47限目 持つべきものは陽キャの友人

 2日目、伊藤さんのターン。金曜日、今日が夏休み前最後の平日で、明日から夏休みだ。宿題やりたくないな……。

 実川さんだけ買い物時間が短いのも、ということで、今日は部長と副部長のちょっとした退会の挨拶だけして部活は終わったが、買い物は5時からということにした。そのため、一旦家に帰って着替えてから、また校門前で伊藤さんと合流した。ワンピース姿だった。

「行きたいのは、えっと……ちょっと遠くなるんだけど……」

 伊藤さんが指定したのはショッピングモールとは逆方向、8駅くらい先にあるちょっとお高めのリゾートウェアを売っている個人経営の、「sunny×sunny」という店だ。伊藤さんの家は特別裕福、ということもない一般家庭だった記憶があるが、水着は奮発したいのだろう。それも俺との買い物なのだし。ちなみに俺は当然その店に行ったことはないし、なんなら名前も初耳で、店名を聞いてから調べた。

 伊藤さんはよくそんな店を知っているな、と思ったが、良く考えればたしか伊藤さんの家もこの駅より少し先という程度だ。調べたのではなく前から目をつけていたのかもしれない。


 電車に揺られ、最寄り駅について少し歩いたところにその店はあった。あまり大きくはないがオシャレな外装だ。扉を開けると、カランカランとベルが鳴った。

「いらっしゃいま……あら沙絵ちゃん! おかえりなさい!」

 ……ん?なんだ……?客に対する店員の反応じゃないぞ。多少親しい中だとしても、「おかえり」とは言わんだろ。

「ただいま真白ちゃん」

「それでもしかして……その子、彼氏?」

「!? ちっ、ちが……クラスメイト! クラスメイトです!」

「あらあら、ふふっ。それにしても店に来るなんてどうしたの?」

「水着買いたいの」

「なるほど。奥にまだ出てないのあるから、店頭に好きなのがなかったら言ってね」

「うん」

 俺だけが状況を理解出来ていない中、フッと数年前の記憶が呼び起こされた。


『……今日もファッション雑誌持ってきてるね。服好きなの?』

『うん。好き……だけど、それ以上に馴染みがあるから……私の両親自営業だけど、服に関係ある仕事してるんだ』

『ふぅん』


 当時は、自営業で服ってなんだろうとは思ったが、それ以上のことを考えなかったし、そんな話をしたこと自体今の今まで忘れていた。店員のフレンドリーさ、「おかえり」「ただいま」という挨拶、そして自営業の両親、服に関係ある仕事……昔何かのテレビ番組で見たが、『伊藤』という苗字は「伊勢の藤原氏」というところに由来があるらしい。伊勢と言えばと言われて、まず大体の人が思い浮かべるのは海老か伊勢神宮だろう。この店の名前はsunny×sunny、意味は「晴れ」。そして伊勢神宮の主祭神は──天照大御神だ。

 パチ、パチ、とパズルのピースが当てはまっていく。答えを導き出してフリーズした俺に、くるっと伊藤さんが振り向く。


「話してなくてごめんね。ようこそ、うちのお店へ」


 ──嵌められた──!




 ……ということで、伊藤さんのご両親が経営なさっている店で伊藤さんの水着を選ぶ。さっき「真白ちゃん」と呼ばれていた店員さん──名札はなかったので苗字は分からないが──は、アルバイトの学生さんらしい。

「うーん……どうしようかな。ねぇ陽向くん、私何色が似合うと思う?」

「えっ? ええっと……」

 伊藤さんの身体的特徴と言えば……これを言ってしまったのが執着された原因でもあるが、やはり驚く程に白い肌だろう。だが残念なことに、今君の隣にいる男に服のセンスなど皆無なのだ。

「に……似合うのより着たいの着ればいいんじゃないかな……」

「似合うのを着たいの」

 0.2秒の正論パンチ論破。そりゃそうだ。

「う、うーん……」

 どうすればいいんだろう、女の子の水着の善し悪しなんて知る由もない……と、視線を感じた。ちらりと一瞥すると、先程のアルバイトさんがこっちをニコニコ見ていた。助けてくれ、という視線を送り返すと、困っていることを察してくれたのか、レジから出てきてこっちへ来てくれた。やはり、伊藤さんが普段からあんな感じだからなのだろう。困っているのを察する能力は高いのかもしれない。

