夏だ!海だ!臨海学校だ!

45限目 夏にしては冷える

 全てのテスト返却が終わり……俺と佐々木は死んだ顔をしていた。俺の赤点科目は生物、物理、数学。佐々木は化学、物理、数学、英語……俺の方が若干マシではあるが、正直どっこいどっこいだ。これには教師役として頑張ってくれた2人も苦い顔を禁じ得ない。

「あー……まぁ元気出せよ。それにほら、先生も言ってたじゃん、今回赤点でも期末で60取れれば追試回避だって」

「期末で取れるとでも……!?」

 絞り出すような声で言うと、たむたむはニヤニヤと俺たちの答案を眺め、佐々木は肩を竦めて笑った。

「まぁまぁ! 元気出せ元気出せ! あ、そうだ。お前ら臨海学校の準備した? してなかったら一緒に色々買いに行かね? もうスク水卒業だし」

 ……思い出さないようにしていたのに思い出してしまった。実川さんからの申し出を。俺の顔が死んだのを見て、3人は何かを察知したようだった。

「……どうした」

「……実は……」

 きょろ、と俺が周囲を見渡したので、大きい声で言えないことを察してくれたらしい。額を寄せあってくれたので、俺は小声で話し始めた。

「実川さんに頼まれてさ……水着買うの手伝って欲しいって……断って目の前でヒステリックになられても困るから考えておくって言ったんだけど……」

「ラブコメかよ」

「愛に誘われたならラブコメだけど……」

 しかし誘ってきたのは愛ではなく実川さんなのである。何も嬉しくない。

「いやでもそれ、他の人にバレたらやばくね?」

 そう、問題はそこだ。実川さん1人を相手に水着買いに行くのだって嫌なのに、他のメンヘラにそれがバレたらと思うと、恐ろしくて仕方ない。今度こそ刃傷沙汰になりかねない。

「……じゃぁ俺らも行こうか?」

 たむたむが言う。それは大変ありがたいけど……馬渕と佐々木がとっても嫌そうな顔をしてる。というか、そんなん実川さんが認めるわけが無いのだが。

「……それで実川さんが認めるなら俺はそれがいいけど……」

「待て待て、認めないだろ。あと普通に俺は嫌だ」

「俺もやだ。巻き込むなよたむたむ」

「お前ら結城が可哀想じゃねぇのかよ」

 哀れむの、嬉しいようなやめて欲しいような……しかし現実問題、ついてきてもらうのは難しい。

「……まぁ実際ついてくるのは無理だと思うし、何とかするけど……他のメンヘラにバレない方法ない……?」

「ねぇよ。お前家にいる時間以外のほぼ全ての時間監視されてるじゃん」

「くっ……!」

 改めて現実を口に出されると心への負担が凄いな……反論の余地もないけど。

「できることなんて、精々断る口実作ることだろ」

「断れたらいいけど……」

 あまりにも難題すぎる。俺は溜息を吐き出した。




 すっかり陽キャ組と絡むようになったが、別に樋口くんとの仲が途切れた訳では無いし、もちろん漫研にもまだ所属しているし、その道中で樋口くんとも話している。一時期はかなり俺を恨んでいたが、もう元通りだ。

「昼は何を話していたので?」

「あぁ……実はさ……」

 俺は実川さんの話をした。当然と言えば当然だが、樋口くんの反応もみんなと同じようなものだった。

「また大変なことに巻き込まれてますなぁ」

「ほんとに……てゆうかそう、そもそも実川さんが臨海学校に参加する気なのがびっくり」

「と言いますと?」

「文化祭には参加しなかったでしょ。臨海学校だって別に自由に遊んでこいみたいなものじゃない……と思うのに、参加する気なんだと思ってさ」

 もちろん、臨海学校への不参加は文化祭の非協力的であるのとは違い、ただの欠席と判断される。臨海学校は体育の授業の一環であると同時に、集団生活を行うためのプロセス……と、先生は説明していた。そんな協力不可欠の臨海学校に参加する気があるのは驚きだ。

