46限目 あとは知らん
「はぁ……」
部活を早めに切り上げ、俺は校門へ向かった。木曜日。出来ればこんなことにはなりたくなかったけど……。
……昨日。伊藤さんが他のメンヘラたちを全員敵にしたあの日……いやメンヘラたちはいつも互いに互いを敵視しているが……ともかく、あの後が大変だった。俺と実川さんを責め立てる良木さん、煽る名倉さん、顔を真っ赤にして拳を握りしめる恩塚さん、泣き出す伊藤さん、何が悪いのか分かってない実川さん……今思い出しても頭が痛い。この状況はまずいと思って、「ごめん実川さん、一緒に買い物には行けない!」と思い切って断ったら、今度は実川さんが泣き出した。俺も八方塞がりで泣きたかった。
ここで慌てて、行けない発言を撤回しなかったのは我ながらファインプレーと言える。何とか泣き止んで欲しくて困っている俺を見て、今度は恩塚さんが泣き落としを使うなと言って怒鳴った。それ聞いて更に泣き出す実川さん。更に煽る名倉さん。いよいよ収集がつかなくなったその時、ある生徒が通りかかった。それが……F組の遠藤だった──そう、球技大会で俺を目の敵にして、俺がメンヘラと付き合っている気でいる、なんてとんでもない噂を流しやがった遠藤だ。
「1日1人ずつ5日かけて行けば?」
あとは知らん、とでも言いたげにそれだけ言い残して遠藤は去っていき……その通りになってしまった。何分、想像通り伊藤さんと良木さん、そして名倉さんにとっては望むところなのだ。最初に誘った実川さんだって当然引かない。そうなると、嫌がっていた恩塚さんもみんな俺と二人で行くのに自分だけ……と思ったのだろう、行くことになった。
順番としては、今日は順番的に実川さん、あとは出席番号で、と決めさせてもらった。最後の良木さんは少し不満そうだったが、それが公平だからと説得した。
校門に行くと実川さんが待っていた。見たことないほど笑顔だ。
「陽向くんっ」
「実川さん……」
「約束守ってくれてありがとう。来なかったらどうしようかと思ってた」
……そのどうしようは、自分はどうしよう、という意味だよな?俺をどうしてくれようかって意味ではないよな?……と言う言葉をごくんと飲み込み、細く息を吐き出す。
「……ええと、それで……行きたい店は決めた?」
「う、うん。あの、隣町の大きなショッピングモールの、2階にあるところ……」
まぁ、水着を買えるところなんて限られている。そう都会でもない俺たちが行くとなると、自然とそこになるだろう。
「わかった。行こうか」
愛と歩く時のように手を繋いだりはしない。幸い、向こうからも繋ごうとはしてこないようで安心した。
電車に乗り、最寄り駅について、指定された店へ向かう。さすが夏、色んな水着が沢山売られている。もちろん男用のものや、ビーチバッグなんかも。俺も自分のやつを買わないとなぁ……いつ買いに来よう……。
そんなことを考えている間にも、実川さんは自分のものを探している。色は、夏らしく青いものを見ているらしい。……ここで、もし色がほかのメンヘラと被ったらどんな反応をするんだろうか……恐怖とかではなく単純な興味が若干あったし、色かぶりの未来を避けられないという可能性もある。何故って、聞いてこない限りは、俺からあの子が同じ色選んでいたよなんて言うつもりはないからだ。
「…………」
実川さんは特に俺にアドバイスを求めては来ない様子だ。男の子に聞いても、と思っているのかな……などと思いながらスマホを出して時間を見ると、いつの間にか近づいてきていて、服をキュッと握ってきた。見てみると、俺を上目遣いで見ている。
「……どうかした?」
「あの……こ、これとか、どう? ……可愛い?」
似合う?という意味なのか、それともこの水着のセンスはどうかと聞いているのか分からんが……まぁどっちでもいいか。似合わんとか、センスが悪いとかってことはないし。
