56限目 このままでは終わらない
夕方になって帰ってくると、愛の部屋の窓が開いていた。帰ってきたのだろうけど、寝ているのだろう。昨日の俺と同じだ。いちいち起こすのもあれだし、俺は先に家事をやってしまおう。
家事を終えて部屋に戻ると、愛が起きたようで机で漫画を読んでいた。疲れただろうし、勉強の気分ではないだろう。
「愛、おかえり」
「陽向! ただいま!」
「花火のゴミどうだった? バレなかった?」
「もちろん!」
にっと愛は笑った。よかった。俺みたいな普通高校の生徒はとにかく、愛は進学校の生徒だ。そういう素行の一つで内申点に響くのはダメージが大きいだろう。
「……あははっ」
「? 何?」
「いやー、私もだけど陽向もちょっと日焼けしてるなぁって思って」
「……たしかに。2日目はよく晴れたしな」
「私なんて両日晴れたから、明日やばいかも」
日焼け止めは塗ったのに、と愛は笑った。
他にも愛は、臨海学校中の思い出をあれやこれやと話してくれた。今までほとんど聞いたことがなかった同じ高校の友達の話を聞く限り、友達はみんないい人らしい。ムードメーカーな子と、ちょっとクールな子と、男勝りな子の3人と1緒によく行動していて、臨海学校でもそうだったらしい。花火をくれた奔放な子は、それなりに仲はいいが一緒に行動する程ではないそうだ。
「その子は持ち込みバレたの?」
「ううん、バレてないよ。普段から目をつけられてるけど、すごく頭がいいって言うか……まぁ言葉を選ばないなら悪知恵が働く子でさ、一応行く時にスーツケースの中軽く検査されたんだけど、その時もバレなかったんだよ」
「えっ、それはすごいな……リュックに入れてた、とかでなく?」
「ううん。それがさ、言われなきゃ分からないんだけどそのスーツケース、薄いもの……それこそ花火とかなら入るようなポケットが分かりづらくついててさ、そこに入れて免れたらしくて……」
「麻薬みたいな隠し方するんだな……」
思わず苦笑すると、愛も笑った。そのうち愛はご飯に呼ばれて部屋から出ていき、俺は宿題をしようと、面倒くさそうな英文読解から始めることにした。電子辞書は中学卒業時におじいちゃんとおばあちゃんが入学祝いでくれたので、大切に使っている。それにしても高校生活に必要なものをよく理解していてすごいな……。
数日経ち、課題はちっとも進まず、このままでは終わらないと思った俺は徹夜で英文読解を終わらせ、朝に少し仮眠をしてからバイトに向かった。眠そうなことを指摘されはしたが、素直に徹夜で課題をやっていたことを話すと今度は笑われた。
「まぁあんま無理すんなよ。今週五で出てるんだろ? 学生なんだから学業優先しないと」
「それはそうなんですけど……まぁ留年しない程度でいいかなって思ってて。姉ちゃんが学費払ってくれてるけど、あんま姉ちゃんの負担になるのも嫌ですし……」
「はは、姉思いな弟だな。でもそれで体壊したら元も子もねぇだろ?」
「そうそう、俺に言ってくれれば休みはちゃんと与えるからな陽向くん。あんま無理させたらお前の姉ちゃんに怒られちまう」
店長が笑いながら言う。バイトに週五で来てるのは、バイトそのものは名倉さんが来ることを除けば楽しいという理由もあるのだが。ちなみに、カフェは水曜日が定休日で、俺は夏休み中はその水曜の他にも一日、不定期ながら休みを貰っている。カフェの開店時間があまり長くないため今のところは休憩も貰いつつ6時間働いているのだ。
…………さて、そんなバイトの唯一の難点である名倉さんだが……臨海学校が終わり、28日になった今日も、店に来ていないようだ。俺に怒られたのが思いの外効いて、もう来ないで済むかもしれない。気が強い、と思っていたが、叱られるというのには慣れていないのだろう。オマケに俺には好きな子がいるのだ。彼女が体で落とそうったってそうは行かない。片思い歴10年を舐めてもらっちゃ困る。
