりんご飴のある方向だったはずだが、見えない。人より背は高いはずなんだけどな……仕方ない、出るか分からないけどスマホで……と思いスマホを取り出すと、ちょうど愛から連絡が来ていた。開くと、「りんご飴の裏」とだけメッセージが入ってる。……もう買い終えたわけではないだろうに、と思いつつ、何とかその場へ向かった。


「愛?」

「あっ、陽向! こっち!」

「は? んだよ彼氏いんの?」

「ちぇっ」

 ……知らない声がする。行ってみると、大学生くらいの男数人に言い寄られているようだった。愛を庇う形で立つと、男たちはつまらなそうな顔をする。

「ねぇー彼氏くん? 俺たちちょーっと君の彼女と遊びたいだけなんだけど」

「ダメです」

「硬いこと言わずにさぁ」

「お断りします」

 ぎゅっと愛が俺の服を掴む。

「どうしてもって言うなら金払うからさ……」

「食い下がるなら警察呼びますよ」

 すっとスマホを用意すると、大学生たちはようやく諦めたらしい。国家権力、強い。去ってくれたことに安堵し、ふうと息を吐き出す。

「愛、大丈夫か?」

「うん……ありがとう陽向」

「手、離れてごめんな。……帰ろう」

「……そうだね」

 言いながら愛は足元を見た。俺も釣られて見ると、下駄の鼻緒と前坪に当たるところが赤くなっていた。歩きすぎて擦れてしまったんだろう。

「……歩ける?」

「……ちょっと痛いかも」

「……」

 背中を向けて屈むと、愛は少し躊躇っているようだった。

「……私重いよ? 陽向ひょろひょろだし」

「後半は傷つくから言わないで欲しかったな」

 苦笑すると、愛も笑ったようだった。そして、遠慮がちに俺の背に体を預ける。よっと言いながら立ち上がった。バス停までは何とかなりそうだ。ただ、普通の道は人が多くて迷惑だろうし、裏を通っていこう。

「……お祭りの後って寂しいよね」

「……そうだな」

「すぐ終わっちゃうし、また明日からいつも通りかーってなっちゃう」

「……まぁ、そうだけど……なんて言うかさ。また来ればいいじゃん。来年でも、再来年でも、そのまた次の年でも。今日みたいに、一日くらいさ」

「……あははっ。連れてってね」

「はいはい」

 誰もいない屋台の裏、俺たちはバス停に向かった。




 愛を家に送り届けてから俺も家に帰る。帰ってから、平常心を保っていた心が急に発熱し出して、顔まで熱が伝染した。愛を守るためだったとはいえ、彼女って!おんぶって!ああもう、何恥ずかしいことしてんだ、俺は!!と、ベッドの上で悶絶してしまった。ああ、ほんとに恥ずかしい。しかも思いっきり当たってた、背中に。何がとは言わないが当たってた。しかも、来年も再来年もって、何毎年一緒に行くのが確定みたいなこと言ってんだ!告白もできてないくせに!!

「あー……はっず……」

 溜息を吐き出しながら仰向けになる。さっさと告白しろよ、と前言われた言葉が、ずっしりと心にのしかかるのだった。

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