「似合うと思うよ」
「ほ、ほんと? よかった……」
……周囲の客が微笑ましそうに見ている。すみません、多分俺明日もここにいるし、その時は別の女の子と一緒にいます……。
「あと、そうだ、バッグもいるんだった……どれにしよう……」
パタパタと小股で実川さんは小走りでバッグの売り場へ向かったので、俺も着いていく。正直、女子用の水着に囲まれているよりは気が楽だ。
少しして、実川さんはあっさり……と言っても俺にに意見は求めてきたが、バッグを決めたようだ。水着とお揃いなのか、色合いと模様替えよく似ている。
「レジ行ってくるね……」
「行ってらっしゃい」
レジに行く背中を見送り、俺は溜息を吐き出した。実川さんはあっさり終わってよかった。しかしこれがあと4人……それも、ほかの四人がまさかこんなにあっさり終わるとは思えない。
事実実川さんは、気持ちが重いだけで思い込みで行動するとか、被害妄想が酷いとかということは……名倉さんを除いた4人の中では軽い方だし、人の苦労も1番考えてれる。問題は、こっちから言いたいことを汲み取ってあげないと向こうからは言ってくれない、ということか。主張のない方だ。
少しして、会計を終えた実川さんが戻ってきた。どちらがということも無く俺たちは出口に向かって歩き出した。
帰りの電車に乗り、学校の最寄り駅で別れる。俺はここで下車だが、実川さんはあと数駅乗ることになるのだ。
今から帰って、まぁちょうどいいくらいか。俺は家への帰路を歩き出した。
家の前には特に誰がいるということはない。玄関を開けると、既に靴がない。母さんは出かけたようだ。部屋に戻って制服から部屋着に着替える……ところで違和感。愛が居ない。どうしたんだろうと思った直後、部屋に戻ってきて俺に気づいた。首にタオルをかけていてタンクトップだ。先にシャワーを浴びたんだろう。そういえば、中学の頃から夏は早くシャワーを浴びていたと思い出す。
「おかえり陽向! 買い物何もなかった? 大丈夫?」
「ただいま。大丈夫だ、無事に終わった。実川さんは大人しいし」
「確かに実川さんは主張しないタイプだよねぇ」
愛には、愚痴として五人それぞれと買い物に行く羽目になったことを伝えてある。普段気楽で楽観的な愛だが、さすがに違う女の子を連れて買い物は体裁がどうなのかとか、そもそも2人で買い物とか大丈夫かとか俺を心配していた。まなに心配はあまりかけたくないが、俺としてもこんな修羅場を愚痴無しでくぐり抜けたくはない。不平不満の一つや二つ零したっていいだろう。
明日は伊藤さん。まだ大人しい方だが、大人しい分爆発もでかいタイプだ。……後半3人に比べれば、まだいいかもしれないが……警戒するに越したことはない。とはいえ、俺ももうこの日常が染み付いてしまっているので、徐々にメンヘラに対する警戒が薄くなっているのを感じている。これはどうでもいいやとか、なんとかなるだろ、と言うより、なんとでもなれという諦めに近い。
「……愛は結局水着買ったの?」
「うん。友達と買いに行ったよ。見る?」
「えっ」
思わぬ言葉に肩が跳ねた。一瞬にして来て見せてくれるのかと思ったが……そんなことはあるはずないと正気に戻り、言葉が出ないままこくんと頷いた。普通に見せるだけだろ、落ち着け俺。愛は机の隣に置いてあった袋の中を漁り、少しして水着を取りだした。
「これ!」
シンプルだが所々にピンク色の刺繍とレースの着いた白い水着だった。正直とても可愛い。
「可愛いじゃん」
「でしょー? 仲良し4人で、同じやつ。私がピンクで、あと紫と緑と黄色でお揃いなんだ」
いいなぁ、女子同士の仲が良くて……そんな考えを悟られないように、俺はへにゃっと笑った。
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