ついに到来! 夏休み!

55限目 興味津々だ

 翌日、またバス酔いで死にそうになりながら学校に帰り、先生の挨拶が終わってから生徒たちはそこで解散となった。

「あー気持ち悪……」

「大丈夫かお前……」

「よしよし、早く家帰れ」

「じゃぁ次は休み明けな。また遊べたら遊ぼうぜ」

 そんなことを言い合いながら、俺も友達と別れて家に帰った。家に帰っても愛が居ないのは何だか新鮮な気持ちだ。バス酔いは少しづつ治ったがとりあえず水を飲んだ。母さんはいなかった。おそらく出かけているのだろう。俺がいない間料理はしていないのか、コンビニ弁当の箱でゴミ箱が溢れそうになっていた。

 ……それにしても、俺としてもあの展開は予想できなかった。どうせメンヘラに絡まれて、また泣かれたり怒られたり責められたりするものだろうと思っていたら、1人を真顔で怒るだけでまさか全員撤退するとは。それほど俺が怒るのは怖かったのか、それとも慣れなくて逃げたのか。分からないが、これで多少大人しくなってくれることを願うばかりだ。


 明日は一日バイトには休みを貰っている。あとの日は、月曜と木曜はバイト休み、それ以外の日はできるだけ出勤。忙しい夏休みになりそうだ。宿題をまずは片付けねば。

 出た宿題は、まずワーク集……現国、古文漢文の国語科、数学IA、現代社会と日本史、世界史の社会科、物理基礎、化学基礎、生物基礎の理科、そして英語科……軽い絶望を覚える。そして英語については英文読解、そして、日本史、または世界史に関する本を読んでのレポート……できる気がしない。

 一応俺は今まで宿題が間に合わなかったことは無い。子供一人の力で小学校の自由研究なんて無理だったが、姉ちゃんが帰ってきてくれた時に手伝ってもらったりしていたのだ。中学に入ってからはさすがに恥ずかしくて手伝ってもらっていないけど、いつも読書感想文が残っていた。読書感想文に1番近い歴史のレポートが多分一番最後に残るだろう。

 そして、それを考えるより先に眠気が襲ってきた。窓を開けたまま、瞼の重さに耐えきれず俺は目を閉じたのだった。




 目を覚ますと、もう外は暗くなっていた。随分寝てしまったようだ。ベッドに寝転んでから何もかけずに寝ていたのだが、ブランケットがかけられていた。1度帰宅した母さんがかけてくれたのかもしれない。

「ふぁぁ……」

 喉が渇いていた。欠伸を零して立ち上がりキッチンへ行くと、テーブルにメモが残されていた。「明日のご飯はお友達と外食に行くので用意しなくても大丈夫です。陽向もたまには休んで、外食やコンビニで済ませてね」……俺があまりにもぐっすり寝ていたから気を利かせたのかもしれない。そもそも全ての家事を任せるなと言う話ではあるのだが、まぁありがたい話だ。そういうことなら今日はコンビニ弁当を買いに行こうと、俺は部屋に戻った。と、その前に臨海学校で出た着替えなんかを洗濯せねばならない。俺は荷物を解いて、洗うべきものを全部洗濯機に突っ込んで回し始めた。それに制服のまま寝てしまっていたので着替えなければならない。夏休み中にクリーニングにも出しておきたいし、やることは山積みだ。

 クリーニングは明日にするとして、とりあえずはコンビニだ。昼に帰ってきて、昼ごはんを食べずに寝てしまったので腹の虫が鳴いている。俺は財布を持って家から出て、コンビニへ向かった。