「お二人さん悩んでる?」

「す、すみません、俺はその……あまり服とか詳しくなくて」

「男の子だもんねぇ。で、眼鏡くん! 沙絵ちゃんの見た目で特徴的なことといえば何かな?」

 眼鏡くんて……あと彼氏だと思い込んでるな、完全に。彼氏なら身体的長所を、恥ずかしがりながらも言ってくれるし伊藤さんも嫌がることは無いと思っている。彼氏ではないんだけど……悪口でなければ期限を損ねることもないか。

「……肌が白い……ですね」

「そう! 沙絵ちゃんはお母さん似でとっても色白! だから色白さが映える色がいいよね! 例えば──」

 その後、俺の個人的な好みも混ぜつつ、真白さんがいくつかおすすめを持ってきて、結局伊藤さんは紫色の水着に決めていた。バッグは藁編みの夏らしいトートバッグだ。

「に、似合うかな?」

「いいと思う……印象として新鮮だし」

 俺の回答に伊藤さんはご満悦な様子。真白さんも満面の笑みで小さくガッツポーズしてた。彼氏じゃないんですよ。


「ありがとうね、陽向くん……えへへ、臨海学校、楽しみだね……」

「あはは……」

 できることなら永久に来ないで欲しいが。何とかして中止になって欲しいが。




 電車内、考える。今日が19日、明日と明後日、そして明明後日は4時でバイトを上がらせてもらい、恩塚さん、名倉さん、良木さんの順で誤字から買い物……良木さんの買い物はかなりギリギリだ。なぜなら臨海学校は23日から……良木さんの買い物の翌日だ。俺も俺で、何とか時間を見つけて買い物に行かねばならない。どうしたもんか。

「……?」

 ふと、スマホの通知が光っているのを見つけた。陽キャたちとのグループLINEだ。


たむたむ【お前今どこー?】

たむたむ【水着売り場もういない感じ?】


「…………」

 そういえば今日の朝、実川さんとの水着買い物はショッピングモールに行って、多分全日そこじゃないかなと言ったのを思い出した。


結城【そこじゃないところに買い物行った】

結城【で、なんで君らはそこにいんの】

佐々木晴也【出歯亀でごめん】

結城【ガチめにやめて欲しい】

まぶち【で、今どこにいんの】

結城【もうすぐ学校の最寄り】

まぶち【じゃぁそのまま乗ってこっちまで来いよ。水着どうせまだだろ?】


 持つべきものは陽キャの友人だな。正直先のことを考えて少し憔悴していたところだ。夏休みとあっては、臨海学校を覗いて会う機会も中々ないだろう。バイトに明け暮れるつもりでいるし。

 了解、という返事を送って、俺はそのまま電車に揺られていた。




 ショッピングモールについて、アイスを食べていた3人と合流する。俺の分も買ってくれた。流石たむたむ。

 アイスを食べ終えて、買い物開始だ。

「男の水着はこの辺だよな」

「お前ら何色にする?」

「俺緑迷彩好き」

「軍人? 」

 俺の一言を背中で受けつつ佐々木は緑迷彩の海パンを探し始めた。

「馬渕と結城はー?」

「決めてない」

「うーん、どうしようかな」

「おーいお前らー!」

 悩んでいると、佐々木がブンブンと手を振っていた。こっちに来い、というジェスチャーだろう。

「これ! かっこよくね!?」

 そこにあったのは、黒ベースで1部3角のエリアに迷彩の模様が入った水着だった。

「おー、かっこいいじゃん。これにしろよ」

「いや、かっこいいから四人お揃いでどうかなって思って呼んだんだけど」

「お前は女子か」

「いいじゃん! 4色あるし! まず俺は緑だろ、たむたむは……青かな! 馬渕はグレーで、結城は赤! 完璧!」

「俺赤!?」

「お日様な名前だしな!」

 ……結局その通りに買うことになるまであと少し。この後俺たちは、カバンまでお揃いで買うことになるのだった。

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