53限目 プツンと切れた気がした
その後、昼食に呼ばれて飯を食べ、また部屋に集まって遊んで、風呂と夕食を済ませて、あっという間に消灯時間となった。楽しかったのだが、さすがに全員バスに3時間も揺られては疲れていたのか、大人しく退散することにした。
「じゃぁまた明日なぁ」
「おう、ゆーて明日は明日で泳ぎ疲れてそうだけど」
けらけらと光谷くんが笑う。それもそうだと笑いあって、俺たちは各々自分の部屋に戻って行った。
──翌日、予報通りよく晴れた。暑い。朝食を食べたあと、生徒は着替えて海へと向かった。
「おー、すげーいい天気」
「あっちぃー……」
「はーいちゅうもーく」
声を上げたのは体育の厚木先生だ。先生は海ならではの注意喚起をしていた。例えばクラゲとか、とにかく危険な生き物に対する注意だ。
自由時間がどうだ、とか臨海学校の説明を受けた時には聞いていたが、実際のところ全日自由なところがあるらしい。というのも、泳げない生徒が中にはいるからだ。海はプールと違い、突然足が地面につかないなんてざらにある。先生がそんな生徒の指導をしている中、泳げる生徒はとりあえず言われた通りの範囲で泳ぐ程度だ。もちろん監視の目はあるため、悪ふざけに興じたりはできない。俺は泳げるので退屈なのだが、なんと佐々木が泳げないらしい。遊びたいと言いながら泣く泣く指導される方へと引っ張っていかれていた。ちなみに樋口くんも泳げない組だ。
「佐々木泳げないんだ……」
「意外だな……」
「結城は泳げるんだな。プール授業あった感じ?」
「なかったけど、愛の両親が夏の間よく連れてってくれたからね」
泳ぎそのものは姉ちゃんに教わった。姉ちゃんと俺は同じ小学校に通っていたが、姉ちゃんが通っていた時代はまだプール授業があったのだ。だから俺が通っていた時代も取り壊されていない古いプールが存在したが、使ってはいなかった。
「へぇ。いいじゃん」
「こらー、そこの水着お揃い3人組ー! 話してないで言われた通りに泳ぎなさーい!」
ちょっと笑い混じりの声で言われたのは、恐らく高校生男子でありながら水着がお揃いなせいだろう。俺たちも恥ずかしいのだがこのお揃い感。
「泳ぎますか」
「そうだね。クロールだっけ?」
「そう、泳げたらそのあと平」
俺たちはそれぞれ泳ぎ始めたのだった。
昼食を食べてから少し休憩時間になり、また泳ぎ始めて、午後三時になってようやく自由時間になった。指導から解放された佐々木が合流する。
「おー、お疲れ」
「まじハンパねぇんだけど!! スパルタすぎん!?」
「まぁ海来て泳げないのは危険だし」
「それはそうなんだけどさぁ!」
「で? 泳げるようになったか?」
「ならんが!?」
堂々と言われて俺たちはけらけらと笑った。そりゃそうだ、この短時間で泳げるようにはならないだろう。そこで、ぽんっとたむたむが手を叩いた。
「じゃ、俺たちが特訓するか?」
「お前らはそれでいいんか?」
「俺はいいよ。馬渕は?」
「面倒くさいことに巻き込むなよ……」
そうは言いつつも断るつもりはないようだ。そうして、俺たちは佐々木の訓練に付き合うことになった。
「まずもってお前バタ足もできねぇの?」
「昔マジで太ってたからさーそれすら習得できなかったんだよ」
「おっしゃ、結城お手本だ」
「いいけどなんで俺?」
先生方はちゃんとビート板をある程度の数持ってきていて、馬渕がそれを1枚借りてきていた。ビート板を持つなんて、正直姉ちゃんも一緒にプールに行った頃、それも7歳の時以来だ。
バシャバシャと水飛沫が飛ぶ。ある程度進んだところで顔を上げると、佐々木がぽかんとしていた。
「どうした?」
「いや、ほんとに足バタバタさせるだけで進むんだなと……」
「佐々木さ、膝から下ばかり動かしてないか?」
「すげーなんでわかったの」
見てりゃわかる、と馬渕は呆れたように肩を竦めた。俺は3人のところに戻って、ビート板を佐々木に渡す。
「見本通りにやってみ?」
「見本通りに出来たら苦労はしな……ん?」
