50限目 だがしかしbut
というわけで、名倉さんが指定してきたのは昨日恩塚さんと行った店だった。ここならまぁ、他に沢山客もいたし、俺と恩塚さんが覚えられていることもないだろう。
相変わらず高い、なのに客は沢山いる。皆金持ちなのか、それもそうでは無いけど水着ともなれば奮発してしまうのか。どっちでもいいけども。
さて、名倉さんが見ているのはこれも恩塚さんと同じく露出の多い水着だった。色は……黒か。そうだろうな、という予想はなかったと言えば嘘になる。名倉さんは何よりも自分のスタイル……ひいては発育の良さをメインウェポンにしている。そりゃもちろんスタイルの良さが際立つ服を選ぶはずだ。
「どう? 似合うかしら?」
「あ、うん……似合うよ」
「本当? なんだか煮え切らない返事ね?」
うっ……まだ名倉さんとは出会って数ヶ月、望む望まないは関係なく関わりは多いとはいえ、扱いになれている訳ではない。何度でも言う、メンヘラにマニュアルは存在しない。そのため……他のメンヘラならとりあえず肯定しておけば満足しているものを、少しでも煮え切らない様子を見せれば疑いにかかる名倉さんというのは、今までにない経路なのだ。何を言えばいいか分からない。
「いや、本当に似合ってる、と思うよ? 大人っぽいし」
「ならいいけど……あ、そういえば聞いてなかったわね。他の3人は何を選んだの?」
聞かれた……。
「えーっと……実川さんは少し暗めの青、伊藤さんは紫、恩塚さん、が……結構強めのピンク……」
言うと、フンッと名倉さんは鼻で笑った。
「ピンク? 未就学児みたいな色を選ぶのね、あの体型で」
それについては俺も悪……いや俺は悪くないな。弁明を違う解釈で受け取って、微妙だけどと言いながらも買ったのはあっちだ。俺は考え事をしていただけだし、責任はない。
「でもそうしたら黒は目立たないかも……白にしようかしら」
今度は白い方を探しに行った。……俺だけじゃなくて海にいる他の男も落としに行くつもりなんだろうな。どうかそのまま見惚れた他の男にご執心して欲しい。そんでそのまま俺から目を逸らしていただきたい。
「そういえば陽向くんは水着は買ったのかしら?」「あぁ、うん……佐々木たちと」
「ふぅん? 何色?」
「……黒と、ワンポイントで赤が入ったやつ」
「そう。じゃぁ私は赤いワンポイントが入った白にしましょう」
……ペアルックを意識するつもり??
そんなこんなで買い物は終わり、降りる駅が違うため名倉さんとは車内で別れた。あと一人。最後は良木さん。……こんな疲れた状態で海に臨むのか、俺は……。
そうだ、今日は帰ったら臨海学校の支度をしないと。……おかしいな。夏休みのはずなのに忙しいぞ……?
