52限目 気持ちは分かる
結局メンヘラたちはバスの出発ギリギリまでその場にいたらしい。運転手さんとバスガイドさんがビビってて大変申し訳なかった。メンヘラが退散してから俺と樋口くんは席を入れ替えて窓を閉めた。
「あーびっくりした……」
「メンヘラたちも危機感があるのでしょうなぁ」
……天気か。折角水着を買ったのにそれを見せることも、俺の水着姿を見ることも出来ないと危機感を覚えて、夏休み前に少しでも俺の顔を見ようとしたのかもしれない。やめて欲しいが。
「結城くん」
呼ばれたので顔を上げると、山野先生がこっちを見ていた。
「気分はどうだ? あと1時間くらいバスだけど大丈夫か?」
「あ……はい、大丈夫そうです」
「そうか。気分悪くなったらいつでも言ってくれ、席変わるからな!」
「ありがとうございます」
山野先生はそのままバスの奥の方へ歩いていった。全員揃ったかの確認と、シートベルトを閉めているかの確認をしているのだろう。やがて前の方に戻ると、バスガイドさんと少し話して席に着いた。
「では出発いたします。あと1時間ほどで着きますが、皆さんそろそろ退屈していると思うので……一つお話をしましょう!」
なんの話しだろうか、と思っていると、突然バスの中におどろおどろしい音楽が流れ始めた。怖い話か。夏だもんな。
騒がしいバス内だったが、みんな怖い話は結構真剣に聞いていた。というのも……本当に怖いのだ、ガイドさんの話が。いや、話の内容が怖いということは無いのだが、「その時突然、子供の笑い声が聞こえたのです……」と言ってから少し置いて、「けひゃひゃひゃひゃ!! けひゃひゃひゃひゃ!!」と気味の悪い笑い声をそれまでとは違う甲高い声で叫ばれれば、さすがに肝が冷える。しかも生徒たちがその突然の声に驚いているのを見たバスガイドさんは、満足そうににんまりと口角を上げるのだから余計に不気味だ。近くの席から小さな声で、「これ心霊バスじゃないよな?」という声が聞こえた。気持ちは分かる。
やがてバスガイドさんの話は終わり、バスの中はシンと静まり返っていた。何故か誰か何も言い出すこともない空気だったが、そのうちB組の生徒らしい男子が手を挙げた。
「先生ッ! 海まで後どのくらいですか!!」
「あー、50分くらいだな」
「このバスカラオケあったら残りの時間カラオケにしません!?」
よっぽど怖かったらしい。周りが次々と同調し始め、残りの時間は古い歌しか入っていないカラオケに決まった。そしてこういう時に謎にいるのが、昭和歌謡に詳しい連中だ。テレビで音楽番組とか見てるとたまに出てくる、あのころの名曲みたいなコーナーくらいでしか聞かないような歌を歌っているメンバーがいた。「知らねーよこんな曲!」という笑い混じりのツッコミがあちこちから聞こえて、俺も笑ってしまった。
吐きそうになったり回避したりを繰り返し、変な汗を流しながらも、何とかバスは宿へ着いた。……が。
ザーッと言う音が響く。そう、結局土砂降りという結果になってしまったのだ。時間は昼、先生たちは何かを話し合い、やがてホテルのホールに集まっている生徒たちに言った。
「えー、みんな、見ての通りの天候だ! 今日は降るので海には行けないが、明日の朝には上がるらしい! そしてまた、明日は気温も高いとのことなので、明日に備えてくれ。今日は各自部屋で、他の観光客とホテルの従業員に迷惑をかけないよう過ごすように!」
生徒から「いえーい」という声が聞こえる。そりゃ、自由なく泳ぐよりは嬉しいはずだ。俺もバスの中で一緒だった樋口くんと別れ、馬渕と合流した。他のメンバーは渡辺くんと宮下くんだ。
「よ、結城。バス酔い大丈夫だったか?」
「大丈夫じゃなかったらバスの中少し騒ぎになってたと思う」