そんなことを考えながら洗い物をしていると、カランカランと入店ベルが鳴った。時間は2時。昼に来た客が引いて、早めのおやつを食べようとする人が来るような時間だ。
「いらっしゃいませー! こちらの席へどうぞ!」
「あざっす!」
……ん?この声は……と思い少し店内を覗くと、そこにはいつもの3人がいた。
「お! 結城!」
「会いに来たぞ」
「ちょっ……バイト先に遊びに来たのか!?」
「食ったら帰るって」
「え、陽向くんの友達?」
「あ、はい……すみません騒がしい奴らで」
「全然大丈夫だよ! ごゆっくりー」
麻衣さんがこういう人で助かった……。
「結城ー、おすすめ何?」
「俺キッチンなんだけど……」
「あはは、行ってあげなよ陽向くん!」
麻衣さんが笑顔で言う。一応ホールの仕事も教えられている俺は注文用紙を手にテーブルへ向かった。この格好で友達に会うのはっずいな……。3人はにやにやしながらこっちを見ている。
「おすすめね……食べに来たのどっち? おやつ? 昼?」
「ケーキがいいな」
「ケーキならオレンジケーキが1番人気で……季節限定で季節のタルトは7月限定でメロンのタルトがあるよ」
「俺オレンジで」
「俺メロン!」
「俺も!」
「はい……オレンジが1つとメロンが2つで。お飲み物は?」
「アイスティー。ストレートで!」
「俺はアイスコーヒー」
「俺ミルクティーのアイス」
さらさらと書いていく。これくらいかな。
「以上で?」
「おう!」
「ご注文ご確認します……オレンジケーキが1つ、メロンタルトが2つ、アイスティーストレートが1つ、アイスコーヒーが1つ、ミルクティーのアイスが1つでお間違いないですか?」
「大丈夫でーす」
「かしこまりました」
ふぅ、と溜息をつきながら厨房に引っ込んでいき、ケーキと飲み物の用意をする。この程度の準備ならもう俺もできるのだ。
ケーキと飲み物をトレーに乗せてテーブルまで運ぶ。お待たせいたしました、と言って3人の前に置いた。さすがに誰が何を頼んだかは覚えている。
「さんきゅ。いただきまーす」
「うおー、うまそ!」
そんな声を聞いて厨房に戻ると、由利香さんが意外な顔で3人を見ていた。
「結城くんの友達って、もっと大人しい人だと思ってた。結城くんが大人しい子だし」
「あー……あいつらは文化祭の時の班分けが一緒で、それで一緒に行動するようになって」
「あぁ、なるほどね」
それ以前に球技大会でも縁があったが、熱中症になったことは話していないので省いた。どんな経緯があれ、友達なのには変わりないのだしいいだろう。それに、大人しそうと言われているが俺は別段大人しくはない。暴れるタイプでもないけれど、俺の元の性格はあの3人と似たようなもんだ。
3人はケーキを食べて、少し雑談したあと席を立った。会計の場所まで行くと店長が対応し、3人が店を出ようとしたところで──入店ベル。……名倉さんが来た。俺に怒られたことはトラウマになったわけではなかったようだ。
「いらっしゃ……名倉ちゃん! 久しぶり!」
「こんにちは」
名倉さんはそう言うと、案内された席に座った。陽キャたちは明らかに顔を引き攣らせたあと俺の方を見て、頑張れ、と言わんばかりの表情をして出ていった。もう名倉さんは来ないのではとか思っていた俺を殴りたい。
「あ、そうだ。せっかくだしまた陽向くんに接客……」
「あー悪い麻衣、やっぱ結城寝不足そうだしちょっと休ませるわ」
「あ……そう? わかった」
俺は少しびっくりして誠一さんを見た。誠一さんは俺の肩に手を置いてバックヤードに連れていった。俺を椅子に座らせ、ふうと息を吐くと自分も椅子に座った。
「この際だから聞くけど……名倉さんとどういう関係?」
……聞かれた。
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