48限目 言えば言うほど

 すっごい仲良いな、みたいな目を店員さんから向けられながら会計を済ませ、俺たちはそれぞれ帰路に着いた。いつもより遅い帰宅だ。

「ふぅ……」

 いつも通り部屋に戻ると、愛もいつも通り勉強……していると思ったら違った。

「ただいま、愛」

「! おかえり陽向。今日は少し遅かったね」

「伊藤さんと買い物した後、友達に水着買いに行こうって誘われて」

「えー、良かったじゃん! いいの買えた?」

「まぁまぁかな」

 からかわれるだろうから、お揃いだってことは伏せておこう。

「愛はそれ、何見てんの?」

「あ、これ?」

 そう言いながら愛は手に持っているものを俺の方に開いた。……成績表だ。

「そっか、三学期制だから」

「うん、今日終業式のあと配られたんだ」

「聞くまでもないだろうけど、どうだったの?」

「10段階評価だけど、全教科7以上取れたよ! 特に英語系科目は10取れたし!」

「えっ、凄!」

「えへへ、パパとママにも褒められた!」

 さすが愛、大学でも外国語を学んで、留学して国際線のCAになりたい、という夢を順調に歩みそうだ。

「てゆうか、そうだよなぁ。休み明けに三者面談あるんだった……」

「私は休み中。ほとんど言うことないといいなぁ」

 中学の三者面談と高校の三者面談は違う。中学の三者面談なんて、どこに通うとか何科に進むとか、そんな程度だ。まだ卒業したって親の庇護がほぼ約束されてる未来の話でしかない。

 それに比べて高校。実家暮らしを継続するならまだしも、大学に進むために一人暮らしとか、就職のために家を出るとか、もう親の完全な庇護など期待できない未来の話だ。そう簡単に話が決まる訳ではない。愛はまだいいだろうが、俺は大学に進まず就職するつもりなのに、何をしたいかも決まっていない現状だ。気が重い。

「将来かぁ……ほんとどうしようかなぁ」

「まだ決まってない感じ?」

「決まってない」

「ホストとかできそうだけど」

「母さんが前、仕事は法に触れなきゃなんでもいいけど、夜の仕事だけはやめときなさいって。あとメンヘラ釣りそうだからやだ」

「美咲さんに言われると説得力あるね……」

 母さんは別にメンヘラホイホイではないが、ホステスをやっていると、やはり色々と問題があるらしい。母さん自身は巻き込まれていないが、若い人がいつの間にか印鑑を盗まれギャンブルの連帯保証人にされていたり、恋愛事情の縺れから事件に巻き込まれたり、客と不倫関係になって修羅場になったり……そういったことに息子はなって欲しくないのだろう。中三の三者面談でちらっと将来の職業の話になったが、その帰り道で前述の通り言われたのだ。

「職業体験はどこに行ったんだっけ?」

「えーと……向いてると思うと言われて幼稚園とかに行った」

 行きたかった訳ではないが、先生に勧められて流されるようにそこに決めたことがある。圧倒的女性社会だったので気まずさが凄かったが。

「昔は仮面ライダーになりたいとか言ってたよね」

「かめっ……そんなん小学校入る前とかの話だろ!?」

 ぶわっと恥ずかしさで顔面が赤くなる。というかその類なら、愛もプリキュアになりたいとか言っていた。忘れたとは言わせない。ただまぁ、こんなメンヘラと家事まみれの人生送っていなければ、俳優を目指していた可能性がゼロではない。そのくらい幼い俺は仮面ライダーに憧れていた。

 ダラダラと駄弁っているといつの間にか時間はすぎ、俺は慌てて家事をやりに行き、愛は勉強をしてから寝ると言っていた。明日から夏休み、そう考えると、ようやくメンヘラにまとわりつかれる確率が減るし、お盆になれば姉ちゃんも帰ってくる!……のだが、その前に立ち塞がる臨海学校が、俺にはとてつもなく高い壁に見えたのだった。




