49限目 似たようなもんか?
恩塚さんは結局俺がぼんやりと視界に入れていたピンク色の水着とそれに似合った鞄を選び、買い物は終わった。レジから聞こえた心臓が凍りそうな値段は聞こえなかった。そう聞こえなかったのだ。聞こえなかったということにしておこう。
家に帰り、少しの間ぐったりとする。夏休み中は少し夜更かししてても問題ないから気が楽だが、相当疲れているようだ。暑いので窓を開けてある。愛はいなかった。7時半なので、おそらく夕飯を食べているのだろう。そんなことを思っていると、電話がかかってきた。愛だ。こんな時間に電話なんて……というかこの距離なので電話がそもそも珍しい。
「もしもし? どうした?」
『陽向! もう帰ってる!?』
「帰ってるけど……」
『パパとママいないからうちに来て! お願い!』
「ファッ!?」
何を……何を言っているんだ!?それはつまり……えっ!?それはつまりその……そういう……!?という男子高校生特有の思考回路を殴ってでも黙らせ、細く息を吐き出す。
「えっと……何で? なんかあった?」
『今テレビでホラー特番見てるんだけど超怖いから一緒に見てほしいの! お願いー!』
「そんな怖いのになんで見てるんだよ!?」
いやまぁ、そんなこったろうと思ったけど!!
愛の家まで徒歩0分、インターホンを押した。
「こんばんはー」
「陽向ー! 良かった来てくれた……!」
「手土産なんもなくて悪いな」
「そんなんいいよ! ありがとう来てくれて!」
愛は布団を被っていた。どんだけ怖いんだ。ビビりなくせに怖いのが好きというのは難儀なものだ。リビングに行くと、『最恐!真夏の心霊特集』という夏特有の番組がついていた。テレビの中でタレントが心霊スポットに出向いて頭痛を訴えている。
「あ、メロンあるよ。ママが切ってたの。食べる?」
「いただきます」
俺が言うと、愛は被ってた布団をソファーに置いて冷蔵庫に向かった。四角く切られたメロンを取り出し、フォークを2つ出してテーブルに置いた。ついでに麦茶もコップに入れてくれた。愛の家では3角なのをかじるのではなく、こうやって手が汚れないように切ってフォークで食べるのが恒例だ。甘さがじわっと口の中に広がる。
『ここの心霊スポットでは、自殺が絶えないらしい……しかし、自殺した人の親族によると、思い詰めている様子はなかったという──』
『うわ……ここから落ちたらひとたまりもないですね……』
『──その時──嶺里の耳が何かを捉えた』
『あれ……? なんか今声がしませんでした?』
『え? もしかして情報が寄せられてるって言う……?』
『えー嘘嘘やめてよ……』
ありがちな展開を見ながら、愛はまた布団に入っていた。スタジオメンバーの芸能人たちはマイクが捉えた音を少し大きくしたのを聞いて悲鳴をあげていたが、正直字幕通りには聞こえない。撮影されている心霊スポットは橋だ。風が吹き抜ける音にしか聞こえないが……隣の幼なじみは「ひぃ……言ってる……言ってるよ……」と小さい声で言っていた。
やがて1度番組はスタジオの風景に戻り、今度は心霊映像特集になった。これはちょっとびっくりはするんだよな。
『娘の誕生日を祝うホームパーティの映像……画面右に注目していただきたい……』
いつも思うけど日本人こんなん撮るのか?俺が縁遠すぎるだけ?……こんなこと考えてるからホラーを楽しめないんだろうな……。
テレビで一瞬何かが浮かんだ。何が映ったのかよくわからん。
「何!? よく見えなかったけどなんかいたよ!?」
「落ち着いて」
『お分かりいただけただろうか……もう一度ご覧頂こう』
「…………あー! 男だ! 変な男いる!」
「変質者が不法侵入してるみたいな言い方するじゃん」
「似たようなもんじゃない!?」
思わず笑ってしまった。生者か死者かという越えられない壁が違いとして存在してると思うけど、似たようなもんか?
