51限目 残さないで欲しかった

 買い物最終日、明日から臨海学校、良木さんのターン。行きたい場所は、初日に実川さんと行ったショッピングモールだ。

「私何色が似合うと思う?」

 着いて早々、良木さんは期待を込めた目で俺を見てきた。何を期待されているのかはちょっとよく分からない。

「えーっと……」

 伊藤さんのように真っ白な肌なら、確かにその肌が白さが映えるのは暗い色になるのだろう。けれど別にパステルカラーが似合わないわけではない。しかし良木さんは肌が浅黒い。生まれつきなのか日焼けなのかは知らんが。まぁともあれ……あまりパステル系や白は似合わないかもしれない。だが似合う色と言われても分からない。……無難な色を言っておくか。

「……黒……とか?」

「……無難すぎない? つまらないこと言わないでちゃんと答えてよ」

 つまらないことで悪かったな、と頭の片隅で思いつつアイデアを絞る。しかし元々買い物に乗り気では無い俺なのだ、アイデアなんて絞ったところで出てこない。

「……俺にどんな水着が似合うかなんて分からないしさ。好きな色選びなよ」

「……陽向くんはどんなのを買ったの?」

 良木さんも聞いてきたな……。

「……黒い少し迷彩の模様が入ったやつ」

「ふぅん、じゃぁ黒にしようかな」

 名倉さんは対になるように白を選んだが、良木さんはガッツリお揃いにしたいようだ。しかもガッツリ迷彩柄を選んでいるが……これは俺の伝え方が悪かったのだろうか、それとも聞かなかった良木さんが悪いのだろうか……灰色の迷彩を選んでいる。これではお揃いになるのは馬渕の方だ。だが俺の方から「俺のは赤い迷彩だよ」なんて言うのは「私とお揃いにしたいと思ってるんだ!」と勘違いされる可能性が高いのでここは馬渕を犠牲に俺の生存という選択肢を取ろう。恨んでくれるな。何度も言うが死にたくない。……馬渕とお揃いになった、なんてバレたら「なんで言ってくれなかったの!?」となりそうだから、どの道修羅場勃発は避けられないだろうが。

 良木さんは結局灰色の迷彩の水着と夏らしい柄のバッグを買い、何とか買い物は全員分終了、あとは臨海学校を切り抜ければ済む話だ。それに臨海学校も自由時間さえ切り抜ければあとは自由。……まぁ、なんとかなるだろう。




 翌日──学校に集まり、男女別でバスに乗りこみ……もちろん男子バス内はワイワイと騒いでいた。というのも、A組で騒がしいのはたむたむとか佐々木とかその程度で他は割と物静かでいつも温度が低いのだが……何しろB組の男子は騒がしい生徒揃いだ、男女共に。

「おー佐々木ィ! お前ボードゲームとか持ってきたん!?」

「もち! UNOとトランプ持ってきた!」

「やったよどこの部屋でやる!?」

「それについてはまた後でLINEで連絡するわ!」

「馬渕ーお前スマホのモバイルバッテリー持ってる?」

「持ってるけどなんでお前家で充電してこないんだよ……」

 ガヤガヤと騒がしい中、俺は樋口くんの隣に座って窓の外を眺めていた。樋口くんが意外そうに口を開く。

「女子はいないし、陽キャたちと騒ぐものかと」

「それも考えたけどさー……」

 ……正直、俺は乗り物に強くない。普通の車の運転でだって酔うことがあるのに、バスで騒いで耐え切れるわけがない。今のところ乗ったことがないが、多分飛行機も船も俺はダメだろう。そういうところは母親譲りだ。何故か電車は平気なのに……。

 俺と姉ちゃんは顔は似ているが、やはり男女姉弟となると差異は出るもので、姉ちゃんは若干父さんの血が強く、俺は若干母さんの血が強い……らしい。父さんの顔を覚えてないので確かなことは言えないが。姉ちゃんはこんな家庭環境のせいで自然としっかり者に育ち、そんな背を見てきた俺もこんな風に育った訳だが、体質というのはやはり抗えず、そのへんも母さんの血が結構色濃く出ている。その1つが乗り物酔いと、痩せ型体質だ。別に俺が痩せているのは金がないからだけではない。ついでに、子供と妻を置いていきなり蒸発する父という人間を釣ってしまったのも、恐らく俺に遺伝した。そこは遺伝子を残さないで欲しかった。