 翌日、バイトを早めに切り上げて誤字に、恩塚さんと校門で待ち合わせた。

「で……恩塚さん行きたい店は決めた?」

「勿論。ここに行きましょう?」

 恩塚さんに指定されたのは、ここから少し離れた店だった。実川さんと買い物に行った時、大体このショッピングモールになるだろうなと思ったものだが、女の子は結構調べるらしい。

「わかった、行こうか」


 電車で数駅、乗り換えてさらに十数駅、着いたのは都会の方だ。ルミネの中に恩塚さんが行きたい店はあった。オシャレ……だが、これは……。

 チラチラと見えている値札に目をやる。……高くないか?

 水着は風紀を乱さなければ自由とはいえ、実川さんも伊藤さんも、空気を読んで上は胸の上からちゃんと隠れるものを、そして下はキュロットみたいなものを選んでいた。だが恩塚さんはバリバリにビキニを選んでいる。……そう言うのじゃないと入らないのだろうか、と言う言葉は勿論口から出なかった。見ているのは黒とかのようだ。

 うちの学校は結構制服のバリエーションが多く、女子はスカートとスラックスが選べるし、その2つはもちろん夏用と冬用で分かれていて、それぞれ無地とチェック柄がある。シャツもよく見るとチェック柄が薄く入っていて、これも青、灰色、赤の3種類があり、ベストとセーターもそれぞれ白、紺、灰色の3色がある。みんな大体購買なんかで好きに買っていて、俺も別の色のベストやシャツを持っているし、みんな好きな日に好きな色を来てくるのだが……恩塚さんは、紺のベストしか見たことがない。7月からだともうベストを着ない生徒が多いが、恩塚さんはきっちり昨日まで着ていた。恐らく……膨張して見えるから、なのだろう。今色が濃い水着を選んでいるのも、きっと同じ理由だ。まぁ水着で着痩せして見える、ということはないだろうと思うが。

「陽向くん、これどっちがいいと思う?」

 やがて、形は決めたらしい恩塚さんに紺と黒のどっちがいいかを求められた。紺でも黒でも、実川さんや伊藤さんが選んでいた色とだいぶ似ているが、紺だと青系統という意味で実川さんと丸かぶりだ。

「……黒……かな」

「へぇ、黒が好きなのね」

 いや、どっちがいいと思うと聞かれたから極力被らないように黒を選んだだけなんだけど……まぁいいや。ちなみに俺自身が好きな色は明るめの青とかだったりする。伊達眼鏡は陰キャ演出のため黒縁だが。

「…………」

 紺を恩塚さんが元の位置に戻している時、あることを思い立った。これ……髪の黒染め、落ちないか……?もちろん今でも定期的に染めに行ってるけど……大丈夫か……?

「陽向くん? どうかしたの?」

「えっ、あぁ……いや、何でもない」

「ほんとかしら……あら?」

 俺は特にどこか見ていた訳でも無く考え込んでいたけれど、恩塚さんは俺が見たのと同じ方向を見た。完全に無意識だったが、視線の先にはピンク色の水着が置いてあった。

「ピンクの方が好きなの? それならそうと言ってくれればよかったのに」

「へっ!? ちがっ……ただ見てただけで……」

「見てたんならこっちの方が好きなんじゃない」

「そういう訳じゃ……」

 あぁ、言えば言うほど『本当は女の子にはピンクを着て欲しいけどそれを言えない男』みたいになる……!!正直恩塚さんの顔と体型にピンクは似合わないのに!しかしそれを言う訳にも行かず、恩塚さんは大きめのサイズを手に取り鏡の前で自分に合わせ始めた。ここで似合わないと思って諦めてくれればいいが……。

「……微妙ね。でも、陽向くんが好きならこの色にするわ」

「俺の一存……ではないけど俺が見てただけでそれに決めていいのか……!?」

「もちろん」

 断言されてしまった。……まぁいいや。もう知らないフリしておこう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る