その後も恐怖映像に心霊写真、そして再び心霊スポット、さらにほかの心霊スポットの紹介などもあり、9時になって番組は終わった。
「あー怖かった……1人じゃ無理だったよ!」
「はは、トイレ1人で行けるか?」
「行けるもん!」
若干ムキになって愛が言った瞬間、俺と愛両方の腹の虫が鳴いた。
「…………」
「…………」
「愛……食事もせずに番組見てたのか?」
「陽向こそ……」
「俺は帰って直ぐに愛からSOS来たし……」
少しの沈黙が流れる。だがこれは気まずいのではなく、互いの意思の確認だ。付き合いが長いので、大体表情を見れば、何を考えているのかわかる。やがて愛が笑った。
「財布持ってくるね」
「俺も持ってくる。家の前で待ってて」
「私がそっち行くよ」
「そうか? わかった」
俺は愛の家から出て、家に戻って財布を持った。俺たちの意見は、どこかに食べに行こう、と決まった。財布を持って家から出ると、既に愛がいた。
「どこ行く?」
「ラーメン食べたいな」
「……じゃぁ中村屋行くか」
「賛成! そこ行くの久々!」
「俺も」
そんな話をしながら、俺と愛は近所のラーメン屋に向かった。
4日目、名倉さんのターン。
愛とラーメンを食べて帰ったのが10時半すぎ、それから家事をやった俺は昨日は少し寝たのが遅かった。少し眠いがドタキャンできない。とはいえ、眠いのはバッチリ見抜かれていたようだが。
「なんだか眠そうね? 何時に寝たの?」
「1時くらいかな……」
「あら。夏休みだからって不規則な生活はダメよ? 折角の顔が台無しになるわ」
ストレートに褒めてくるとは思わず、驚いて名倉さんを見た。今まで、愛やその友達に「イケメン」と称されることはあったが、メンヘラは俺の顔に対してそうそう言及してくることがなかったのだ。しかしそこでそういうコメントをすると相手の話の流れに乗せられるので話題を変更する。
「……で、えーと……名倉さんはどこ行くか決めた?」
「えぇ、勿論。陽向くん、sunny×sunnyってお店知ってる? 個人店なのだけど」
知ってるも何も一昨日行ったが。
「……うん……知ってる……」
「そう、良かった。道はわかるかしら?」
知ってる、だが、とんでもなく行きたくない!なぜならそこは伊藤さんのご両親が経営する服屋だ!そして伊藤さんの両親には会ったことがないが、アルバイトの真白さんはいるかもしれない!そしてその真白さんは俺が伊藤さんの彼女だと勘違いしている!自分がバイトしている店の娘が連れてきた男が、別の日に別の女とまた店に水着を買いに来るとか……第三者からしたら、二股の状況以外何でもない!違うんです、本当に違うんですと言っても信じてもらえることは恐らくない。なぜなら俺が今自分が置かれてる、クラスの女子5人と水着を買いに行くという状況を理解できてないから。第三者に理解できるわけがない。
「……他の、店にしない……?」
「あら、どうして?」
「えーっと……」
そこが伊藤さんのご実家、と言っても大丈夫だろうか……いや、言わない方がいいな。名倉さんが伊藤さんに会った時、何を言い出すか未知数すぎる。何かほかの言い訳を考えねば。
「…………ほっ、ほら、そこって結構高そうじゃん? リゾートウェアの店なんでしょ? 臨海学校なんて1年生の時だけのなんだし、もっと安いところに行っても……」
「……あ、言ってなかったわね、そういえば」
「え……」
「私、父が会社経営してるの。化粧品とかの」
「……」
バイト先に来た時、お嬢様みたいな生活してんだなぁと思ったけど、マジのお嬢様だった。なんで公立に通ってるんだよ……。
「お金は心配ないわ。さ、行きましょ?」
だめだ……もう正直に言うしか回避方法がない……。
「……ッ……ご、ごめん! 本当はそんな理由じゃないんだ!」
「え?」
「そこ……伊藤さんの実家で……! そこの店員さんに俺、伊藤さんの彼氏だって勘違いされてるから行きたくないんだ!」
「あら、そうだったの。つまり……私と行くと体裁が……ってことね」
理解力が高くて助かった。
「そういうことなら別の店にしましょう。大丈夫よ、いくらか調べてきたもの」
さすが社長令嬢と言うべきなのか、体裁を気にしてくれるタイプで助かった……。
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