佐々木はふと俺たちの後ろを見た。馬渕とたむたむも同じように視線を向けたが、俺はどうにも振り向けない。とんでもなく嫌な予感がする。が、このまま知らぬ存ぜぬを続けるわけにも行かず、嫌々ながら後ろを見た。……良木さん……。
俺がこのままここにいる訳にも行かず、浜辺に上がった。これで会話は多分聞こえないだろう。
「……陽向くんどういうこと? それ」
「……どれ?」
「他の男子と……それもあんなバカたちとお揃いなんて聞いてないんだけど?」
言ってないからね。あと馬渕とたむたむに限って言うなら俺の方が馬鹿だからね。
「……言う必要ないかなって」
「言ってくれればこんなの買わなかったのに! 陽向くんのせいだよ!!」
俺が悪いのだろうか……。
「い、いやどうせ着るの今日だけなんだし……」
「それでも嫌! こんなことならいっそここで脱いで……」
「それはまじでやめよう!?」
俺が慌てて止めに入ったのを見ていられなくなったのか、他の3人も上がってきてくれた。たむたむが引きつった笑顔を浮かべながら俺を庇う大切に入ってきて、少し安堵する。
「どうしたんだよ、良木さん」
「どいて! 私は陽向くんに用があるの!!」
「……餓鬼。自分から聞かないからそうなるのよ」
さらに聞こえた声。この物言いは名倉さんだな……あぁ、やっぱり。
「そんなに困らせて。馬鹿みたいね」
「なっ……」
「あんた、男の子みたいに身長高いんだから、少しは相手の負担考えたらどうなの? 第1、あんたみたいに肌が黒いのが赤の水着なんて似合わないわよ」
ふん、と名倉さんは畳み掛ける。胃が痛い。胃潰瘍になりそう。
「アンタっ、馬鹿にするのもいい加減に……!」
「っ、うわっ!?」
名倉さんが言いかけた時、なにかに腕を引かれて俺の体はバランスを崩し、後ろに倒れて尻餅をついた。驚いて後ろを振り向くと、俺が倒れるとは思わなかったのか驚いている伊藤さんがいた。
「伊藤さん……」
「ごっ、ごめんね急に。倒れるとは思ってなくて……!」
「いや、いいけど……」
名倉さんと良木さんの目が俺と伊藤さんに向く。伊藤さんはやはり真っ白な肌だ。浅黒い良木さんはもちろん、少し色白という程度の名倉さんですら足元にも及ばない。さすが家がリゾートファッションということがあってか、水着は大変よく似合っているのが……大変悔しいのか、凄い目で見ている。友人たちの目も釘付けだ。
どんどん状況が悪化していく。そんな俺たちの様子を見て、離れていく他の生徒と、寄ってくるメンヘラの残り2人。実川さんと恩塚さんが同時に来ると体格差やばいな……。
「……ふっ。ガリガリが2人、デブが1人、子供みたいに騒ぐのが1人……そんなんで恋のためにあーだこーだするなんて、ほんとに身の程知らずね」
「おいおい、やめとけって名倉さん……」
たむたむが言うが、それで辞める名倉さんではない。いかに自分が女として優れているかを淡々と語っている。俺は立ち上がってどうするかを考えていたが、なんかもう考えるのが疲れた。
「本当、可哀想に。女の子に恵まれないのね。誰だっけ? 文化祭で陽向くんといた女の子……あの子も冴えないし」
「……」
頭の中で、何ががプツンと切れた気がした。俺は何を言われてもいい。何を言われても基本耐えられるし、手を出されても止めることも出来る。メンヘラが悪口を言われても、別に響かない。というか何を言われても仕方ないことをしてる面々ではある。
──でも愛は関係ない。
俺は名倉さんの所へ戻って、じっと顔を見た。メンヘラなら喜びそうな場面ではあるのだが、さすがに怒っているのが伝わったのか、名倉さんはここに来て初めて動揺を見せた。他の男子も、メンヘラたちも、なにかいつもと様子が違うのを察知したらしい。
「……愛は関係ないよね?」
俺の口から出たのはそれだけだったが、名倉さんは数歩後ずさったあと、逃げていったのだった。
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