 夕飯も食べて、シャワーも浴びたら、昼に長いこと寝ていたのにまだ眠気が襲ってきた。どうせ明日は洗濯物を回したりで忙しいのだしもう寝てしまおう。

 部屋は二階にあるが、さすがに夜は危ないため窓を閉めて、扇風機を回す。風に頭を撫でられて、俺はまた眠りについた。




 夏になると、毎年のように見る夢がある。

 夜の海岸の夢。小一の頃から見るようになって、最初の頃は夢だと気づいていなかったが、何度も見ているうちに、またこの夢かと思うようになっていた夢。顔も覚えていない父に手を引かれて海の方へと歩む5歳くらいの俺を、後ろから見送っている夢だ。俺に背を向けている父の顔は見えないが、幼い俺は何かを惜しむように、何度も何度もこっちに振り向く。だがそれは俺を見ているのではないように感じている。俺の膝の辺りまで波が来ているのを見て、このまま沈むのだろうか、でもどうせ夢だとそんなことを思っていると、陽向、という声が聞こえて、幼い俺は父の手を振りほどいて後ろを向いて駆け出して、俺の横を通り過ぎて行く。振り向くと今の俺と同い年くらいの姉ちゃんがいて、俺は姉ちゃんに抱きついて震えているのだ。父の方を見ると、父はじっと俺の事を見つめている。暗くて顔が見えないが、それは確かだった。父も俺もそのままその場で立ち尽くしていて、そのうち目が覚める。

 この夢を見た日は、だいたい目が覚めるのは早朝だ。今日もそうだったようで、時間は五時を少しすぎたくらいだった。

「…………」

 オカルトなんか信じちゃいない。だがこうも毎夏に同じ夢を見るとなると、やはり気になる。だが手がかりがないのも確かだった。何年か前に1度、夢占いで検索してみたこともある。『心身の疲れ、不安や恐れ』と書いてあって、もちろん真っ先にメンヘラのことを思い出したのは言うまでもない。いつ調べたのかは覚えていないが、少なくとも伊藤さんのやばさは知っている頃だった。愛や、他の友達には話していない。偶然だと一蹴されて終わりのような気がしていたのだ。


 母さんも姉ちゃんも父さんについてはほとんど口にしない。普通の人だったのに、何故か突然失踪してしまつた、今はどこにいるか分からない、ということだけだ。父さんがなんの仕事をしていたのかと聞いてみても、普通のサラリーマンだったよ、とその業種すら教えて貰えなかった。

 まだ小さかった頃はなんで教えてくれないんだろう、くらいにしか思ってなかったが、中学生になる前くらいに、一つだけ確信したことがある。2人はなにか隠し事をしている、ということだ。あまりにも、一言一句同じなのだ。父さんに関する情報が。コピーペーストしたような答えしか帰ってこないという違和感があった。もう1つは、思春期独特の鋭さというのか、いつも俯き気味でいる母さんはともかく、いつも俺の目を見て話す姉ちゃんでさえも、父さんのことになると少し俺から目を逸らしていることに気づいたのだ。居場所について知らないのは本当かもしれない、だけど分かっていることもあるのだろう。だが2人は頑としてそれを俺には教えないのだ。……まぁ、なにか後ろめたいことでもあったのだろうと思って、聞くことはなくなってしまったが。


「ふぁぁ……」

 二度寝するにも微妙な時間だし、起きてしまおうと俺は背伸びをした。

 バイトまで時間はある。まず洗濯機を回して、あと母さんの昼飯を作って……と考えながら着替えて、俺は部屋から出た。

 今日から本格的に夏休み。……あぁ、ようやくメンヘラから開放されると、ほっと肩が軽くなった気がした。




「臨海学校楽しかった?」

 聞いてきたのは麻衣さんだったが、由利香さんも誠一さんも興味津々だ。

「初日は雨だったんで泳げなかったんですけど、2日目は晴れて楽しかったですよ。初日は初日で、別のクラスのやつも一緒にトランプとかやってて」

「へぇ! いいねぇ青春だねぇ!」

「幼馴染みの子……愛ちゃんだっけ? その子とはどうだったの?」

「どっ……!? どうもこうも、愛とはただの幼馴染で……確かに行った海は同じだっけど学校間違うし……!」

 真っ赤になって否定してしまった。年上の皆さんが玩具を見つけたような顔で笑っている……。

「はいはいみんな、年下をいじめないの」

「店長……!」

「まぁ根掘り葉掘り聞きたいのは分かるけど」

「店長!?」

 そんな調子で、バイトの時間は過ぎていった。

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