「ほーん、健康そうなのに意外ですなぁ」

「そう見える?」

「たしかにほっそいでするが、顔色が悪いってことはありませぬし。……いや、いつもメンヘラに囲まれて顔色が悪いから今日は良さそうに見えるだけ……?」

「嫌な予測は立てないで欲しいな……」

 はぁ、と溜息をつきながらも視線はずっと窓の外。……にしても、まさか決行するとは。

 というのも、空は本日曇り空だ。気温は決して低くない上、臨海学校に延期は存在しないのと、泊まる宿の周辺は降るか否かが天気予報では微妙だったために、予定通り決行となったのだが……正直、今にも降りそうだ。水泳は好きな方だから少し残念だが、それ以外にも楽しみはある。それに、降ってくれた方が女子が絡んでこなくていいかもしれない。

「男子生徒のみなさーん、こちらにご注目くださーい」

 ふとすぐ目の前から声が聞こえた。見ると、バスガイドのお姉さんがニコニコとバス内を見渡している。

「まもなくサービスエリアに到着します。皆さん御手洗を済ませて、来てくださいますようよろしくお願いします。また、お財布やスマートフォンなど貴重品は、必ず肌身離さず持っていてくださいね」

 ガイドのお姉さんの指示に従い、各々直ぐにトイレへ行けるようにカバンの中に財布やら何やらをしまう音があちこちから聞こえてきた。ガイド通り少しするとバスはサービスエリアに着き、ぞろぞろと同じ学校の生徒たちがバスの中から出てきた。

「せんせー自販機で飲み物買っていいっすか?」

「おう。水分補給はしっかりしとけー」

 俺も飲み物を買おう。もちろんバス酔いしやすい体質だと何を飲むべきかも知ってる。ジンジャーティーとか、ペパーミントティーだ。……自販機にあるかどうかは定かでは無いし、多分ないのだけど。多少スッキリする、という意味では弱炭酸くらいの炭酸水も悪くは無い。炭酸で腹が脹れるが飲む量は調節すればいいだけだ。


 トイレから戻ってきて、樋口くんは苦い表情で言った。

「……結城氏大丈夫? 酔ってない?」

「ちょっと酔ってるけどまだ大丈夫……」

「大丈夫の基準が低いですなぁ」

 休憩は20分。その間に何とか少し持ち直せればいいが……とか思っていると、樋口くんは前の方の席に歩いていった。いや、俺たちが座ってるのもだいぶ前の方なんだけど。少しして戻ってきたと思ったら、ちょいと失礼、と言って俺を立たせた。

「何? どうしたの?」

「今エアコン止まってるから窓開けてもいいって。出る前どうしてもやばそうだったら1番前の山野先生が咳変わってくれると言ってましたぞ」

 山野先生はB組の若い男性の先生だ。個人的に話したことはないが現社を担当しているため、もちろん人となりは知っている。一言で言えば、ノリが良くて気が利くいい人、という感じだ。

「それはありがたい……樋口くんもありがとう」

「同じ部活の仲間が隣で具合悪そうにしてるのに見捨てられませんって……あ」

 窓は固いらしく、ぐっぐっと押してあげていた樋口くんが、突然なにかに気づいたように下の方を見て固まった。

「……どうしたの」

「あー……結城氏、休憩終わるまで外見ない方が……というか廊下側に座った方がいいかと」

「え? なんで……」

 そう言いながら樋口くんの後ろから同じ方向を見て……「ヒッ」という声が出た。俺の席をじっと眺めるようにメンヘラたちが無表情でこっちを見ている。いや怖い。怖すぎる。

「……ごめんバス出るまで廊下と窓側交換して」

「バス酔い大丈夫で?」

「今止まってるし……メンヘラにあの顔で見られるのと酔うのだったら酔った方がマシだ……」

 早く出発してくれ、と願うばかりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る