それもそう、と馬渕は笑った。宮下くんはもともと口数が少なく大人しいし、渡辺くんもそうそう騒ぐ質ではない。部屋に戻ってから、俺と馬渕は少し話し合って、グループLINEにカードゲームの話を送った。渡辺くんはよく橋本くんやB組の人とも絡んでいるからともかく、宮下くんはおそらく他の部屋に行ったりしないだろうから、俺たちの部屋でやるのはやめよう、という相談だ。すると佐々木から、だったら、と一つの案が飛んできた。それが、B組の山本たちの部屋でやろうという話だった。
佐々木によると、B組の山本くんのいる部屋は、ほぼみんな悪ふざけノリが大好きなメンバーらしい。
馬渕【メンバー誰?】
佐々木【山本、光谷、よっちー、藤井!】
何人かは名前を知っている。別に話したことがあるとかでは無いが、隣のクラスだし騒がしいからだ。
「結城それでいい?」
「俺はいいよ」
たむたむも賛成とのことで、俺たちは早速まずたむたむを拾い、佐々木の部屋に行って佐々木の案内で山本くんたちの部屋へ向かった。
「うっす! 来たぜ!」
「おー佐々木! ……と? 見慣れない顔が……あ! いつも女に囲まれてるやつじゃん!」
嫌な認識方法だな。
「そうだぜぇ」
「陰キャの見た目なのに佐々木たちと仲良いんだ?」
「結城どうする? 眼鏡外す?」
「せめて前髪はどかさないとマジでそろそろ視力下がりそうだから前髪は整えとく」
俺はいいながら前髪を少し整えた。B組男子たちから「おお!」と声が上がる。
「イケメンだったんだな」
「眼鏡も外してよ。つかそれ伊達なの?」
言われるがまま眼鏡を外す。やっぱりこっちの方が視界がクリアだ。
「なんでそんな見た目してんの? えーと名前なんだっけ?」
「結城陽向。……見た目については、まぁ色々あってさ」
答えたくないわけではないが、話すと長くなるのではぐらかしたが、B組の皆は深く聞かずに流してくれた。
「っと、遅れたな。俺は
「
「俺は
よっちーってお前か。体育祭で俺がバスケ経験者だと言う話を漏らしたよっちーっていうのは。
「
「えっ、なんでわかったの?」
「なんでも何も、お前2中だと一時期有名人だったじゃん。ほら、えーと、伊藤さんだっけ? その関係で。たしかほら、1年の冬の!」
言われて思い出した。思い出したくなかったけど。確かにその時期、俺は中学での有名人だったことがある。
中一と言えば、伊藤さんと出会った年度だ。伊藤さんの自傷癖は治っていたものの、やはり思い通りにならなければ刃物を取り出す性格に俺は疲弊していた。そんなある日、風邪を引きかけていた俺は体育の授業を休み保健室で寝ていたのだが、なにかの物音によって目を覚ました。熱でぼんやりしていたのと、寝起きだったために動いていない思考回路ではなんの音か分からなかったが、次の瞬間俺の脳ははっきり目覚めることになる。というのも、横を向いて寝ていた俺の目の前に、カッターが置かれていたのだ。途端に脳が警鐘を鳴らした瞬間、ガラッと保健室のドアが開く音がした。
「せんせ……うわっ!? 何してんの!?」
閉まっているカーテン越しで何が起きているのかさっぱり分からなかったが、次の瞬間にカーテンが一瞬開いてカッターは回収され、そのままバタバタと誰かが走っていく音が聞こえた。恐る恐るカーテンを開けると、体育で転んだのか、クラスメイト2人──1人は付き添いだと思われる──が保健室の入口で呆然としていた。
「……何……があった?」
「あ、結城……大丈夫か? いや、さっき入ったら伊藤さんがいたんだけど……なんか服脱ごうとしてて……」
この事件は目撃した2人によって話が広まってしまい、俺は一時期被害者的な意味で有名人になったのだ。
「お前そんなことされてたの!?」
「された……」
「忘れんなよそんな重要事件」
仕方ないじゃないか、メンヘラにされたことなんて一々覚えていたらキリがないんだよ。
「まぁともあれ、同じ二中のよしみで改めてよろしく。さて、トランプやろうぜ!」
光谷が変えてくれた空気を甘んじて受け入れ、俺たちはトランプゲームを始めたのだった。
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