「もしかしたら口実かもしれませんぞ」

「え?」

 俺が聞き返すのと同時に、俺たちは漫研の前に着いた。樋口くんがドアを開ける。

「お疲れ様ですー」

「お疲れ様です」

「おお、一葉くんに秀康くん。中間テストお疲れ様だ。……さて、君たちにも伝えておかないとな」

 俺たちが疑問符を浮かべていると、部長と副部長は立ち上がった。

「俺と副部長がこの部室にいるのは、今週で最後だ」

「!」

「知らせるのが遅くなってごめんなさい。本当は文化祭前に言っておくべきだったのですけど……」

「毎年、漫研は期末テスト時期の終了で、3年生は引退でな。……受験生なのでここには来れないだろう。寂しくなるが、今後は2年生と1年生で、このギリギリな研究会を盛り上げてくれたまえ。来週から、弾正くんが新部長、そして金時くんが新副部長だ!」

「……よろしくお願いします。活動内容は変わらないけど……楽しくやろうね」

「よろしく。来年1年生の勧誘も頼むぞ」


 部活中は基本的に静かなので、部室に着く前の俺と樋口くんの話題は一旦ストップとなり、今日は樋口くんが7時まで残ってくれたため、下校時刻になって俺たちは話の続きをした。

「えーと、どこまで話したっけ? あ、口実かもしれないってところか」

「そうでしたな。まぁつまり……参加するつもりはない、けど一緒に買い物に行きたいから臨海学校を口実にしているのでは、という話でつな」

「あー……」

 有り得る。十二分に有り得る……と思ったが、樋口くんは続けた。

「まぁ、可能性としては五分ってところですかなぁ」

「……もう半分は?」

「単純に肌を見せつけたい。何せ相手はメンヘラ女、しかも結城氏はイケメン。男の脳は下半身にあるとも言いまするし」

「……細すぎる実川さんが体で落としてくるとは思えないけど……まぁ見せつけたいのは有り得るか」

 ……実川さんと、恩塚さんはその手は使わない……と思う。だがそう考えると、名倉さんと良木さん、そして俺が白くて綺麗な肌と言ってしまった伊藤さんは危険分子すぎるか。

 ……と、考えたところで解決策は何もないのだった。

「ではまた明日」

「あ、うん……また明日」

 俺たちはそれぞれ帰路に着いた。7月の16日。夏休みまであと一週間を切っていた。




「…………」

「……」

「………………」

「…………」

「……」

「……えーっ……と…………」

 冷や汗がダラダラと流れる俺を、5人の女が睨んでいる。どうして……いや本当にどうしてこうなった。

 事の発端はついさっき。今日もさっさと部活に行こうと思ったが、どうやって断ろうか、と考えていたせいで俺の動きが少し止まったのを見逃す実川さんではなかった。スタスタとこっちに歩いてきて、「買い物、いつ行く?」ともう行くことが前提になっている形で聞いて来たのだ。そして、それを聞き逃す良木さんではない。俺が買い物を断るより早く、「買い物って何!?」と大声で叫ばれたせいで、クラス中の視線がこっちに向いた。ほとんどのクラスメイトがハイハイいつものね、みたいな目をして教室から去っていったが、当然他のメンヘラ3人はこっちへ寄ってきて、無言の圧をかけられ今に至る。陽キャたちと樋口くんには逃げられた。助けて欲しかった、とは思うが……事情を知ってる4人だ。良木さんが叫んだ時点で、首を突っ込んだら死ぬ状況になることは考えなくてもわかったのだろう。俺も死にたくはないが、友達を殺したい訳でもない。

「ええと……じ、実川さん? 俺は考えておくって言っただけで……行くとは……」

「……? でも陽向くんは優しいから……来てくれるよね?」

「ねぇ! 何の話って聞いてるじゃない!」

「ひ、陽向くん、実川さんと買い物に行くの……?」

「ちがっ……」

「そうだよ。一緒に水着買いに、ね?」

 否定する俺の声を遮る実川さん。こんなに強かなメンタル持ってたっけと思いながら、夏にしては冷える空気を感じる俺の目は、一瞬で諦観を湛えたのだった。

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