佐々木晴也【臨海学校に花火持ってこうぜ!】
たむたむ【違反で草ァ!】
まぶち【迷惑系YouTuberだけはやめとけ】
結城【佐々木が持っていく分にはいいけど巻き込まないでね】
臨海学校の準備中、タイムリーな話題がLINEで流れてきた。もちろん、花火は絶対に持ってくるなと言われている。……正直俺だってそんな風に楽しみたいとは思う。クラスの一軍女子もそうだろうと思う。だがしかしbut、けどけれどyet……如何せん高校生活が始まってから、球技大会で保健室に運ばれF組のヤバいやつに目をつけられ生徒指導室に呼ばれ文化祭で刺傷事件を起こされかけた身だ。せめて一応でも夏休み中は穏やかに過ごしたい。
まぶち【結城は本当はやりたいんだろ?】
結城【やりたいけどもう田口先生のお世話になりたくないんだよ】
佐々木晴也【よっ!生徒指導常連!】
結城【どうしよう次会った時ぶん殴りそう】
たむたむ【ひょろっひょろなのに??】
まぶち【攻撃力45くらいしかなさそう】
結城【ポッポじゃん】
佐々木晴也【イワークかもしれねぇだろ】
結城【何も変わってない】
片手間で返事をしながら準備を進める。持っていくものは歯ブラシとかのアメニティグッズ、一応宿に貸して貰えるらしいがタオル、泳ぐ以外の時間は制服のため普段着はいらないが寝巻き……必需品はそんなものか。大きめのカバンに詰め込んでいると、また通知がなった。
佐々木晴也【花火は無理にしてもトランプとかUNOはやろうな!禁止されてないし!俺持ってく!】
!カードゲーム!やっぱり宿に泊まるタイプの楽しみと言えばそれだ!たむたむと馬渕も喜んでいる。俺ももちろん楽しい。少し臨海学校が楽しみになってきた。というか、そう。臨海学校は基本男女別行動だ。自由時間さえ乗り切ればなんとかなるかもしれない。
まぶち【いいじゃん。他もなんか持ってく?】
たむたむ【あ、じゃぁ俺たしか家にウミガメのスープあるから持ってくわ!】
結城【ウミガメのスープやったことないんだけどできる?】
たむたむ【ルールは簡単だから大丈夫だ!】
佐々木晴也【ウミガメのスープいいな!】
俺は言わずもがな、そして馬渕も特に家にそういう禁止されていないゲーム類は持っていないとのことで、娯楽系を持っていくのはたむたむと佐々木になった。ちなみに、男子は4人ずつ4部屋で、俺と馬渕は同じ部屋だがたむたむも佐々木もそれぞれ別室だ。どの部屋でやるかはその時に話すことになった。
たむたむ【ちなみに結城、他の奴らも誘っていい?】
結城【うーん……俺もその方が楽しいけど……】
佐々木【俺らとつるんでるのバレたら最悪他のクラスの女子に目ぇ付けられるもんな】
結城【そう、それが嫌】
普通なら「そんなことにはならないよ」と謙遜すべき場面なんだろう、それは分かる。というか、目をつけられるにしても「かっこいい! 好き!」の方向なら別にいい。だがメンヘラは「優しいし、付け入る隙があるから好き、好きだから独占したい。私だけを見てほしい。そうでなければ死んでしまう」というぶっ飛び関連ゲームに行き着く。他のクラスにメンヘラが居ない保証はない。これ以上学校生活の難易度をあげたくないんだ、俺は。ただでさえ入学初日でエクストリームモードが確定しているのに。
さておく、そんなわけで出来れば俺は俺の現状を知ってる面子だけでやるのが望ましいが……こういうのは基本、少人数でやっても盛り上がらない。それはこの世の真理だ。
たむたむ【じゃぁ男子だけで盛り上がるようにしようぜ。他のクラスのやつでも男子だけならいいだろ?】
結城【男子だけなら俺もいいけど、どうやって】
たむたむ【猥談しよーぜ!っていって部屋に集める】
……正直そんな名目で部屋に集められるの嫌すぎるけど、確かにそれなら女子は寄ってこないだろう。
佐々木晴也【クッソwwwwwwwww】
まぶち【女子寄ってこないのは確かにそうだけど夏休み明けのたむたむの身分が心配】
たむたむ【俺の屍を越えてゆけ】
結城【死んでるじゃん】
たむたむ【まぁいいだろ。2年と3年は臨海学校ないわけで、臨海学校楽しめるのは今年だけなんだし】
なんやかんやで話はまとまった。佐々木とたむたむがカードゲームを持ってきて、風呂、夕飯が終わってから消灯までの自由時間になったら、隣のクラスの男子を猥談を名目に呼び、カードゲームの人数を増やすという作戦だ。……本来はそんな作戦なんか要らないことを考えると誠に申し訳ない。
荷物も纏まった。あとは出発当日の朝、スマホの充電コードと財布を入れればいい。
たむたむ【そんじゃまた明後日ー】
佐々木晴也【おまえら全員忘れ物するなよ!】
まぶち【お前がな】
結城【全員気をつけよう】
そんなことを言い合いながら、俺は眠りについたのだった。
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